【10】褒めて伸ばす聖女育成計画
――――暗がりから陽の下に戻れば早速待ち人を出迎える。
「お待たせ、クレア。何があった?」
「ヒーラー研修でひと悶着あったのよ。他の受講者がアンジュちゃんのことを『ポーションの方がまし』ってからかったの」
「それは……確かにレベルが足りないから回復が足りてないけど」
「言いすぎよね。自分たちだって勇者くんのHPを回復できる実力があるとは言えないのに」
「嫉妬かな」
「恐らくね。周囲はあの子のこと、聖女だからって理由で恵まれていると思い込んでいるのよ」
そう言った嫉妬の醜さはクレアが何より知っていることだ。
「アンジュは今まで聖女として鍛えることもできなきった」
「それでも今まで必死で回復魔法をかけてきたからレベルが30までは行ったのよ」
ヒーラー職はレベル上げが難しいこと、他の受講者は知らないとでも?
「それなのに……私の探知スキルだと、アンジュちゃんよりもレベルが低い受講者まで加わっていた」
「講師は何も言わなかったのか?」
「そうね……嫉妬に狂うほど大人って狡くなるものよ」
「……アンジュっ」
今度こそ、守ってやりたかったのに。あの子はボロボロの精神でここまで耐えてきた。やっと解放してやれたと思っていたのに。
「アンジュは今どこに……っ」
「こっちよ」
ここはギルド併設の酒場だ。
その隅に身を縮こませている小さな姿を目にする。みなアンジュを遠巻きにって……。
「まあ実力のある冒険者なら分かるさ」
クスリとほくそ笑む年長組のローウェン。只者じゃない様子を見せているのもあるんだろうが。
「ん……」
ボソリと頷くルキも隻眼がまたいい雰囲気を醸し出してるもん。
「いい防波堤でしょ?」
「さすがだな」
さっさと行けと手で合図する年長組に礼を言い、アンジュの席までやって来た。
「アンジュ!」
驚いて顔を上げた彼女の目元は赤く腫れ上がっていた。
「どうして……」
「彼とは修行の旅の時に知り合ったのよ」
クレアが俺の隣に並ぶ。
「そんな状態じゃひとりで帰せないもの。迎えに来てもらわないとならないでしょう?調べたら偶然知り合いだったんだもの」
「……クレアさん」
最後のはアドリブだな。本来はアンジュと軽く顔見知りになってもらって後程合流する手筈だったんだが。
「アンジュ。何があったかは聞いたよ」
「……」
「アンジュはまだアズール周辺の推奨レベルを満たしてない。けどそれならレベル上げをすればいいだけだ」
「私はヒーラー職なんだよ」
アンジュが震える声で漏らす。
「デイルはすごいよね……あっという間にレベルなんてパーティーで一番になっちゃって……」
「それは……」
「私は戦えもしない。レベルも上げられなくて、回復もポーションの方がまし。本当にただの役立たずよ」
レベルは確かに上がった。いくらレベルを上げても、肝心な精神面で守ってやれない。
「……そうかな」
「そうよ!私はずっと役立たずなのよ!」
「そんなことはないよ、アンジュ」
悔しさで表情を歪める彼女を抱き締める。エルフとは言え、16~18歳までは人並みの成長速度だ。だから彼女はまだ14歳だ。
「アンジュがいたから俺も、ジルも耐えてこられた。戦ってこられた」
ゴルトに酷い目に遭わされても、アンジュだけは守ろうと必死だった。
「アンジュは誰よりも優しい。怪我人がいれば誰にだって手を差し伸べた。パーティーを笑顔で明るくしてくれたから、俺たちも辛くても支え合うことができた」
「私は……それしか」
「それが一番大切なことなんだよ」
アンジュの目をまっすぐに見る。だからそんな彼女の優しさを暴力や妬みで潰そうとするのが許せない。
「今さらアンジュが抜けてしまったら俺たちはバラバラになっちゃうよ。そんなのは俺は嫌だ」
「デイルはこんな私でいいの……?」
「アンジュだからいいんだ」
「けど……実力もレベルも足りてない」
研修ですら勝手な嫉妬のせいで台無しだ。
「ねえ、考えたんだけど」
「クレア……?」
「バフやデバフで伸ばすと言うのはどうかしら。感覚で言えばバフやデバフを加えただけでも経験値が入るわ」
そう言えば俺たちも前衛と後衛に分かれて戦ったが経験値にはなったもんな。
「聖女の役割に囚われずに支援型で伸ばしていくのはどう?」
「それはいいかもしれない。それなら俺たちにも教えられる。クレアも支援系は得意だし」
「ええ、任せて」
「いいの……?」
「当たり前だろ。仲間なんだからさ。クレアも良かったら一緒にどうだ?」
まあバックヤードでは仲間なわけだが。
「あら、いいわね。ひとり旅にも飽きてきた頃よ」
ここはアドリブ。
「ジルにも紹介するよ」
「よろしくね」
クレアが加入したことで女性も2人になる。
「仲良くしましょうね、アンジュちゃん」
「う、うん……!クレアさん」
「クレアでいいわよ」
「じゃぁ、私も……アンジュがいい」
「それじゃぁ、アンジュ。よろしくね」
「うん、クレア!」
アンジュにとっては初めての女性の友だち……と言ったところか。
2人は手を繋ぎ仲良く歩く。
排他的なエルフの土地で育ったアンジュにとって人間中心の土地は心細かったろう。俺たちがいたとしても寄り添ってやれる部分には限りがある。
「前よりはいい顔になったように見えるね」
「そうだな、クロウ」
クレアの加入が早まったことは幸いだったかもしれない。ただでさえ俺たちのパーティーは……いや勇者と聖女は限界だったのだ。それをギリギリで繋ぎ止めたにしては……脆すぎた。
「アンジュはクレアが積極的に見てくれるだろうからいいとして……ジルのことはいいの?」
「……ジル?」
「デイルも散々いいお手本を見てきたろ?」
「……剣か」
勇者補正で剣の型が育ってなくとも多少は問題なく勝てるようになっている。しかしながらいつまででもそれでは、努力をして武術を究めたものにいつか負ける。
「本当ならその修行もかねた旅だった」
だけどさまざまな悪意やギルドの不当な搾取のせいでそれを学ぶ機会も奪われた。
「ジルにも講師になるひとを……」
そう考えたときに立ち止まる。
「心配なんでしょ?ただでさえ今回のようなことがあったもの」
ジルは強い。ゴルトに苛まれながらもアンジュを必死で守ってくれた。今も勇者としてギリギリ折れずに耐えている。
だけど……ふとした瞬間にジルもと思うとそれが恐ろしい。
「なら、勇者に剣を教えられる実力で、信頼のおける人物ならひとりしかいないじゃない」
「受けてくれるかな?ジルのためにお願いすることだ。無理強いはしたくない」
「嫌な顔はしそう」
「講師と言う立場的にはな」
あのひとは面倒見がいいのだが、どこか自分はそれにあたいしないと考えてるところがある。
「けど俺はジルの親友として、頼める相手が他にいない。今夜にでも、頼んでみるよ」
「宿のことは見ておくよ」
「うん、頼んだ」
クレアたちと間が空いてしまった。こちらに手を振る2人に向かって駆け出し、ジルの待つ宿へと合流した。
クレアのことを紹介すればアンジュの懐き度が目に見えて分かるからかジルも歓迎してくれた。
――――夜、寝静まったところを見計らいトイレへ行くふりをして撹乱魔法を展開し路地に出た。
「……ってことなんだけどローウェン」
『えぇ……』
やはり予想通りの反応であった。
「でも信頼できる講師が他にいないんだ」
『俺を信頼しすぎるのもどうかと思うけどねえ』
「信頼してるよ。だって仲間だろ?」
『……』
組織的には小隊長と隊員だが、同期であり武術の師でもある。
『……分かった』
やがてローウェンは諦めたように微笑んだ。
『けどギルドのことはどうするつもり?』
「クロウと動いてみるよ。その間、ジルを頼むよ」
『任せておいて』
よし……これで2人のことは大丈夫だ。俺は……。
通信アプリに届いていたメッセージに目を通す。
「明日は俺も、気合いを入れないとな」




