「俺が勝ったら謝って下さい」
大企業の社長室。
壁一面のモニターには、深層ダンジョンの映像が無音で流れている。
花園社長は俺の姿を見るなり、深々と頭を下げてきた。
「娘の命を救ってくれて、本当にありがとう」
その声には、重みがあった。
大企業のトップが頭を下げるなんて、普通じゃない。
俺みたいなただの高校生に、こんな接し方をしてくるなんて。
現実感が追いつかない。
「い、いえ! そんなつもりで助けたわけじゃ……!」
社長は顔を上げ、静かに言った。
「遠慮はいらん。命の恩人だ。君の望みを、なんでも叶えよう」
「本当に結構です……!」
俺が慌てて手を振ると、社長はわずかに目を見開き、ふっと笑った。
「欲がないな。……サナが惹かれるわけだ」
その隣で、花園サナが嬉しそうに微笑む。
「強いだけじゃなく、中身もすごく素敵な人なの」
「ああ、そうみたいだ」
社長の声色が少し柔らかくなった。
深く頷いた花園サナが、思いもよらぬ一言を口にする。
「だからこそ、パートナーなら古津川くんがいい」
「……えっ?」
今、パートナーって言った?
迷いのない花園サナの眼差しが、まっすぐ俺を射抜く。
「お願い、古津川くん。私のパートナーになってほしいの」
一瞬、時間が止まった気がした。
あまりに唐突な申し出すぎて困惑する。
花園サナの隣にいる社長が補足した。
「娘のユニークスキルは支援系のものなのだ。一人では深層に潜れない。だが、君のような実力者がいれば――」
花園サナが続ける。
「今まで何人もパートナー候補が来たけど、みんな売名目的とか、下心だらけで……。でも、あなたは違う」
「娘が自らパートナーにと望んだのは君が初めてなんだ。なんとか検討してもらえないだろうか?」
社長はモニターに映る映像へと視線を戻す。
深層で暴れる巨大なモンスターが、無音で暴れ狂っていた。
「最近、深層まで到達できる探索者が、ほとんどいなくてね。そのせいで、S級モンスターが溢れている。一部はゲートを抜けて、上層にまで姿を現しはじめた」
「……たしかに、ゲートの出現には俺も乱れを感じました」
「このまま放っておいたら、いずれダンジョンの門そのものが壊されて、外の世界にも出てくるかもしれない。均衡を取り戻すには、深層を攻略できる実力者が必要なんだ。生配信で深層を突破し、後に続く探索者たちに情報を残してくれる人を、私たちは探していた」
社長が花園サナを見る。
花園サナは俺に向かって一歩踏み出してきた。
「私は、その配信を流したい。古津川くんがパートナーになってくれれば、それを実現できるの」
たしかにモンスターがダンジョンの外に溢れ出したらとんでもないことになる。
他人事じゃない。
俺が役に立てるのかとは思うが、だからって突っぱねていい問題ではなかった。
できるかどうかじゃない。
やるかどうか、だ。
「……覚悟がいる話だね」
花園サナはしっかりと頷いた。
「うん。でも、古津川くんなら絶対大丈夫!!」
その直後。
バンッ!
勢いよく扉が開く。
一人の男が社長室に現れた途端、空気が冷え冷えとした。
「——本当に大丈夫なのかな?」
キラキラしたスーツに、完璧に整えた髪。
やたら高そうな香水の匂い。
見るからに自信の塊みたいな若い男が入ってきた。
「玲一君……。ノックもせずまったく君は……」
社長が困惑しながら彼の自己紹介をする。
「こちらは花園玲一。私の兄の息子で、うちの会社の戦略広報室長を任せている」
「そうです、伯父上。戦略広報室長としての立場から言わせてもらいますがね。スポンサーになるほどの実力が、本当に彼にはあるんですか?」
嫌な笑みを浮かべながら、俺を値踏みするように見てくる。
「どこからどう見ても、そこらにいる高校生にしか見えないなぁ」
「玲一さん、いきなり入ってきて、なんなの……!」
花園サナがムッとした顔で反論する。
「あなただって配信を見たでしょ? 古津川くんの実力はわかってるはずよ」
「あの勝利、まぐれだったんじゃないの? あの一戦だけで、実力者だとは到底言い切れない。再現性のないヒーローに投資するなんて、企業としては危険すぎる」
玲一は軽く肩を竦めて、彼女の怒りをいなした。
「僕は会社のためを思って進言してるんだよ。社長、是非、彼に対して公開テスト戦を行ってください。社の看板を背負う以上、彼の実力を僕たち社員に見せてもらわないと」
「いい加減にして! 私と父がお願いしてるのに、テストを受けさせるなんて失礼すぎる!」
花園サナが負けじと言い返す。
「信じているなら、テストごとき問題ないだろう?」
玲一はわざとらしく眉を下げた。
「僕や会社の人間を納得させられるなら、それでいいじゃないか。――どうかな? 古津川くん。君にはテストを受ける勇気もない? それならそれで僕は構わない。サナちゃんと社長の目が曇っていたってことで、この話は一件落着だ」
社長も花園サナも眉をひそめる。
俺は小さく息を吐いた。
正直、馬鹿にされるのは慣れてる。
でも、花園サナと社長まで侮辱されたのは、見過ごせなかった。
今朝の学校で、渦原に絡まれた俺を庇ってくれた花園サナの姿が頭をよぎる。
今度は、俺の番だ。
「いいですよ。公開テスト。受けます」
玲一が目を細める。
「ほう?」
「でも、もし俺がクリアしたら、花園さんと社長を侮辱したこと、ちゃんと謝ってください」
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