コーヒーと暗号の香り
第4章:コーヒーと暗号の香り
ル・ミステールの隠し部屋は、湿った空気と古いワインの匂いで満たされていた。エリオット・グレイは壁の空洞音がした場所を慎重に調べ、指で木製パネルの継ぎ目をなぞった。「ふむ、このレストラン、料理だけでなく秘密も一級品だな」彼は懐中電灯の光を当てながら、ヴィヴィアン・クロウの興奮した視線とキャサリン・オーモンドの不安げな表情を感じていた。
「エリオット、早くその壁を開けて! まるで私の新作戯曲のクライマックスよ!」ヴィヴィアンが赤いドレスの裾を翻して叫んだ。彼女の声は狭い部屋に響き、まるで舞台の独白のようだった。
「ヴィヴィアン、君の劇は後で楽しむよ。まずはこの壁が何を隠してるかだ」エリオットはパネルを押すと、ガタッと音がして小さな隠し扉が開いた。中には、古びた革のファイルと一枚の紙が収められていた。紙には、走り書きのような暗号めいた文字が並んでいる。
ハロルド・ベネットが首を伸ばして覗き込んだ。「なんだね、これは? ハリソンの買い物リストか? ハハ、ワインの注文でも隠してるのかな?」彼の笑いは空々しく、汗が額に滲んでいるのが見えた。
エリオットは紙を手に取り、暗号を一瞥した。「ハロルド、君のユーモアはデザートより甘いな。だが、これはワインの注文じゃない。日付と金額…そして、頭文字が書かれている。C.O.、V.C.、H.B.…おや、皆さんのイニシャルじゃないか?」彼はゆっくりとゲストたちを見回した。
キャサリンが顔を青ざめさせた。「C.O.? 私? 何ですって? 私はハリソンと何の関係もないわ!」彼女の声は高くなり、指でネックレスを握りしめていた。
「落ち着いて、キャサリン嬢。君の土地を巡る話は、すでにテーブルに出てるよ。この暗号、君の父の土地取引と関係があるのかな?」エリオットはファイルをめくり、中から黄ばんだ契約書の断片を見つけた。「ほら、ル・ミステールの裏庭の土地売買契約。ハリソンのサインがある。だが、なぜこれを隠す必要があった?」
ヴィヴィアンが目を輝かせた。「土地取引! なんてロマンチックな陰謀! エリオット、これは私の次の戯曲の題材よ! 『霧のレストラン』、どうかしら?」
「ヴィヴィアン、題材は君に譲るよ。ただし、君のイニシャルもこの暗号にあった。ハリソンが君の劇の資金を出していた噂、覚えておこう」エリオットは軽くウィンクしたが、その目は鋭かった。
ハロルドが咳払いをした。「エリオット君、君の推理はスパイスの効きすぎだ。私のイニシャル? 偶然だよ。私はただの美食評論家だ。ハリソンとはレストランのレビューで会っただけさ」
「ハロルド、君のレビューは確かに鋭い。だが、ル・ミステールの星の数を巡って、ハリソンと密約があったんじゃないか? このファイルには、君の署名入りの手紙もあるよ。『評価を高くする見返りに…』と書いてある」エリオットは手紙を手に持つと、ゆっくりと読み上げた。
ハロルドの顔が赤らんだ。「そ、それは誤解だ! ただの…ビジネスの話だ!」
その時、部屋の外からかすかな足音が聞こえた。エリオットは素早く懐中電灯を向け、通路の暗闇に光を当てた。「おや、給仕の皆さん、コーヒーの時間か? それとも、誰かこの秘密を覗きに来たのかな?」
光の中に、給仕の一人、若い男が立っていた。彼の手に持つトレイにはコーヒーカップが並んでいたが、その目は落ち着きなく揺れていた。「ただ…デザートの後のコーヒーをお持ちしました」と彼はつぶやいたが、エリオットは彼のポケットに不自然な膨らみがあることに気づいた。
「コーヒー、いいね。だが、君のポケットのその膨らみは…砂糖スティックにしては大きすぎるな」エリオットは一歩近づき、給仕の目をじっと見た。「ハリソンの失踪、君も何か知ってるんじゃないか?」
部屋に重い沈黙が落ちた。キャサリン、ヴィヴィアン、ハロルド、そして給仕の視線が交錯する中、エリオットは暗号の紙を握りしめた。「さて、皆さん。コーヒーの香りと一緒に、真相も淹れてみようじゃないか」
物語の展開ポイント
新たな手がかり: 暗号とファイルは、ハリソンの失踪が土地取引やビジネス上の裏取引と関連していることを示唆。各ゲストのイニシャルが暗号に登場し、彼らの関与を匂わせる。
給仕の怪しさ: 給仕の不自然な行動とポケットの膨らみが、新たな謎として浮上。彼がハリソンの失踪にどう関わっているのか、物語の鍵を握る。
キャラクターの深掘り: キャサリンの土地問題、ヴィヴィアンの資金提供の噂、ハロルドの評論の裏取引が明らかになり、それぞれの動機が浮き彫りに。エリオットの皮肉と観察力が物語を牽引。
美食の要素: コーヒーやチョコレートフォンダンの描写が、緊迫したシーンに軽やかなアクセントを加える。エリオットの「匂い」へのこだわりが、推理の鋭さを際立たせる。