第7話 おねだり妹と、焦る元婚約者
「これ、偽物じゃありませんの!?」
王都のアステリア公爵邸。
セシリアの甲高い悲鳴が、豪華なサロンに響き渡りました。
彼女がテーブルに叩きつけたのは、かつてわたくしが置いていった古い魔石のネックレス。
アステリア公爵家の「家産(共同管理物)」の一つです。
今や王都では、魔力のない「ダイヤモンド」こそが至高。
古臭い魔石など、流行遅れのガラクタ扱いでした。
「お姉様だけ、あんなに綺麗な石を独り占めするなんて、ずるいわ!」
セシリアは、わたくしが王都のギルドで披露した宝石が欲しくてたまらない様子。
ですが、彼女にはそれを買う「個人資産」がありません。
「カシアン様、なんとかしてくださいませ。わたくし、あのお石がないと、次の夜会に出られませんわ」
縋りつかれたカシアン様は、苦々しい顔でワインを煽りました。
「……分かっている。だが、今は少し立て込んでいるんだ」
カシアン様もまた、窮地に立たされていました。
彼は「王室私費(個人資産)」をセシリアへの貢ぎ物で使い果たし、あろうことか「国家管理委託物」である公金にまで手を出し始めています。
(……はい、典型的な破滅フラグっすね)
わたくしが領地に放っている情報員からの報告書を読み、心中で鼻を鳴らします。
情報という名の「知的成果物」は、時に金銀よりも価値があるものです。
カシアン様は、焦燥に駆られた様子で立ち上がりました。
「アステリア公爵。あの領地を、オリビアから取り戻す。あれはもともと、君の家の土地だろう?」
「しかし殿下、あれは契約書で永久譲渡を……」
「黙れ! あんなものは、無能な女に一時的に『管理』を任せただけに過ぎない。王族である僕が返せと言えば、拒めるはずがないだろう!」
カシアン様は、所有権と管理権の区別もつかなくなっているようです。
あの婚約破棄の場で彼自身が証人となり、王印まで押した「永久譲渡契約」の重みを、全く理解していません。
「そうですわ、カシアン様! あの土地もお姉様の宝石も、もとは公爵家のもの。わたくしたちが自由に使えて当然ですわ」
セシリアがうっとりと目を輝かせます。
他人の所有物を自分のものだと思い込む。
その傲慢さが、どれほどの負債を生むか想像もしていないのでしょう。
一方、わたくしの領地では。
「お嬢様、王都からカシアン様一行がこちらへ向かっているとの連絡が」
リュカが静かに報告してくれました。
彼の紫の瞳には、冷徹なまでの怒りが宿っています。
「せっかくの商売の邪魔をされたくないわね。リュカ、準備はいいかしら?」
「ああ。あんたの所有物(土地)に、泥棒を入れさせるつもりはない」
わたくしは、デスクの引き出しから一枚の羊皮紙を取り出しました。
あの卒業パーティーの夜、公爵家との絶縁を承諾する対価として勝ち取った、あの「契約書」です。
(サンクコストを回収しようったって、そうはいかないっすよ。法と証拠で、たっぷりお引き取り願うわ)
わたくしは優雅に紅茶を啜り、厚かましい訪問者を待つことにいたしました。




