俺の学園生活、激変する。
「おい見た!? #瞬殺剣士の特定情報! うちのクラスの古津川陸だって!!」
「は!? あの古津川!? 地味で影の薄い素振り厨の!?」
「やっば! 100万バズの本人!? うちのクラスから!?」
「人生逆転すぎて笑う! てか、古津川があんな強かったなんて……」
「動画の動き、マジで化け物だったもんな!」
登校していくと、教室内はそんな話で大盛り上がりになっていた。
バズの余波で鳴りやまないスマホの通知音と笑い声が入り混じる。
周囲が俺抜きで盛り上がっているみたいで、気まずい。
その直後――。
「……いやいや、冷静になれって」
教室の隅、ややだるそうな男子が椅子を傾けながら言った。
渦原だ。
渦原の声で、少しずつ笑い声が静まる。
「古津川があんな動きできるわけねーだろ。合成だって」
「だよな。雑魚狩りしかしてねぇやつが、炎避けてボス瞬殺とか無理ゲー」
「まじめすぎてネタにされてたのに、いきなり英雄扱い? 笑わせんなよ」
さっきまで「やべえ!」と騒いでいた連中も、空気を読んで笑いに乗っかる。
「たしかになー」
「ネタ動画だよ、ネタ」
「今日学校来たら、どんな顔してんだろな」
どっと起こる笑い。
そのうちの一人の視線が、教室の入口にいる俺の視線を捕えた。
さっき、合成だと言い出した渦原だ。
「お! ちょうどいいところにご本人登場~」
俺は好奇心と悪意の入り混じる視線を受け流しながら、自分の席へと向かった。
渦原たちが後をついてくる。
彼らは俺の机の横にきて、にやにやしながら言う。
「なあ、古津川。まさか、おまえじゃないよな? 瞬殺剣士の正体」
面倒なので、俺はしらばっくれることにした。
「さあ、なんのこと?」
「は? 知らねえの? #瞬殺剣士だよ! 昨日からトレンド入りしてんじゃん」
他人事のように答える。
実際、そう思ってる。
画面の中の自分は、まるで別人みたいだったから。
だって、まさか、自分の素振り動画がここまでバズるなんて思わなかった。
ただ毎日、雑魚モンスターを狩って、剣の腕を磨いてただけ。
それが瞬殺剣士だなんて呼ばれて、100万同接超え。
朝起きたら、スマホが光の滝みたいに通知で溢れてた。
未読五百件。
知らない番号。
昔の知り合い。
SNSのフォロワー爆増。
世界が一晩でひっくり返ったみたいだった。
でも、正直、実感はない。
困ったなぁ、そのうち静かになるだろ、ぐらいの気持ちだ。
「なんだよ、バズッてることすら知らねえのかよ。ほらな、やっぱこんな地味な奴が瞬殺剣士なわけねぇって。――って、そんなことより古津川、今日も課題見せてくれよ」
これがいつもの流れだ。
渦原たちは俺をバカにしながらも、授業前だけは頼ってくる。
自分でやりなよと思うけど、断るのもめんどくさい。
まあ、俺が損するわけでもないし、別にいいか。
そう思ったときだった。
――ざわっ。
急に教室の入口が騒がしくなる。
顔を上げると、そこにいたのは――。
「……花園サナ?」
「サーニャだ……!」
あの時は、炎の中で必死だった。
顔をまともに見る余裕なんてなかったけど、改めてこうして見ると、本当に同じ人間なのかと思うほど、整っている。
チャンネル登録者数、一千万超え。
ダンジョン配信のトップランカーで、芸能人よりも有名な美少女。
しかも、ダンジョン管理を担う大企業の社長令嬢。
探索者たちが一度はコラボを夢見る存在。
隣のクラスにいるの知ってたけど、話したことなんて一度もない。
花園サナが歩き出すだけで、わあっと悲鳴が上がる。
彼女は高根の花で、俺以外の生徒から遠巻きに眺められる存在だった。
そんな彼女が、まっすぐこちらへ歩いてくる。
まさか、俺のところに……?
「見つけた!」
にっこり笑って、花園サナが目の前に立つ。
「探したんだからね!」
教室中が、時が止まったみたいに静まり返る。
「え、俺……?」
「そう、君! 古津川陸くん」
花園サナはまっすぐ俺を見つめて言った。
「もう一度会って、ちゃんとお礼が言いたかったの。あのとき君は、ダンジョン入口まで私を送り届けてくれた後、名乗ることもなく姿を消しちゃったでしょ?」
――あのとき。
後ろ姿だけだったが、生配信に映ってしまったことに気づいた。
正直、焦った。
あんな派手な配信者と一緒に映れば、身元なんてすぐバレる。
だから、逃げるようにその場を去った。
まさか、そんな俺のもとに、彼女のほうから、もう一度会いに来るなんて思ってもいなかった。
「君がいなかったら……私は、生きてなかった。――本当にありがとう」
教室の空気が、弾けた。
「……うそ!!」
「ガチで!?」
「やっぱり古津川だったんだ……!!」
感嘆の声が、波紋のように広がっていく。
それが合図となり、全員が一斉にこちらを見る。
彼らの顔には憧れと尊敬の色が浮かんでいた。
「おまえ、すごい奴だったんだな……」
「古津川がサーニャちゃんを助けてくれたんだ……!」
誰かが呟き、みんながうんうんと頷く。
胸の奥で、静かに熱いものがこみ上げる。
俺のやってきたことは、無駄じゃなかったんだ。
初めてそう思えた。
努力が報われたような気がしてうれしくなる。
ほんの少しだけ、世界の見え方が変わった気がした。
それだけで、十分だった。
……のに。
「え、ちょ、まって! こいつが!?」
「いやいや、ありえない!」
「どうせ企業案件だって! サナちゃんの会社のタイアップとかだろ!?」
いつも俺を利用してた渦原たちが、好き勝手言いはじめた。
「底辺でもボスを倒せるお助け武器を持たされたんだって」
「あー、わかるわ。『努力してます!』みたいな奴って、だいたい裏でズルしてんだよな」
「真面目ぶって努力してますアピール、前からキモかったし」
次第に、嘲るようなトーンが混じっていく。
そして――。
「結局、運が良かっただけだろ。地味で何の取り柄もねぇやつが、バズっていい気になるなよ」
教室の空気が、ざらりと揺れる。
花園サナはもう笑っていない。
「君たち、今……なんて言ったの?」
その声は、氷みたいに冷たく、鋭かった。
「努力した人を笑うなんて、最低です。一番みっともない」
空気が凍りつく。
笑っていた渦原たちは、戸惑ったように彼女を見つめ返した。
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