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ハコニワ  作者: 早村友裕
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第二話

 雪駄セッタを履く間ももどかしく思いながら、巴恵トモエは茶室へと駆けた。茶室へと続く細い露地の飛び石を踏みしめて。

 見れば、茶室の屋根が黒煙を上げて半壊している。

「お嬢っ!」

 すぐに追いついた花菱ハナビシ少年が巴恵の腕を掴む。

 しかし、巴恵はその手を振り切って大きく障子戸を開け放ち、茶室へと駆けこんだ。

 障子戸を開けたとたん、あたりに立ちこめる煙に、思わず手で口を覆う。

「何やの……?」

 視界のケブるその向こう、巴恵の目に鮮やかな萌黄色が飛び込んできた。

「現状の報告。旅団の迎撃に成功。右側面頭部を破損。自己修復完了まで20078秒」

 抑揚のない少女の声が響いた。

 少しずつ、煙が晴れていく。

 そこに現れたのは、萌黄色の髪をした少女だった。

 上から落ちてきたのだろうか、屋根に大きな穴をあけ、床の間は完全に破壊されている。

 その瓦礫の中で、それでも少女はすっくと立ち上がった。

「誰……?」

 巴恵の口から、素直な言葉が漏れた。

 年のころは巴恵と同じほど、短く切りそろえた萌黄色の髪は煙の動きに合わせてさらさらと揺れた。黒のハイネックと細身の黒パンツ、そして黒のブーツ。体にぴったりとしたその服装は、少女のすらりとした体型そのままだった。首には、金のロケットペンダントを下げている。

 凛とした横顔をした萌黄色の髪の少女は、自分以外の存在に気づいてふと顔を向けた。

 振り向いた少女の顔の右頬の皮膚は剥げて中身を曝していた。

 そこから滴るのは真っ赤な血ではない。そして、曝したのは血色をした肉でもない。

 巴恵は思わず息をのんだ。

「人間やないん?」

 頬の皮膚が剥がれおちた部分に見えるのは、黒い鉄の塊とそこから伸びるコードがほつれ、小さな電撃をスパークさせている様子だった。

 その部分さえなければ人間にしか見えない少女は、花菱少年と、その隣に茫然とたたずむ巴恵に視線を投げかけた。

「――報告の継続。有機生命体を発見。経過観察の後、改めてご報告いたします」

 しかし、花菱少年は、何か言おうとした萌黄色の髪の少女が声を発するより先にポケットから何かを取り出した。

「お嬢、こっち!」

 それを放り投げると同時に巴恵の手を強く引き、茶室から飛び出した。

 背後で凄まじい閃光が炸裂したのと同時だった。



 茶室を飛び出して庭を駆け抜ける花菱少年に、巴恵は引きずられるようにして駆けていた。

「何? いったい、何やの?」

「いーから早くこっち!」

 手を引かれながら振り向くと、先ほどよりさらに崩壊に近づいた茶室から、ぼろぼろの黒衣を纏った少女がゆっくりと歩み出てくるところだった。

 しかしその光景はすぐ竹垣の向こうに消え、花菱少年は巴恵を連れて母屋へと駆けこんだ。

 書斎に飛び込んだとたんその場に崩れた巴恵の両肩に手を置き、花菱少年ははっきりと告げる。

「お嬢、落ち着いてオレの言うこと、聞いてくれ」

 見たこともない真剣な表情をした花菱少年の姿を見て、巴恵は思わず無言で頷いた。

「アイツはきっとお嬢とオレを狙ってくると思う。でも、きっともうすぐ檜垣が帰ってくる。それまで、なんとかアイツから逃げるんだ」

「何で? 何でやの?」

理由ワケは後で話す」

 巴恵は雪駄のまま、花菱少年も靴を履いたまま慌てて飛び込んだせいで、文机はひっくり返り、先ほどまで解いていた課題の紙が部屋中に散らばっていた。

 花菱少年は迷わず書斎の真ん中の畳を持ち上げた。

 すると、畳の下に隠れていた真っ黒な金庫の扉が姿を現した。見るからに頑丈そうな鉄の扉は、花菱少年が渾身の力でひくと、重い音を立ててぎしり、と開いた。

 巴恵が目を見張る前で、花菱少年はその金庫に半身を突っ込むようにして次々中身を取り出した。

 畳の上に並べられていくのは、鈍い鉄色をした武器だった。書斎にある本で読んだことしかないが、巴恵にはこの武器に覚えがあった。

「これ……銃?」

「お嬢も一つ持ってて。使い方分かる?」

 そう言いながら、銃を指し示す花菱少年に、巴恵はふるふると首を横に振った。

「んじゃ、後で教えるから……ベレッタでいいか。とりあえず持って」

 無理やり押し付けられた、並んだ中では一番小さな拳銃を、巴恵は胸元に抱えた。

 それは重厚な色をした見た目通りにずしりと重かった。

「いよっし、これで全部だっ」

 ばたん、と金庫の扉を閉めると、花菱少年は巴恵に渡したものより一回り大きな拳銃を手にして外へとつながる障子戸にぴったりと体を寄せた。

 いつの間にか両手には黒のグローブを装着している。

「お嬢、そっちの影に隠れて伏せてて」

 巴恵はわけがわからないながらも、花菱少年の指示に従い、拳銃を抱えたまま部屋の隅に寄って息を潜めた。

 花菱少年は、警戒しながら障子戸をほんの少し開いた。

 そこから外の様子を窺うつもりらしい。

「……何だ? アイツ、攻撃してこない……?」

 アイツ、と呼ぶのは先ほど茶室に飛び込んできた萌黄色の髪の少女の事だろう。

 その少女が攻撃してくる、というのは。逃げろ、と言ったのは。そして、この部屋に隠してあったこの大量の武器は……?

 巴恵は背筋が冷たくなるのを感じた。

「くっそ、早く帰ってこいよ、檜垣……!」

 花菱少年の呟きがさらに焦りを加速させる。

 心臓の鼓動が速まって、全身がすくみあがるほど緊張した。

 そこへ、凛とした少女の声が飛び込んできた。

「安心して頂戴。私は、貴方たちに危害を加える気はないわ」

 先ほどの萌黄色の髪をした少女の声だった。

「何が危害を加える気がない、だ! そんな手に乗るか!」

 花菱少年は一喝し、さらに警戒を強めた。

 しかし、さらに続いて追いかけてきた少女の言葉に、花菱少年も巴恵も驚くことになる。

「先ほど貴方が口にした『檜垣』というのは、私の仲間」

「?!」

「何だと?!」

 さらに少女は続けた。

「私は、『人間』の味方――反勢力『十六八重菊ジュウロクヤエギク』に属しているから」



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