第1話 ガラクタ令嬢の店じまい
婚約破棄を言い渡されました。
きらびやかなシャンデリアが輝く、卒業パーティーの最中。
第一王子のカシアン様が、高らかに宣言しました。
「オリビア・アステリア! 君との婚約を破棄する!」
会場の視線が一斉に刺さります。
侮蔑、同情、そして好奇。
わたくしの隣には、震える肩を抱かれた妹のセシリアがいました。
「お姉様、ごめんなさい……。わたくしたち、真実の愛に気づいてしまったの」
セシリアが涙を浮かべて見つめてきます。
わたくしはその光景を、冷めた頭で見つめていました。
(……はい、商談成立っすね)
心中で、前世の商売人の顔がニヤリと笑います。
わたくしには、日本の古物商として生きた記憶があります。
物事の価値を見極め、もっとも高い利益を得る。
それがわたくしの本質です。
この婚約は、父であるアステリア公爵が無理やり取り付けたもの。
魔力が低く「ガラクタ令嬢」と陰口を叩かれるわたくしを、王家に売り払うための契約でした。
カシアン様は、勝ち誇った顔で続けます。
「無能な君に、王太子の伴侶は荷が重すぎたようだ。この場をもって、君を公爵家からも追放する!」
「追放……。それは本気でございますか、お父様?」
わたくしは、背後に立つ父を見上げました。
父は不快そうに顔を歪め、吐き捨てます。
「当然だ。セシリアこそが我が家の誇り。魔力のないお前など、我が家の資産を食いつぶすだけのガラクタだ。負債を抱えた北の辺境地でも、せいぜい管理して飢え死ぬがいい」
(管理……? いえいえ、そんな曖昧な言葉じゃ逃がさないわよ)
わたくしは、扇で口元を隠しました。
悲しみに暮れる令嬢を完璧に演じながら、脳内の計算機を弾きます。
「承知いたしました。ですが、わたくしも公爵家の娘。追い出すのであれば、法的な区切りをつけていただきたく存じます」
「法的な区切りだと?」
「はい。アステリア領……あの荒れ果てた土地の『管理権』ではなく、わたくし個人への『永久所有権』の譲渡。これをもって、わたくしへの一切の仕送りを断ち、公爵家との縁を切るということでいかがでしょうか」
父が鼻で笑いました。
あそこは魔力が枯渇した、ただの岩山。
維持費ばかりがかかる「負債」でしかありません。
「いいだろう。厄介払いにちょうどいい。書面を作れ」
わたくしは、この日のために用意していた羊皮紙を取り出しました。
「ガラクタ令嬢」としていつ捨てられてもいいよう、準備は万全です。
「こちらに署名を。カシアン様、証人として貴方の署名もいただけますか?」
「ふん、潔いことだ。これでお前とは赤の他人だ」
カシアン様は、迷いなく羽ペンを走らせました。
父も、領地の権利を押し付けられる喜びで、一気に署名を終えます。
「これではまだ、公的な効力が弱うございます。カシアン様、王家の紋章が入った印章をお持ちのはずですね?」
「ああ、これか。勅書に使うものではないが、婚約解消の公証には十分だろう」
カシアン様が腰に下げた王印を取り出しました。
それは、国家の象徴である公的な権威物。
私物化は許されませんが、こうした「身分と権利の移転」を証明するには最高の効力を持ちます。
赤い蝋が溶かされ、重厚な王印が押されました。
(よし、契約完了! アステリア領は、名実ともにわたくしの個人資産だわ!)
心中でガッツポーズを決めます。
この紙一枚で、わたくしは国家が認めた領主となりました。
公的な公文書として、誰にも覆せません。
「……では、失礼いたします。セシリア、カシアン様との『真実の愛』、大切になさってくださいね」
「お姉様……。お元気で」
セシリアの勝ち誇った笑顔。
彼女は、公爵家の「管理物」である豪華なドレスや宝石を自分のものだと思い込んでいます。
ですが、それらはすべて「公爵家の資産」であり、彼女個人の所有物ではありません。
いずれ、その差を思い知ることになるでしょう。
わたくしはパーティー会場を後にし、用意させていた馬車へ向かいました。
手荷物はわずかです。
ですが、バッグの中には前世の知識を駆使して集めた「私物」があります。
代々伝わる家宝ではなく、わたくしが自分の小遣いをやりくりし、市場で「二束三文のガラクタ」として買い叩かれていた石を鑑定して手に入れた、本物の原石たち。
これらは、わたくしの「個人資産」です。
「さあ、出発しましょう」
御者に告げ、わたくしは暗い夜道を見つめました。
向かうは、誰もが見捨てた北の地。
そこは、魔力こそありませんが、世界一美しい「光」が眠る場所なのです。
(捨てられた令嬢が、どれほどの価値を生み出すか。たっぷり見せてあげるわ)
わたくしの、本当の商売が今、始まります。




