プロローグ
ある男がいた。
彼は現代――といっても文明レベルが我々のいる世界と同じなだけでこの世界とは異なる世界――の民主主義を採用している国にいた。子供の頃から彼は全ての人々を救いたいと云う願望を己の心の中に有していた。だが同時に全ての人々を救う事は人の身では不可能であるという事実を理解出来るほどには彼は冷静で知性があった。
全員を救う事が出来ないのであれば、
せめて判断だけは間違えないようにと、倫理観や道徳観の様な綺麗事で利益の足し算引き算を間違えることがないようにと、彼はそう考え
“功利主義者”と成った。
そして彼は自己研鑽に励み、大人になる過程で海千山千の修羅場を潜り抜け、苦い経験を積みながらも不断の努力により、齢三十にしてその国の為政者になっていた。
だがしかし、民主主義によって国民の道徳心や倫理観やプライドは強くなり自分達では合理的に正しいと感じる事も認知的バイアスが掛かるようになっていた。国民はそれに気付かず、気付いていたとしても気付かないふりをして、
遂には彼の行う政策は“売国奴”と貶され、彼は“民意”によって殺害された。
彼は死ぬ間際こう思った。
普通であれば、よくいるこういうキャラクターは「今度生まれ変わったら少数の人々も含め全てを救えるような人になろう」その様な“綺麗事”をほざくだろう。
だが彼は違った。
彼は失意の中でこう思っていた。
「見返してやりたい」と。
貴様ら綺麗事しか述べることのできないクズ共に、先進国に産まれ落ち国際的に客観的に見れば何一つ苦労もしていなく優しさと甘さを履き違えたゴミ共に
「功利主義の正しさを教えてやりたい」
彼はそう思ったのだ。
故に彼の来世を決める高次元存在――一般に神様や精霊等と呼ばれる存在――は元々は彼の来世を彼の政策によって切り捨てられた人々がチート能力を得て転生する異世界に、スライムやゴブリン程度の低ランクモンスターとして彼を転生させ、チート能力で瞬殺され一瞬で退場するような、そんな来世を送らせようとしていた。
だが、人々や生物が生きていた人生を見て来世をどの様に送るのかを決め、生物の輪廻転生を司る高次元存在は、ある意味で文字通り人の上をゆく存在であるが故に、彼は個人の視点から見たら最低だったかも知れないが、俯瞰して客観的に見れば彼は正しい事をしていた事、そして彼が心の中にどの様な感情を持ち合わせていたのか、そして彼が死に際に思った事を知っていたのだ。
だからこそ高次元存在は決めた――
彼を人間としてその異世界に転生させる事を。