時代遅れ剣士、圧勝。
大企業の訓練場。
閲覧席に詰めかけたのは数百を越える社員たちだ。
その視線が、中央のフィールドに立つ俺へと一心に集まっている。
試験会場というより公開処刑台のように感じられた。
「本当に勝てるのか?」
「生配信は見たが……それでも彼はただの高校生だぞ」
ざわめきには好奇と懐疑が入り混じっている。
技量を疑われるのは当然だ。
俺ですら、まだどこまでやれるかわかってないんだから。
それでも、この戦いは負けられない。
俺のせいで玲一から馬鹿にされた社長と花園サナのためにも。
必ず勝つ。
あの二人の顔に泥を塗らせるものか。
社長と花園サナが見守る中、玲一がゆっくりとマイクを取る。
「それでは、公開テストを開始しよう」
その瞬間、床の魔導陣が光を放った。
金属の塊が立ち上がり、やがて俺の姿を形作る。
「……俺?」
「そうだよ」
玲一が笑う。
「君の戦闘データを元にAIが作った《ミラーゴーレム》だ。君が自分自身に勝てないようなら、サナちゃんの相方は任せられない」
社員たちの間に動揺が広がる。
「コピー対決!? うわ、玲一さんえげつない敵を用意したな……」
「ミラーゴーレムの攻略方法は、まだ見つかっていないんだろ……?」
「自分と同じ実力者を相手に、攻略方法を模索しながら戦うなんて、高校生の彼には到底無理だよ……」
サナが真っ青な顔で身を乗り出す。
「待って……!! こんなテスト、危険すぎる!」
「安全なテストなんて意味がない、危険なほうが実戦的だよ。そうだろう? 古津川くん」
俺は静かに息を吐き、剣を抜いた。
「どんな敵だって、構いませんよ。俺の積み重ねが本物なら、負けないはずだ」
「ふん。時代遅れの剣術と、最先端のAI技術。どちらが上か、はっきりさせようじゃないか!」
玲一が嘲笑う。
直後、ミラーゴーレムが動いた。
反射のように、俺と全く同じ構え、同じ踏み込み。
ガキン――。
金属音が重なり、火花が左右対称に散る。
「……完全に動きを模倣してくるのか」
「そう。君の反応、癖、呼吸。すべてをトレースしてる」
玲一の得意げな声が響く。
「君が自分を超えられるか、見物だな」
次の瞬間、刃がぶつかり、視界が震えた。
一進一退。
剣の重さも速度も完全に一致している。
だが、俺は気づいた。
ほんのわずか、俺の癖が再現されすぎている。
だからこそ、狙い目がある。
「模倣ってのは、所詮、昨日の俺だ」
左足をずらし、わざと姿勢を崩す。
こんな動き方は普段はしない。
あのキングオーク戦で、相手が見せた隙を敢えて真似たのだ。
ミラーゴーレムが同じ動きを取った瞬間、すかさず反撃する。
ザシュッ!
ミラーゴーレムの肩口に浅い切り傷ができた。
「おおっ、当てたぞ……!」
社員たちから歓声が上がる。
その途端、玲一の笑みがわずかに歪んだ。
「まだ余裕があるってわけか。……じゃあ、もう一段階上げようか」
玲一が端末を操作する。
その瞬間、ミラーゴーレムの瞳が赤く染まった。
低く唸る駆動音。
空気が震える。
「難易度200%、先読みモード解禁。ここからは、君の動きを予測して、動きを封じるように斬ることができる」
足場を抉るほどの勢いで踏み込んできたミラーゴーレムが、一直線に迫る。
ガキィンッ!!
金属の腕が振り下ろされ、受け止めた剣が火花を散らす。
衝撃で腕が痺れる。
「……!」
次の瞬間、横薙ぎの一撃が炸裂した。
防御が追いつかない。
ミラーゴーレムの拳が脇腹をとらえ、鈍い衝撃が全身を駆け抜ける。
「古津川くん……!!」
サナの必死の叫びが聞こえる。
反射的に地面へ手をつき、受け身を取る。
だが衝撃を完全には殺しきれず、数メートル滑って膝をついた。
「なるほど……こう来るか」
攻撃の軌道、間合い、重心、そして先読みの性能。
さすが《フラワーカンパニー》の最新技術としか言いようがない。
観客席からは息を詰めるような気配が伝わってくる。
社員たちは、目の前の攻防から目が離せない様子だ。
そんな中、青ざめたサナが制止の声を上げた。
「こんなのテストの範囲を超えてる! 玲一さん、止めてよ……!!」
「それはできない。どちらかが倒れるまで戦い続けてもらわないと。実戦は非情なんだから」
玲一が冷たく言い放つ。
俺は剣を杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がった。
「上等です。どちらかが倒れるまで。それなら、話は早い」
深呼吸。
世界の音が、ゆっくりと研ぎ澄まされていく。
雑魚狩りの日々。
同じ軌道、同じ攻撃、何千回も繰り返した。
AIはデータで俺を模倣した。
でも、俺は痛みで覚えた。
俺は俺の癖を熟知している。
《《先を読むAIと同等程度には》》。
だからこそ、崩せる。
「先を読むAIか。……だったら、読めない動きをしてやる」
右足を、ほんの数ミリずらす。
剣を振る寸前で止め、無意味な素振りを一瞬だけ挟む。
リズムをずらし、動きの統計を狂わせる。
一歩間違えれば、自分の体勢すら崩れる危険な賭けだ。
長年の鍛錬で身体の芯まで染みついた癖を、意識の力だけでねじ曲げる。
ミラーゴーレムの瞳が、迷ったように揺れる。
まるで、精密すぎる頭脳が自分の処理の不可能領域に戸惑っているようだ。
よし。狙い通りの展開だ。
息を呑んで戦闘を見守っていたサナが、低く呟く。
「……古津川くん、ありえない! あんなこと、普通はできないのに」
「ああ、戦闘は体についた無意識のリズムをもとに動くものだ。彼はそれを自分で壊している……!」
サナと社長の言葉を聞き、玲一が絶句する。
玲一が言葉を失う中、俺は静かに笑った。
「改良の余地がありそうですね」
刃を構え直す。
「このAI搭載のミラーゴーレム、頭が良すぎるせいで、馬鹿らしいですよ」
いっきに踏み込み間合いに入る。
重心を滑らせ、刃を走らせる。
次の瞬間――。
キィィィン――!
鋼鉄の装甲が裂け、閃光が奔る。
AIの先読みも、データの計算も、もはやすべて無意味だ。
「ミラーゴーレム、攻略完了」
ドォンッ!!
重い破壊音とともに、巨体が崩れ落ちる。
粉塵が舞い上がり、真っ二つに割れた鋼鉄の塊が床に沈んだ。
辺りを包むのは、静寂。
社員たちは一人残らず、息をすることさえ忘れていた。
ミラーゴーレムの瞳の光は、一瞬だけ青に戻り、そして消えた。
ビリビリと火花が散る音だけが、広場に響く。
その中心で、俺は静かに立っていた。
ゆっくりと剣を振り下ろし、血ではなく油を払うように軽く振る。
「これが、時代遅れの剣術です」
「……そ、んな……。AIが剣士に負けた、だと……?」
玲一が絶望のあまり膝をつく。
手にしていたタブレットが滑り落ち、画面に『ERROR』の赤文字が点滅した。
俺は剣をしまいながら、玲一のもとへ向かう。
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