破格の契約金
「敵、もう少し強くてもよかったみたいですね、社長の甥殿」
玲一の顔が一瞬で歪む。
彼は苦し紛れに叫んだ。
「ふ、ふざけるな……! こんな結果はまぐれだ……!! 俺は貴様なんか認めな――」
「いい加減にしなさい、玲一」
社長がピシャリと叱責する。
「君は、キングオーク戦のこともまぐれだと言ったな? いいか、玲一。覚えておきなさい。《《まぐれは二度は続かない》》」
「……っ!」
「恥を知るんだ、玲一。君を一端の大人なら、勝者には敬意を払え」
社長の言葉に、社員たちが喜びの溜息を洩らした。
「まさか社長が玲一さんを叱るなんて」
「……正直スカッとしたよ」
小声の囁きがあちこちから聞こえてくる。
まるで全員が、心の中で拍手しているようだった。
どうやら玲一は社員たちからも嫌われていたらしい。
玲一は不安そうに視線を彷徨わせると、形勢が不利だと認めたのだろう。
唇を噛みしめ、ゆっくりと頭を下げた。
「……古津川くん、すまなかった」
そう言って俺に謝る。
俺は首を横に振り、花園さんと社長を振り返った。
「最初から俺への謝罪なんて求めてません。俺はあなたに馬鹿にされたって、なんとも感じないので。それよりも、花園さんと社長に謝って下さい」
玲一も、俺が掲げた条件を思い出したのだろう。
花園さんと社長に向き直ると、改めて頭を下げた。
「社長、サナちゃん、申し訳ありませんでした。あなた方が仰るとおり、古津川くんの実力は本物でした」
サナと社長は顔を見合わせると、受け入れようというように頷いた。
「玲一さん。これに懲りたら、二度と古津川くんのことを馬鹿にしないでくださいね」
「……肝に銘じておくよ」
なんだかんだ玲一はサナに弱いらしく、小さくなってしまった。
「——さて、仕切り直しだ!」
そう言って社長が手を叩く。
「古津川くん、君の実力は完全に証明された。どうだろう? 我が社とのスポンサー契約をお願いできるかね?」
サナを見ると、首を何度も振って頷いた。
さっき玲一を戒めていたときとは違って、彼女は今子犬のような目で俺を見上げている。
俺は苦笑して、社長の差し出した手を取った。
「俺でよければよろしくお願いします」
「おお……! ありがとう! これで契約成立だ」
社長の力強い手が俺の手を握り返す。
社長は息子を見るような温かい目で微笑みながら、言った。
「君は必ずこの国の希望となるだろう!」
その瞬間――。
ドッ!!
爆発のような歓声が社内に響いた。
立ち上がった社員たちが拍手を鳴らし、口々に叫ぶ。
「おおおおおっっ!!! 最強の高校生と契約だー!!」
空気が一気に沸騰する。
歓声が重なり、訓練場全体がまるでフェス会場のようだ。
その輪の外。
玲一はひとり、壁際に押しやられていた。
顔を真っ赤にして拳を握るが、誰も彼を見ていない。
視線はすべて、俺に集まっていた。
「ミラーゴーレムを真っ二つにしたあの一撃、かっこよかったよ!」
「まさか高校生がAI兵器を倒すなんて誰が想像した!?」
「生で見れたの奇跡だろ!?」
「古津川くんは、フラワーカンパニーの名を世界に轟かせるぞおおお!!」
いや、持ち上げすぎだって……。
まいったな。
戦うのは好きだが、こういうのはさすがに照れる。
そんな熱気の中、サナが駆け寄ってくる。
「古津川くんがパートナーになってくれて、本当にうれしい! これからよろしくね!」
勢いあまったのか、両手で俺の手をぎゅっと握ってくる。
顔が近い。距離が近い。
ドキッとしたが、なんとか平静を保つ。
「さあ、古津川くん。さっそく契約料を送らせてもらったよ」
「え?」
社長にそう言われて、反射的にスマホを取り出す。
ピロン。
通知音が鳴った。
口座を開く。
【残高:50,056,000円】
息が止まるかと思った。
ゼロの数がおかしい。
桁がひとつ、いやふたつ違う。
画面を二度見した。何度見ても現実だ。
……これ、俺の通帳で合ってる?
「これはたんなる契約金だ。これから次々入金がある」
「……マジですか」
「君にはそれだけの価値があるし、君になしてほしい行為は、それだけ危険なものだからだ」
そこで社長の表情が引き締まった。
「命は金では買えない。君を未知の領域に送り出す以上、いくら積んでも安いくらいだ」
ようやく金額の意味が腹に落ちた。
これは、命を懸ける契約だ。
けれど、不思議と怖くなかった。
むしろ、胸の奥が熱くなる。
「……でも、それが面白いじゃないですか」
俺の言葉を聞いた途端、サナと社長が驚きを露わにした。
まさかそんな反応が返ってくるなんて、思ってもいなかったという様子だ。
「ダンジョンは、ずっと潜ってきた場所です。そこの均衡が崩れかけてるなら、守りたい」
それに、キングオーク亜種やミラーゴーレムと戦うのは、雑魚戦では感じられないスリルがあった。
行動しながら考え、戦いの中で強くなっていくあの感覚。
「それに、最強の敵たちとの戦いを何十回、何百回、何千回とコツコツこなせば、一体どれだけ強くなれるんでしょう? 想像しただけで、ワクワクが止まりません」
言いながら、自分でも気づかぬうちに笑っていた。
自分でも不思議なくらい、心が澄みきっている。
サナは口を開けかけて、結局言葉を失った。
瞳が、わずかに揺れる。
その頬がわずかに紅潮する。
「……すごい、古津川くん。本気で、楽しそうに言うんだね」
小さく零れた彼女の声には、驚きと憧れが混じっていた。
その後方で、社員たちが互いに顔を見合わせている。
「……肝が据わってる。数えきれない鍛錬の日々が、彼の精神力を強くさせたのか……」
「高校生の目じゃない。彼はやっぱり本物だ……」
囁きが再び大きな渦になりかけたときだった。
バンッ――。
「社長、緊急報告です!」
ドアを開け放ち、社員が駆け込んでくる。
「ダンジョンの上層でゲートの乱れを観測!」
「なんだと!?」
「明日の夕方には、深層部と繋がる可能性が高いとのことです!」
「くそっ。また上層にS級モンスターが現れてしまう……!」
緊迫感がいっきに走り抜ける。
俺とサナは思わず目を合わせた。
そんな俺たちに向かい、眉を寄せた社長が低く言う。
「古津川くん、サナ。どうやら明日の放課後が、君たちの初仕事となりそうだ」
社員たちが息を詰め、俺の返事を見守っている。
深層に潜るより先に、また深層レベルのモンスターと上層階で戦うことになるとは。
でも、練習にはちょうどいいか。
上層階は俺の庭のようなものだし。
俺は軽く息を吐き、口元に笑みを浮かべた。
「了解です。初仕事、今の俺の全力で挑みます」
「ああ。頼むぞ。君の活躍を期待している!」
サナと再び目が合う。
彼女はパートナーへ向ける信頼を込めた熱い瞳で、しっかりと頷いた。
「その瞬間を、誰もが待ってるはずだよ。古津川くんの初めての顔出し配信を!」
俺は静かに頷いた。
こうして、俺たちの初配信が決まった。
明日の放課後、世界が見ている前で。
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