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ハコニワ  作者: 早村友裕
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第九話


 和泉たち壬生狼士と同じ青地の羽織に身を包んだその人影は、和泉と檜垣を分断するかのように真ん中に落ちた。

鉄扇テッセン!」

 叫んだのは和泉だった。

 鉄扇は先ほど雪輪を抹殺に向かったはずだった。

 それがなぜ、ここに倒れている?

「止めは刺していないわ。連れて帰るなら早くして頂戴」

 雪輪の凛とした声が響いた。

 どうやら檜垣の目の前に落ちてきた人は雪輪がこちらに向かって放り投げたらしい。それにしても、とても雪輪の腕で持ち上げられるようには見えない筋肉質な大男、雪輪の人並み外れた力は巴恵が思うよりずっと凄まじいものらしい。

「鉄扇がやられた……?!」

 和泉は愕然とした表情になった。

 いかに敵が十六八重菊所属の戦闘人型樞(アンドロイド)の雪輪とはいえ、鉄扇は壬生狼士の中でも指折りの手練だ。どれだけ油断しようとも相討ちには持ちこめるはずだった。

 それなのになぜここで地に付しているのだろう。

 言葉を失った和泉に、檜垣は淡々と告げる。

「当たり前です。雪輪だけならともかく、花菱も一緒だったのですから」

「花菱? あんなただの人間に何が出来る。確かに鉄扇から直接攻撃はできないが、ただそれだけだ」

「いいえ、それだけではありません」

 檜垣は唇の端に笑みをたたえた。

「彼には僕の知り得る限りの銃の戦闘知識と、格闘術のすべてを教え込みました。人間であるというアドバンテージも加えれば、今の彼に、並みの狼士程度では敵わないでしょう」

 少し遅れて雪輪の隣に息を整えながら立ったのは、花菱少年だった。

 大きく肩で息をし、銃創らしい傷が右頬に走っている。

「強くなりましたね、花菱。これならお嬢様を任せられます」

「……うすら寒いな、檜垣がオレの事褒めるなんてさ」

 肩をすくめた花菱は、何の予兆もなくふいに倒れ込んだ雪輪をすんでのところで支えた。

「あんな怪我で無茶するからだ……全く」

 雪輪に向かってしょうがないな、と呟くと、そのまま雪輪の体を背に担いだ。

「先に雪輪を置いてくる。俺が戻ってくるまで負けるんじゃねーぞ、檜垣」

「師匠に大きな口を叩くようになりましたね」

 くすくすと笑った檜垣は、本当に楽しそうに見えた。

 花菱が檜垣に戦闘訓練を受けていたことなど巴恵は知らなかったが、巴恵が課題と奮闘している間、花菱はずっと檜垣の手ほどきを受けていたのだ。

「最悪だな、俺の予定は駄々狂いだ」

 雪輪を担いで去っていく花菱の後ろ姿を大きくため息をついた和泉は、大きく天を仰いだ。

 足元に転がった鉄扇の様子をちらりと見て、檜垣に視線を戻す。

「こうなったら撤収だ……が、その前に」

 和泉は大きく刃を振りかざした。

 それを迎え撃つ檜垣。

 が、和泉は軌道を大きく逸らし、檜垣の傍をするりと通り抜けた。

 巴恵の目の前に刀を構えた和泉が迫った。

「巴恵お嬢様!」

 目の前を銀線が閃いた。


 ざくり、とかぼきり、とかそんな鈍い音がしたような気がした。

 しかし、両手で顔を庇って硬直した巴恵に衝撃は襲ってこなかった。

「……ぇ?」

 呆けた声が巴恵の喉から漏れた。

 おそるおそる目を開けた巴恵の目の前には、見慣れた檜垣の顔があった。

「お嬢様、お怪我はありませんか?」

 優しい声がしてほっとした。

「大丈夫やよ、ありがとう。檜垣は……」

 そう言って視線を少し下げた巴恵は、信じられないものを見た。

「ひ、ひが、き……?」

「大丈夫です。お嬢様が無事ならそれでいい。僕の事は気にしないでください」

「で、でも、檜垣、腕が」

 檜垣の左腕が根元からごっそりと無くなっていた。

 先ほどの斬撃で落とされたのは一目瞭然だった。

 しかし、巴恵が声を失ったのはそれだけではなかった。

「大丈夫です。僕は人型樞アンドロイドですから、後で直せます」

 巴恵の足元には、重そうな腕が落ちていた。

 いつも優しく頭を撫でてくれた手が地面にごろりと転がっているのは、とてつもない衝撃だった。

 巴恵は思考を止めた。

 ただ目の前に過ぎていく光景をぼんやりと眺めていた。

「バカだな、檜垣。人型樞アンドロイドの俺は人間を傷つけることはできねーんだぜ? そんなヤツ庇って、腕まで失って、いったいどうしようってんだ」

「……貴方に答える必要はない」

 和泉は巴恵に直接攻撃は出来ないだとか、そんな細かい事を考える余裕などなかった。

 ただ、刃が巴恵に向けられた瞬間に足が動いて、何を考える間もなく全身で彼女を庇っただけだ。

 残った右手で拳銃を構え直し、檜垣は和泉に向き直った。

 が、その様子を見た和泉はさっと刀を収めた。

「おおっと、俺はここで退散するぜ? 鉄扇も重症だが、檜垣の腕一本と交換なら安いもんだ。このあたりが引き際だろ?」

 そう言って地面に倒れ込んでいた鉄扇の体を片腕で軽々と担ぎあげた。

「片腕で32人の壬生狼士を前にした気分はどうだ、檜垣。絶望するか?」

 楽しそうに檜垣をからかい、裂けるような口で笑った和泉は、檜垣の威嚇射撃にあって肩をすくめた。

「いつになく好戦的だな。これ以上逆鱗に触れる前に俺は退散するよ」

 鉄扇を支えている方とは別の手をひらひらと振りながら。

「じゃーな、檜垣。また会おうぜ」

 和泉は壬生狼士たちの人垣の向こうに消えて行った。


 すべての出来事を檜垣の背中越しに見ていた巴恵は、ぺたりと地面に座り込んだ。

 あまりに非現実的な出来事に、脳が完全に停止してしまったようだ。

「巴恵お嬢様……本当は、貴方にだけは見られたくなかった」

 足元に転がった腕と、腕のない檜垣。

 呼吸がうまくできなくて苦しい。

 皮肉にもその苦しさが現実である事を告げていた。

「申し訳ありません。本当なら、僕はお嬢様の傍にいていいようなモノじゃありません」

 ばちばち、と左腕の付け根から火花が散った。

「それでも僕は――」

 言葉の途中で、檜垣は後ろから襲ってきた敵の腹部に鋭い蹴りを放った。

 それを皮切りに、整然と並んでいた壬生狼士たちが一斉に檜垣へと襲いかかった。





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