忌み地の水
あなたの飲む水は、『きれいな水』ですか?
なんの濁りもない、そんな、きれいな───
ミーンミンミンミンミー、ミーンミンミンミンミー、ミー…………ジジッジッ……
「わっ、にげられた!」
「まってー!こっちにもいるよー!」
「つかまえろ!」
……ジジジジッ
蝉が鳴く。七日の灯火を赤赤と燃やす。
連日の猛暑など目もくれず、子供たちは、その声めがけ走る。乾いた砂は巻き上がり、彼らの駆けた後を追う。砂と汗にまみれ、目一杯、網を振る。
この時期が来るたび、私は思い出す。
あの、夏の日を───
【忌み地の水】
「あっつ……」
ハンカチでいくら拭おうと、収まることを知らない汗が、この夏の暑さを証明する。
「二週間ぶりだね。」
娘も私同様、火照った顔に汗を光らせる。
……ウィーン……
重々しい響きが広がる。自動ドアと外界との境目は、温度が定めている。そう思うほどに、夏場の外気との差には辟易する。
「すずしい……」
先程より澄んだ娘の声は、やはり、ここには似合わない。何度来ても慣れることはない。病院のように無機質で、人としての温度を感じないこの空間。この静けさもまた、ここが外界と意図的に隔てられた空間である、ということを指し示しているかのようだ。独特の匂いが、胃をかき回す。体外的にだけでなく、精神的にも負担がかかる。この、もの悲しい雰囲気。ただただ死の淵に腰掛けているような、そんな感覚。……好きになれない。
「今日は、早めに帰ろうか。」
全てを見通したよう口にする娘は、こういう時、心強い。何かあっても大丈夫、そういった心のお守りのような存在。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。せっかく来れたんなら、ね。そう頻繁には来られないし。」
この特別養護老人ホームに母が入居したのは、昨年末のこと。抱えていた認知症が進行し、家で面倒を見ることが難しくなった。本当なら、いつか迎えるその日まで、共に過ごしたい。というのが本音だが、気持ちだけではどうにもならないこともある。仕事に家事に育児に、介護。理想と現実の差は、埋められなかった。
母が入居した日の夜、ぽっかりとした空虚の隣に見つけた安堵感。あの日の自分を、私はいまだ責め続けている。
思考がひとりでに巡る間に、母がいる個室の前へと辿り着く。
お母さん、覚えててくれてるかな……
心にぽたりと不安の色が滲む。
「もし、忘れられるなら、私の方が先だよ。だから大丈夫。」
くだけた笑いをこぼし、娘が扉を開く。スライド式の扉からは、見た目以上の重さを感じた。
その先に広がっていたのは、無機質でも空虚でもなく、懐かしく温もり溢れる、故郷だった。
やわらかな微笑みを浮かべる母は、朝日がとても良く似合う、私の知った母だった。ベッドの上、足を伸ばすその姿は、どこか小さくなったように感じる。「歳をとると、棺桶に入るよう小さくなっていく」と言っていたが、こういうことなのだろうか。
「おばあちゃん、おはよう!元気にしてた?」
母に向かい嬉しそうに話す娘の背中が、以前より少し大きく感じる。
娘が一つ階段を上れば、母が一つ階段を下る。嬉しいことと寂しいことが、背中合わせに座っている。時の流れに、情はない。
「はい、これプレゼント!」
娘から手渡されたお世話人形を、母のか細い腕が迎え入れる。昔はもっと逞しかった。そんな腕が、私の胸を締め付ける。
嬉しそうに微笑みながら、人形をやさしく抱きかかえる母。その様子を見た娘も、口元に笑みをたたえている。
やわらかく、あたたかい、オレンジ色の時間。
母は人形の頭をふわりふわりと撫で、
「みやこちゃん、ありがとう。かわいいお人形さんね。」
そう、口にした。
即座に振り返った娘と、視線がぶつかる。それが、何よりもの答えだった。
……コンコンコン。張り詰めた空気を打ち砕くよう、扉が叩かれる。
「失礼します。伊藤さん、少しお話大丈夫ですか?」
隙間から顔を覗かせる職員の、無機質な声が響く。
「今、行きます。美咲、少しの間おばあちゃんのことお願い。」
無言で頷く娘の顔には、いまだ動揺の影が揺れている。
個室を後にし、扉から少し離れた壁際。職員は事務的に口を開いた。
「お母様の症状に関してなんですが……」
「だいぶ進行しましたね。今しがた娘のこと、私の名前で呼んでいました。」
不思議なもので、口にするという行為が本当の意味で認める作業のようで。先に生まれたはずの感情に、やっと理解が追いつく。これもなにもかも、引き換えに得たのが……あの日の安堵。お母さんは、なにも悪くない。悪いのは……
「そう……ですか。」
職員の声が揺れる。続く言葉を探せずに、呼吸だけが宙を舞う。
「いつかはこんな日が来ると分かっていたので、大丈夫です。色々ご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、今後ともどうぞ、宜しくお願いいたします。」
深々と頭を下げ、言葉をこぼす。そのどれもに、ぽっかりと穴があいていた。
熱に浮かされたアスファルトが、じりじりと身を焦がす。湿った風は全身を撫ぜるよう、ふたりの間を吹き抜ける。そう遠くないはずの道のりが、いやに長く感じる。
「……お母さんのこと、ひいおばあちゃんだと思ってた。」
話が終わり個室に戻ると、母は人形を胸に抱き幸せそうに眠っていた。そのあまりにも穏やかな表情に、起こすのが忍びなくなり、早々に面会を終わらせたのだ。
娘の話によると、私が話をするため個室を離れた後、
「みやこちゃん、ばあばのいうこと、ちゃんときいてる?」
「ばあばのいうことは、しっかり、きくのよ。」
「ばあばはね、ママのだいじ、だいじ、だから、みやこちゃんもばあばのこと、だいじ、だいじ、してね。」
などと、話していたらしい。
……都子。私の存在があるのに、ない。忘れていないけど、忘れられている。もう、今の私で、話すことはできない。想像はあくまでも想像であって、現実を受け容れるだけの準備には、到底なり得なかった。哀しいのは私だけじゃない。娘も、そして、母も。みんなみんな、哀しい。私だけじゃ、ないのだ。
夏が、対照的な感情を浮き彫りにする。
「……あ、そういえばね」
娘がなにかに気づいたように、言葉にする。
「おばあちゃん、変なこと言ってた。」
「変なことって?」
「なんかね、井戸がどうのって……なんだっけ、みやこちゃん、井戸には……井戸に……は」
……ああ、なるほど。
「多分、近づいちゃだめよ、じゃないかな。一番最初のお家にあったのよ、井戸。もう、ダムの底に沈んじゃったけどね。」
「あ、それそれ、近づいちゃ……って、え?ダム?ダムって、あのダム?!」
「そう、あのダム。」
なんとはなしに避けてきた話題。別に、話したくないとか、そういうことではない。本当になんとなく、ただ、なんとなく話してこなかった。
私が十七の年。村は、ダムになることが決まった。
生まれ落ちてからのオレンジ色の時は、藍色に染まり、ただの澱となった。帰る場所は、もうない。
誰かの哀しみの上、成り立った幸せ。それを享受しながらも、その哀しみすら知らない、知ろうともしない。
日常の当たり前は、私たちの、哀しみの上にあるのに。
「ダムの底か……今度、行ってみたい。」
「え?」
思考がやさしく引っ張られ、現実へと戻る。
「お母さんの生まれ育った場所が、どんなところだったのか。見てみたい。」
「……そうね。今度、行ってみようか。」
ミーンミンミンミンミー、ミーンミンミンミンミー…………
夏の声は、その存在を確かに刻んでいた。
ザーーー、ゴロゴロゴロゴロ、ザーーピカッ……
ひどく不機嫌な空が泣いている。窓に打ちつける雨は、その音で廊下を埋め尽くす。なにかを強く訴えかけるような、そんな響きを伴うようだ。
夏の雨というのは、言うまでもなく厄介だ。暑さに湿気にと、不快指数を一段と高める。湿り気を帯びた体は、いつにも増して重い。五十代も後半に差し掛かり、昔とは比べ物にならないほど、体力も気力も、その全てが落ちたように思う。
……やっと着いた。
たった一階分の階段にも、疲れを覚える。
入居者の身を守るためであろうしっかりとした扉を抜け、母の待つ個室へと向かう。今日が雨だからでも階段を上ったからでもない、そんな重さが、のしかかる。
あの日から数日ぶりの面会。個室が近づくにつれ、その重さがより存在感を増す。心の叫びを、体が代弁しているようだ。
会いたいけど、会いたくない。現実に胸を刺される準備は、できていない。今日は全ての現実を、自分一人で受け止めなければならない。
「……さん、……うさん、……伊藤さん!」
突如、耳へと入ってきた言葉に、体がビクリと反応する。
「すみません、驚かせてしまいましたね。」
振り返った先には、あの日の職員。
「いえ、すみません。なんだか、ぼーっとしちゃってたみたいで。」
「お母様に関して、少しお話したいことがございまして。お時間、大丈夫でしょうか?」
「あ、……はい。大丈夫です。」
…………なにを言われるんだろう。そう思うだけで、耳を塞ぎたくなる。でも、向き合わなければならない。
「座ってお話しましょう。ご案内しますね。」
私のことを気遣ったのか、職員は私の歩調に合わせるよう案内をはじめた。
スライド式の扉の先には、そこそこ大きくシンプルな机と、その机を挟むよう椅子が二脚ずつ設置されていた。こじんまりとした真っ白な室内には、どこか事務的な雰囲気が漂っている。
確か、契約時に案内された部屋だ。
「そちらにお掛けください。」
職員にうながされるまま、扉と斜めに向かい合うかたちで腰を下ろす。職員はゆっくりと扉を閉めると、私と対角をなすよう腰を下ろした。
「母がなにか……ご迷惑をお掛けしてしまったんでしょうか……?」
話はじめを待たずして、何個も浮かぶ可能性のうち一つを口にする。
「いえいえ、ご迷惑だなんて全然。」
職員の表情に、偽りはなさそうだ。
「夜勤からの申し送りになりますので、私も直接見たわけではないのですが……」
そう前置きしつつ、言葉を続ける。
「以前、お母様に、お世話人形をお渡しされましたよね?」
「……はい、◯◯ちゃん、ですよね?あの人形が、どうかされましたか?」
……まさか、誤食?……不安が募る。
「室内に取り付けられているトイレに……その……人形を、押し込んでいたそうで……」
「トイレに……押し込む……?」
予想だにしない返答に、眉間の皺が深くなる。
「はい。……それだけならいいのですが、その時の様子がどうも気になりまして……」
「……どんな様子……だったんでしょう?」
不安が胸を駆け巡り、胃にも痛みが走る。
「……『なんでここにいるの?あなたは井戸にいるはずなのに。』……そう叫びながら、取り乱したように人形を押し込んでいたそうです。」
「……井戸に……いる……??」
身構えた答えとは大きくかけ離れた言葉に、脳は考えることを放棄したのか、壊れたように動かない。
「職員が慌てて止めに入ったのですが、物凄い力で振り払われ手に負えず……数人がかり、やっとのことで落ち着かせたそうです。」
夜勤職員曰く、
静寂を切り裂くほどの金切り声は、廊下を突き抜け、遠く離れた共有スペースにまで響きわたっていたという。
その声に導かれるよう駆けつけた数人の職員は、金切り声に混じり、水がバシャバシャと掻き回されるような、そんな音を耳にしたという。
また、見た目とは相反する力で人形を押し込む母の姿は、まさに『般若』そのものであり、至るところに飛び散った水が、その激しさを物語っていたという。
私が見てきた母とは掛け離れた状態に、理解が追いつかず、言葉を失う。
「幸い、お母様にお怪我はなかったので、その点に関してはご安心ください。ですが……状況が状況でしたので……お伝えした方が良いかと思い、お話させていただきました。また、人形に関してなんですが……」
職員は、ためらいがちに言葉を続ける。
「落ち着かせるためにも、一度こちらでお預かりさせていただこうと思いまして。お母様の手から、人形を離したところ……」
職員は眉間に皺を寄せ視線を落とすと、
「『ごめんなさい』と泣き叫びながら、床に額を擦りつけ、何度も何度も、土下座をされていたそうです。『私が悪かった』、『しかたなかった』、とも、口にされていたそうで……なので、人形の方はお返しいたしますね。」
そう、言葉を落とした。
……私が悪かった、しょうがなかった……なんのことだろう、分からない。私の知らない母は、病気が作り出した、もう一人の母なのか、それとも……
「……本当に、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした。」
額が机にぶつかるか否かの深いお辞儀をする。
「謝らないでください!……今後も注意深く、様子の方を見させていただきますので。また、なにかありましたら、こちらからお声掛けさせていただきますね。」
そう言葉にする職員の顔には、私の心情に寄り添うような、そんな色が浮かんでいた。
ザー、ガタガタガタッ、ザザーー、ガタガタッ……
吹きつける風が窓を揺らす。思考はなにひとつまとまらない、まとまるはずもない。鉛のような心につられ、息が浅くなる。
母の個室に着いてから、どのくらいの時間が経ったのだろう。扉の前に立ち、ただただ、時だけを見送っている。全身を所狭しと覆った名付けようのない感情が、取っ手にかけようとした手を引き留める。
……この扉の先にいるのは、私が会おうとしているのは…………誰?
膨らんでいく妄想と、それに対する罪悪感とが入り混じる。
「……まだ……決まったわけじゃない……」
胸に手をあて、下手な深呼吸を数回繰り返す。目を閉じ、取っ手を掴む手に、力を込める。口から細い息を漏らし、扉を一気にスライドする。
「ヒッ」
母がいた。開けた視界を埋めるよう、俯き、直立した母が。
瞬間、息が止まり、鼓動が体の末端まで響く。冷たい汗が背中をつたい、体が硬直する。
個室全体が、母含め、淀んでいる。黒黒しいナニカに覗かれているような、そんな感覚。
ザーザー、ガタガタガタッ……
重い沈黙の中、荒れ狂う屋外の音だけが響く。
俯き続ける母の、表情は見えない。
「おかあ、さん……どう、した……?」
カラカラに乾いた喉が張り付き、上手く声が出せない。
「あ…………し……」
数秒の間の後、弱々しくこぼれた声は、間違いなく母の声だった。懐かしい響きにほっと胸をなでおろすと同時に、覚悟が決まる。
……ひとまず、ここから遠ざけないと。
「お母さん、」
「あ…………しま」
はやる気持ちを抑えつつ、母の顔を覗き込む。
「お母さん、ちょっと場所」
「赤ちゃんの声がします。」
お世話人形のように黒く、感情のない、目。
「赤ちゃんの声がします。赤ちゃんの声がします。赤ちゃんの声がします。赤ちゃんの」
脈打つ思考の中、延々と響き続ける無機質な声と、口だけが機械的に動くその様から、目が、離せない。
「赤ちゃんの声がします。」
その言葉だけが、いつまでも鼓膜を揺らしつづけた。
ザァーーー、ザザァーーー。
雨は弱まることを知らず、ぐだぐだと泣き続けている。
駐車場に着いてから、どのくらいの時間が過ぎただろうか。ハンドルにもたれ、現実と過去との狭間を、行ったり来たりしている。
気づいた時には、通りかかった職員が対応に当たっていて、私はただ呆然と、その様子を眺めていた。
途方もない疲労感が全身を襲う。脳みそは、いつからか使い物にならない。
「……井戸にいる……赤ちゃんの声……しかたなかった…………私が悪かった……」
…………これらの言葉から導き出されるのは、最悪の答え、のみ。それは、病が生み出した産物なのか、はたまた、過去の記憶なのか……
わからない。知りたく、ない。
本当のお母さんは、どこ?
眠れない。
夕方までの雨が嘘のように、やわらかく窓を濡らす。
いまだ処理しきれず、脳みそに溢れかえったままの言葉が、出来事が、眠りを妨げる。
お母さんが、赤ちゃんを……?
うずくまった体を、より強く抱く。
……もし、そうだとして……全てはもう、水底だ。確かめようがない。……でも……どうしてそんなことを……?
思考を巡らせれば巡らせるほど、目の当たりにしたくない現実が、目の前を覆う。内蔵も体も、全てが重苦しい。
突如、暴れ出した胃液を堪えながら、トイレへと駆け込む。便座の縁に掛けた手が震える。出るものなど、もう何も無い。
便器のくぼみ、溜まる水と目が合う。ここに母は、人形を押し込んだ。濡れることなど構うことなく、押し込んで、押し込んで、叫んだ。
井戸に……いる。私の……きょうだい……?
「こ こ に い る よ」
「ヒュッ」
喉が鳴り、体全体が脈打つ。毛穴という毛穴からは、冷たい汗が吹き出す。
地を這うような声。この世の全ての恨みや憎しみを詰め込んだような、重く抉るような響き。その声が、頭上から私の脳みそを揺らす。
全身から血の気が引き、温度が奪われる。無防備にさらされ続ける体を、力ずくで縮込める。脈が、鼓膜と体を、揺らし続ける。
……一刻も早く、ここから離れたい……
うるさい頭を上げ、その声がする方へ、ゆっくりと視線を上向ける。髪の毛と髪の毛の隙間、覗く視界には……いつも通りの風景。
……誰も、いない。……よかった……
「ヒッ」
声にならない叫びをあげ、体勢を崩す。反射的にのけ反った勢いのまま、背後の扉に頭と背中を打つ。
視線を戻した窪みには、
あの人形と、ミミズが一匹。
逆流し、水位の上がった水の中、溺れていた。
臍の緒のような、大きなミミズは、もがき苦しみ暴れていた。
その下には、恨みがましい真っ黒な瞳に、笑顔をたたえた人形が……こちらを覗き込んでいた。
コンコンコン。
「ヒィッ」
背後からノックする音と振動が、体につたう。不意に起こされた現象に、再び胸が爆ぜる。
「ごめん、驚かせて。なんかすごい音したから、大丈夫かなって。」
そう気遣う声の主は、美咲だった。
反射的に流そうと、目線を移したトイレには、ただ、胃液だけが広がっていた。
……嫌な想像ばかりするからだ。
「体調、大丈夫?…………おばあちゃんと、なにかあった……?」
私を心配する色が滲む。
「……起こしちゃったみたいで、ごめんね!なんでもないの……ただ、ちょっとふらついちゃって……立ちくらみかしらね。気にかけてくれて、ありがとう。」
おばあちゃん、
『人を殺しているかもしれないの』
そんなこと、どうして言えよう。
「……そっか。なにかあったら、言ってね。」
そう言葉を残し歩き去る音は、やがて暗闇に溶けていった。
痛い。ひどく凍てつく寒さが、肌を焼く。
土は香り、木々がざわめく。落ち葉を、枝を踏む音が、揺れとなり伝わる。
背中を抱える、大きな手の感触。
目は開かず、なにも見えない。広がる暗闇が、不安となり手を広げる。
……身動きは、とれない。
……こ、え?…………声だ。声がする……
誰か!誰か助けて!!誰か!!!
……叫んでいるのに、声が出ない。
暗闇を引き裂き、赤を纏う。
暑いほどの熱気に、灰の臭い。
木が爆ぜる音に、大麻を振る音。
遠く聞こえた声の正体は、お経、だった。
……これは、なにかの、儀式。
不吉な予感が、首を絞める。
……動きが、止まる。
体は、揺れの本体から離され、
『ごめんなさい。しかたないのよ。』
内蔵が浮く。
絞首台の足場が開いた、そんな絶望感。
風が耳元で鳴き、赤は遠のき、やがて闇となり消えた。
……ヴーヴーヴーヴーヴーヴーヴー
枕元の振動が、即座に現実へと引き戻す。
ゆっくりと起こした体は、雨にさらされたかのように、ぐっしょりと濡れている。呼吸は乱れたまま不規則に繰り返され、視界はぼやけて定まらない。
現実を見ていたような夢。それは私に抱きつき、その感情を心に落とし込み、淀みをつくる。
疲労が誘った眠りは、浅瀬を漂っていたのだろう。カーテンの裾から漏れる色は、うっすらと白いままだった。
ヴーヴーヴーヴーヴーヴー
再びの揺れに、手探りでスマホを探す。揺れ続けるそれを掴み、画面を確認する。
そこには、『◯◯苑』の文字があった。
……施設からだ。
鼓動が速くなり、嫌な予感だけが頭を埋め尽くす。
震える指先で、通話ボタンをスライドする。
「もし、もし」
水気の飛んだ声は、ひどくぎこちない。
「朝早くにすみません。◯◯苑ですが、伊藤都子 様のお電話で宜しいでしょうか?」
「あ、はい。あの、母に、なにか」
前置きなどいいから、早く本題に
「先程、お母様がお亡くなりになりました。」
聞きたくない言葉ほど、耳は聞こうとするのだろうか。
深く刺した音は、鼓膜にシミをつくった。
母は、死の淵から落ちた。あの夢のように、闇に呑まれて消えた。
母は、便器に顔を突っ込み、溺死した。
お腹に広がった大きな蚯蚓脹れは、便器の中もがき苦しむ、あの日のミミズのようだった。
……母は、井戸に引きずり込まれたのだろう。
もしかしたら、あの日も……押し込んでいたのではなく、『引き込まれていた』のかもしれない。
点と点とが結ばれ、導き出された答えが、母の罪を教えてくれた。そして、私の罪も。
母の罪を、私は裁けない。裁く立場にもない。私は、気がつくべきだった。他人から聞いたことだけで判断せず、もっと…………守れた、はずだった。
……でも、あの子のことも、憎めない。
突き放され、叫んでも叫んでも、誰にも届かない。全身に走る、痛みに似た冷たさ。声すら出せない水の中、その感情を押し込むように、穴という穴から流れ込む、ドロドロと、腐敗した、ナニカ。絶望。
それでもなお、求めた、母の愛。
白過ぎた、愛。
それを知ってしまったら、わかってしまうから……
あれはきっと、母の言う『あなた』。
私の『きょうだい』の、最期の記憶。
母は、私のきょうだいを、
……殺した。
葬儀会社との打ち合わせを終え、家路に着く。
思いを馳せ、哀しみに打ちひしがれるような、そんな余裕は無い。やることは、山のようにあるのだ。
でも、そんな忙しなさに感謝すら覚える。今、私が私を保てているのは、この状況があってこそなのだと思う。
少しの休む間もなく、祖母へと電話をかける。連絡をとるのは数ヶ月前、珍寿のお祝い以来だ。
「もしもし、みやちゃん。おはよう。」
電話口から聞こえる、溌剌とした声。私の、最後の故郷。
「……お……ばあちゃ」
幾重にも重なり蓄積した澱が、堰を切ったように溢れ出し、言葉が詰まる。
「どうした、なにがあった?」
電話口にも、私を抱きしめる響きが広がる。
「……お母さん、がね。……今朝…………亡くなって……それで」
「溺死……?」
「……え?」
間髪入れず放たれた、初めから知っていたような響きに、呆気にとられる。
「……溺死、だったりする?」
再度、放たれた言葉に、やっとのことで理解が追いつく。
「……なんで、」
「……やっぱり」
……やっぱり……?
思考は再度、突き放される。なにが、わからないのかすら導き出せず、無意味に行き来を繰り返す。
「みやちゃん……今から話すことを聞いても、お母さんのこと、責めないであげてくれる?」
おだやかに滲み広がる、哀。
「……責めるって、」
「少し、長くなる……だ………」
電波が乱れたのか、言葉が掻き消される。
「もしもし?おばあちゃん?」
「……や、ちゃ……」
「おばあちゃん?もしもし?おば」
「ゴポ ゴポ ゴポ ゴポ ゴポ ゴ」
「いやあっ」
排水口を逆流するような音が鼓膜に響き、反射的にスマホを払い落とす。鈍い音が、部屋中に広がる。
「……ゲホッゲホッ」
ありとあらゆる腐敗臭を圧縮したような、ひどい臭いが立ち込める。ぼやけた視界にとらえたスマホからは、水が溢れ出していた。使い込んだ筆洗器をひっくり返したような、形容しがたい黒が、床を染め上げていく。
耳からは、ぬめりのある、それが垂れていた。
……あの夢の、臭いと感触。
……あの子が、怒ってる。
「大丈夫か?」
ふいに掛けられた声に、勢いよく振り返る。部屋の入り口から覗く目と、目が合う。旦那だ。
「……あ、うん。……大丈夫。」
急激な安堵感と、尾を引く恐怖に、鼓動がうるさく反響する。体の末端が、異常なほど冷たい。
「なにかあった?あと、スマホ」
話し終える前に、慌ててスマホの方へと視線を移す。
「……え」
そこには、先程までのことが嘘だったかのように、ただ、床にころがるスマホが。たった一滴の水すら残さず、全ての痕跡が、跡形もなく消え去っていた。
「…………ねえ……この部屋、臭く、ない……?」
振り返りながら問いかけると、
「……いや、臭くない、けど……?」
旦那は、そう口にしながら、怪訝そうにこちらを見つめていた。
……あれは、一体……
思考を巡らせながら、はっと思い出し、耳に触れる。……ぬめりのあるアレも、どこかへと姿を消していた。
「ああ、そうだ。おばあちゃん、来られそう?」
不意に投げかけられた言葉に、瞬間、息が止まる。
「あ、えっと、それが、電波が、それで、途中で、切れちゃっ」
気持ちばかりが焦り、言葉が追いつかない。
「落ち着いて。」
旦那は、そう口にしながら、私の両肩へと手を置く。
「ゆっくりでいいから、ね?」
やさしい眼差しを向けられ、次第に落ち着きを取り戻す。
「おばあちゃんと話してたら、急に電波が悪くなったみたいになって……それで……」
言葉にしながら、涙が込み上げる。
「そうなんだね。それなら、僕からもかけてみるよ。」
「……ありがとう、お願い。」
旦那は、チノパンのポケットからスマホを取り出し、祖母へと電話をかけはじめる。
「…………」
「……どう?」
「コールは鳴るけど、出ない。おばあちゃんが出ないなんて、めずらしいな……折り返しは?」
首を横に振る。スマホを握る手にも、力が入る。
「そっか。お互い、もう一度かけてみようか。」
「うん。」
その日、幾度となくかけた電話に、祖母が出ることはなかった。
心配になった私達は、祖母宅が他県にあるということもあり、警察へと届け出た。
何日経っても、祖母が電話に出ることはなく、祖母からの連絡もまた、くることはなかった。
母の葬儀に、祖母は現れなかった。
「手紙……?」
祖母がいなくなり一週間。
どんなことがあろうと、生活は以前のかたちへと戻っていく。守る者が、あるから。
娘を学校へと送り出し、玄関に向かう途中、ポストの中を確認する。
そこに、それはあった。
『伊藤 都子 様』
封筒に、縦書きで書かれた文字。それは間違いなく、祖母の筆跡。やわらかな達筆だった。
それは、最悪な想像が早とちりであったのだと、少しの安堵をもたらした。
胸を撫でおろしたのも束の間、足早にリビングへと向かい、手早く封を切る。
そこには、こう綴られていた。
『都子ちゃん へ
都子ちゃんに手紙をしたためるのは、もう何十年振りのことでしょう。
久しぶりの手紙が、このようなものになってしまったこと、本当に申し訳なく思います。
さっき、電話で話そうとしたこと。それは、お母さんが亡くなった理由、についてです。
少し長くなりますが、お話させてください。
その前に、まずは、あの村の風習についてお話させてください。
あの◯◯村には、古くから『水神様』が、祀られていました。
おそらく、このことは記憶にあるかと思います。
都子ちゃんが、まだ小さい頃。御神輿と一緒に、写真を撮りましたよね?
御神輿の上に飾られた水神様を、「りゅうだ!かっこいい!」と、満面の笑みで見つめていたのを、今でも覚えています。
その、水神様を祀る儀式=お祭り、という認識があるかと思いますが……
それは、表向きのものであり、本当の儀式は、全く異なるものでした。
『生贄』です。水神様への、供物です。
一年に一度、森の奥深くに祀られた『井戸』の中へ、赤子を、生きたま投げ入れる。
それが、本当の儀式です。
ただ、この儀式が、本当に水神様を祀るための儀式であるかというと、それは違うと思います。
これは私の憶測に過ぎません。ただ、確信はあります。
この儀式の、当初の目的は、『口減らし』でした。
口減らしという体の悪い事柄を、神という名のもとに、清い儀式へと装った。そして、同時に、罪の意識をも捨て去ったのです。
ただ、ここで一つ、疑問が浮かぶと思います。
なぜ、口減らしは続いたのか。
時代が進み、必要性の無くなった儀式が、なぜ、続いたのか。
必要のない儀式を続ける理由。それは、
『村の男達の、欲を満たすため』
ただ、それだけです。
彼らは、装う必要のなくなった儀式を、終わらせるのではなく、利用したんです。
口減らしが終わった、その翌年から、村ではある儀式がはじまりました。
一年に一度、村長に指名された女は、村の男達、全員の相手をする。
そして、その男達の子を身ごもり、その赤子を『生贄』とする。
相手に断らせず、許された環境で性を満たす。
面子の次は、我欲のため、神の名を利用したんです。
そんな非道な儀式に、どうして誰も逆らわなかったのか。
今より男尊女卑が強かった時代。くわえて、村の男達は、全員が同意の上。村中の男が、旦那ですら、敵でした。
己が妻より、己が欲。……ということです。
一度、勇気ある夫婦が、反旗を翻しました。
男が身重の妻を連れ、逃げようとしたんです。
腹の子は、儀式の子。
それでも、それをもひっくるめ、愛そうとした。
そんな旦那と三人、村から出ようとした。
でも、叶わなかった。
ふたりは村人に捕らえられ、村の座敷牢に入れられました。
『見せしめ』です。
男は、女の目の前で痛めつけられた。それはそれは、非道な痛みを植え付けられつづけた。食事すら、まともに与えられず、来る日も来る日も、痛みに、飢えに、耐えつづけた。
女は、男の前で辱められた。男が見る前で、何度も何度も。赤子を死なせない程度の食事が与えられ、監視役の前で口にした。男に分け与えぬよう、見張られたまま。
本当の地獄は、現世、なのかもしれませんね。
ふたりは失意の中、舌を噛み切り心中しました。臨月を迎えた女の腹は裂かれ、赤子は生贄となりました。
つまり、逃げることは死を、意味する。
女達は、従うしかなかった。
見せかけだけの腐った儀式は、家族の命綱だった。背けば切られる、命綱。
私も例外なく、その儀式を行いました。
娘を守るためには、しかたなかった。
でも、どんなに惨い身ごもり方でも、子に罪は無い。お腹の中にその子を感じれば、やはり、情は湧いてしまう。
「どうか、この子が助かりますように。」
その日が近づくにつれ、そう願う日も増えてっいった。…………叶いもしないのに。
私の子は、死産でした。
それを知った村長は、言いました。
「産まれる前に、召し上がられた」
「水神様は気が立っておられる」
「二人、御所望だ」
……と。
同時期に身ごもっていた別の女の赤子が、新たな生贄に決まりました。
その年は、井戸に、二つの命が投げ込まれました。
都子ちゃんのお母さんも同じく、儀式の餌食になりました。
ただ、あの子は儀式に耐えられなかった。穢れた記憶の片割れを、体内に宿し続けることにも。
赤子が生贄になると、穢れた記憶と、手をくだした罪悪感とで、壊れてしまった。何度も何度も、自らの命を手放そうとした。
でも、時薬に、都子ちゃんを身ごもったことも相まって、もう一度、前を向いて生きることができた。
だから、都子ちゃんには、本当に感謝しています。
ありがとう。
ただ、それでも、赤子の命日は、どうしても耐えられなかった。
ある年の、命日。あの子の泣き言を、たまたま都子ちゃんが聞いてしまった。儀式の口外は禁忌。村の者だったとしても、『儀式を迎える、その日まで』は、絶対に教えてはならない。
あの子も私も、頭が真っ白になりました。これが、なにを意味するのか、容易に想像がついたから。
そんな私達に向かって、
「おねえちゃん を たすけなきゃ」
それだけ言って、都子ちゃんは外へと駆けていった。
ふたりで慌てて後を追いました。本当に、死に物狂いで。もの凄い速さで走る都子ちゃんには、全然追いつけなくて。離されないように、必死で食らいつきました。なんだか、このまま離れてしまったら一生会えなくなる、そんな気がしてならなかったから。
不思議なことに、都子ちゃんは『生贄の井戸』へと、迷わず向かっていた。
井戸の場所を、誰も教えていなければ、儀式の時以外、村の者は誰一人として近寄らない。それなのに、吸い込まれるように走って行く。
やっとのことで捕まえた時、足は井戸にかけられ、本当に落ちる寸前でした。
家に連れて帰ると、都子ちゃんはすぐに眠ってしまって。起きた時には、すっかり忘れていました。
せめて、いつか思い出しても大丈夫なように、井戸には近づかないよう、口酸っぱく言い聞かせました。』
……忘れていた記憶。
そうだ、そうだった。……気がついたら、家の畳の上だったんだ。聞いても、なにも教えてくれなくて。……そうだ忘れていた。
『井戸には、近づいちゃだめよ。』
その井戸には、二つの意味があったんだ。
あの日、美咲に言った、井戸。それはきっと、『生贄の井戸』のことだったんだ。
『あの井戸は、神聖なものなんかじゃない。呪物です。
あの儀式に関わった者達は、全員死にました。廃村となった後、男から順に、次々と。
かたちは違えど、全員が『溺死』しました。
儀式に関わった最後の二人が、あの子と、私でした。
おそらく、この歳まで私達が生きながらえていたのは、ひそかに弔いつづけけていたから、だと思います。その身を案じてからではなく、心からの懺悔を胸に。
あの子も、何十年と弔いつづけていました。
でも、認知症をきっかけに、できなくなった。
実は、まだ症状が軽かった頃、あの子から連絡があって、
『これも、私に与えられた罰。甘んじて受け入れます。』
そう、言っていました。
とても、ハッキリした口調で。
村の風習だから、背いたらどうなるかわからないから、だからできない。しかたない。
そんなこと、生贄にされた者達からしたら、ただの戯言に過ぎない。
間違いなく大人には、物事を変えるだけの知恵に力、言葉がある。
産まれたばかりの赤子とは、ちがう。
これは、村の、儀式に加担した、傍観した私達の、罪。
そして、死ぬことは、罰。
そう、思います。
また、この事が、いまだ表に出ていないのは、
『忌み地の水など、誰が飲む』
その考えのもと、ダムの建設に関わった村の外の者も含め、皆が口をつぐんだからです。
赤子達は死んでなお、存在自体が無かったことにされた。
全て、水の底へと閉じ込め、忘れ去った。
私利私欲のため作られ
私利私欲のもと棄てられる
生まれ落ちる前に、死ぬことが決まっている。
どうやって生きるか、じゃない。
どう死ぬか、が決まっている。
私は、あの村は、沈んでよかったと思っています。
私達は、無垢な命を、散々犠牲にしました。
儀式に関わっていない村の子達は、誰一人として、この件で亡くなっていません。
だから、安心してください。
あのダムに溜まっているのは、水じゃない。
奥深く、澱となった、恨み苦しみ憎しみです。
私も、報いを受けねばなりません。
娘を、一人で行かせることはできません。
都子ちゃん、今まで本当にありがとう。
どうか、お体にお気をつけて。』
オーシンツクツク、オーシンツクツク、オーシンツクツク、オーシンツクツク……
「おかあさん、みてー!きれーーい!!」
夏も終わりに近づき、虫が声音を変える。例年なら、やわらぐはずの暑さは、いまだ図々しく居座りつづけている。季節のグラデーションは年々、境目を濃くし、他の色をも呑み込んでいく。
「ねえねえ、お母さんの住んでた家って、どこらへん?」
まばゆい光が降りそそぐ水面は、スパンコールを散りばめたように輝き、その体をゆったりと揺らす。
「ねえ、聞いてる?」
その輝きをも惹かれるような、弾ける笑顔が、こちらを覗く。
「ああ、ごめんね。ううん、どこらへんかなあ……もう、何十年と昔のことだからね……」
その無垢な瞳は、子供だけに与えられる、特別なモノなのだろうか。どうかこのまま、誰にも汚されることなく、汚すことなく、歩んでほしい。
「そっかあ。そうだよねえ。それにしても、想像してたより、ずっと大きい!びっくりした!」
瞬間、嬉しそうにはしゃぐ娘と、あの子の存在が重なる。
あの子達にとって、この時間は、どんなふうに見えているんだろう。どんなに深く考えようと、きっとそれは、想像の域をでないだろう。
ただ、あの子よりも、あとに生まれただけ。たった、それだけの差で。
私も、そう。沈んだ村を知らないで、ただただ享受するだけの人間。そのうちの一人だった。
この水底のどこかに、あの井戸がある。今も。
水と生活は、切っても切れない。生きるには、水がいる。
この国では、今日も、蛇口をひねれば水が出る。
それは、やかんに汲まれ、目覚めのコーヒーになり、体の一部となる。
食卓に並んだ食器は洗われ、すすがれ、乾かされる。
洗面所では口をゆすぎ、お風呂場では泡を流す。
洗濯槽では衣類と踊り、それは外へと干される。
汚れを落とし、穢れを纏う。
今日も私達は、忌み地の水に生かされる。
……どうか安らかにお眠りください。
…………もしも、生まれ変わったら……その時は
水面が揺れる。水底からノックされたように、波紋を広げる。
水面下、水泡がつづく先には、井戸のような石。
水の音に混じり、洞穴から這いずりでるような、深く濁った声がこだまする。
『 な ん で き み は い き て る 』