【5】訓練の終わり
――――順調に進んでいた訓練だが懸念も当然ある。俺は休憩がてらMPHP回復ドリンクを差し出した。
「クレア、この間の魔法実戦は大丈夫だったの?」
「心配してくれたの?デイル。大丈夫よ、ちょっと頭に血が昇っていたようだけどその分動きが読みやすくてやりやすかったわ」
「それは何よりだけど。エリザの態度、日に日にキツくなってない?」
「……そうね」
クレアの瞼に影が落ちる。
「どうして彼女はここに来てしまったのかしら」
それは先日ナルさんが言っていたことと関係があるのだろうか。
「そろそろ休憩が終わるわね。チーム割りは……」
俺とクレアと……エリザじゃないか。
だとしたらクレアは俺が援護しないと!
「言っとくけどあんたたちと馴れ合う気はないわよ」
くすぶり続けた火種がバチバチと音を立てていた。
「……エリザさん」
「とは言え訓練ですよ」
「関係ないわ!」
おいおい、訓練生なのに訓練を放棄するつもりか!?
「前からずっと思ってた」
「何をです?」
「あんたがイスキオスだってことよ!」
「はい……?」
その件なら前に食堂で話したはずだが、彼女は……エリザは納得していなかったのだろうか。
「そうよ!きっと訓練もおままごとで済ませて結果に構わず合格するんでしょう!?私、あんたたちみたいなやつら、大嫌いなの」
あんた『たち』?そうか……彼女はクレアをライバル視していた。
「私は必死に伝を辿って辿り着いたのに、あんたたちは実家や貴族のコネで入ったのでしょう!?」
「コネじゃない」
「私もよ」
「そんなわけないじゃない!とくにあんたはイスキオスなのにコネじゃないなんて、誰が信じるのよ!」
「……コネとかそう言う問題じゃない。俺は生まれながらにイスキオスだ」
捲りあげた腕のアザが証の形を取る。
「訓練生の腕にはイスキオスの証はない」
これから脱落するものたちもいるからだ。
「これは……俺が生まれた時から持っているものだ。イスキオスであることは呪いのようにつきまとう。実力を示すことは枷。コネとかそんなあまっちょろいもんは背負ってない」
「……たしだって」
「……?」
「私だってイスキオスに生まれていれば、こんな苦労とは無縁だったのに!」
「はぁ!?アホか!言っとくがイスキオスに関わらない方が全うに生きられる」
異世界で普通に生まれ、暮らし、生きていけるだろ。
「イスキオスに生まれれば生涯その【美学】の名の元に闇の住人になるしかない。イスキオスに足を踏み入れたものもだ」
だから俺はジルの側にいるためには【できない】と思っていた。けど力がないと側にいてやれないから、覚悟を決めた。
「うるさいわね!私のこと、何も知らないくせに!」
「それはあなたもでしょう、エリザさん」
クレア……?
「何よ、どうせあんただって貴族のコネで……」
「私は貴族に搾取された平民の巫女の一族よ。貴族の我が儘で家族も肉親も死に、私だけが生き残った」
「嘘……そんな容姿で?貴族のお姫さまじゃない?」
「見た目で決めつけないでくれないかしら。世の中あなたの決め付けた通りに運ぶわけでもなければ、それが真実ではないのよ。誰かを責める前に、真実をしっかり見たらどうかしら」
「う……うるさい!どうせ騙しているんでしょ!私が必死で頑張ってきたのに!」
「そんなのみんな一緒だろ!こっちは真剣にやってんだよ」
ジルの隣に立つためにレベルアップもそうだけど、技術も知識もまだまだ足りない。だから追い付きたいと思ったんだ。
「その通りじゃないの?」
「……クロウ」
「そうだとも。訓練中によそ見をするのなら、君はここで失格だ」
それにアマリリス教官まで!?クロウが連れてきてくれたんだろうか。
「何故私だけ!?やっぱりソイツがイスキオスだからなの!?」
「……お前はイスキオスの何よりも大事な美学に反する」
『……』
さすがにこんなところに来るやつらはその意味を知っているよな。
「それに今ここで穏便に済ませたとして……総帥はそこまで甘くないぞ。恐らく……いや確実に晒し刑だ」
「そんな……何故」
「お前は総帥を知らない。それだけが救いだな。ここで脱落するのなら命まで奪われることはない。ただ今の今までの全ての記憶、ステータスや拡張機能を失うだけだ」
「全てって……訓練を始めてからの?」
「生まれてからのだ」
「……」
エリザが呆然とする。
「イスキオスに身を投じるとはそう言うことだ。イスキオスに認められなかったものは自ずとそうなる」
「そんな……それじゃぁ家族との記憶は!?何故イスキオスに入ろうとしたのかすらも!?」
「イスキオスの美学にそぐわないものたちには必要ない」
非情な命令かもしれないが、それほどまでにみな真剣に人生を懸けているのだ。
「記憶は消させてもらうよ」
アマリリス教官が告げれば、そこに白髪紅眼、恐ろしいほどに白い肌の青年が現れる。
「では、キール。彼女に忘却の魔法を」
「ええ、もちろん」
後ずさるエリザであったが、いつの間にかその周囲をアマリリス教官の部下たちが囲っていた。
「嫌……嫌よ、私の家族は……故郷は魔族に殺された!私は復讐をっ」
だけどナルさんは誰ひとり復讐など望んでいないと言っていた。
「忘却せよ」
キールがそう告げればまるで上位種からの命令のように虚ろな目となり崩れ落ちる。
復讐心から解放されて闇の住人となる前に追い出されたんだ。ある意味嫉妬と復讐に満ちた彼女にしてみれば救いであっただろうか。
「彼女を送るように」
アマリリス教官の命令に部下たちが彼らを運び出していった。
「さて、デイル。クレア」
「訓練中に申し訳ありませんでした、教官」
「……それはいい。君たちは巻き込まれただけだ。しかしな、覚えておけ」
「……?」
「デイル。君が取り合わなかったとして彼女がイスキオスの構成員になったとしても、総帥は見逃さない」
「……」
「それが君のイスキオスでの立ち位置だ」
「……分かっています。それが俺の呪いであり枷だから。だから俺は今まで逃げ続けたんですから。けど……今はやらないとならないことがあるので」
そのために、逃げるわけにはいかないんだ!
「その意気だ」
アマリリス教官は満足げに頷いた。
「色々と大変だな、お前も」
「いや、そんな……ありがとな、クロウ。アマリリス教官を呼んでくれたんだろ?」
「まあ偶然な。ああ言うのには権力が一番聞くし命だけは助かったろう」
「……確かにな。それにクレアも今回はバシッと言ってたね」
「デイルのお陰よ。一緒に立ってくれるデイルがいたら、私も強くなれたのよ。立ち向かおうと思えたの」
そっか……俺は。俺もジルにとってのそんな存在になれるだろうか。
――――そうしてどうにか訓練を続け……数ヶ月後。
俺は誕生日と共に14歳にレベルは150になっていた。
「それではみなのもの!」
みなを集めたアマリリス教官が告げる。こうしてみると俺たち6人。
「今日までよくぞ訓練を生き延びた!残念ながら脱落者も出たが、我らと同じ美学を共有する同胞ではなかったと言うだけのことだ。しかしお前たちはまごうことなき我らの同胞。その腕にその証が刻まれよう」
みな腕に証を確かめている。俺には元々あるけどな。
「それで早速だが貴様らには第一の任務を与えよう」
え……?
「小隊長はデイル・イスキオス。初任務のため副小隊長はキース。任務の内容は我らの美学を瀆したパットウ準男爵家に制裁を」
あの戦士ゴルトの実家だと!?まさかの初任務でそこにとは……しかしながら俺が小隊長って。
「ほかのみんなはいいのか?」
「俺は構わない」
クロウがにこりと微笑んでくれる。
「デイルの指揮能力には秀でたものがある」
ローウェンが告げればナルも頷く。
「その上戦いやすかったわ」
「実戦的なものは……まだ心配だが……。副小隊長も……つくんだろ?」
クレアとルキまで……!
「でもまあ、お前がってのが心配なんだけど。キール」
「しっかりとサポートいたしますよ、デイルさま」
相変わらず貼り付いた笑みを浮かべやがる。
「ねえ、どういう知り合い?」
クロウの問いにみな同意なようだ。
「……昔の世話係だよ」
忘却の魔法を使うためとはいえ、何で人選がコイツかと言うとそれはそれで適任だったからなんだろうけど。




