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9.評判と説得

 ゼツが同行する意思を示してからは、食事をしながら、まずはゼツの両親を説得する作戦会議を行った。恐らくゼツから言っても、特に父親からは聞く耳も持たず反対されるだろう。それどころか、頭でもおかしくなったのかと言われかねない。

 けれども父親は“自分にメリットがある存在”に弱い。だから、シュウから話してもらうことにした。


「俺にそんな大役ができるのか不安だな」


 その事を言えば、シュウはオレンジジュースを飲み干した後、遠くを見る。


「大役って、話す相手はただの商人でしょ? 王様とか偉い人達と話しするより楽だって! それに、俺の父親と話すとき、めちゃくちゃ礼儀正しくて感動したし!」

「そうか!? 色んな人とやり取りをする商人の目から見てもそう思うか! 俺もなかなかやるな!」

「うん、シュウは凄いと思うよ!」


 そうゼツが言えば、シュウは機嫌良く目の前の食事を食べ始めた。そんなシュウを、ミランとケアラは少し呆れたような顔で見ている。ゼツもシュウのキャラはだんだんわかってきたが、嫌いにはなれなかった。それに、父親の前での礼儀正しさは間違いなく完ぺきだった。

 そうして、食事を終え、再び4人はゼツの家へと戻った。


「ちょっと両親呼んでくるから、待ってて」


 そう言って、ゼツは店の裏口の扉を開ける。少しの緊張。けれども、あの日よりは上手くやれるはず。そう言い聞かせながら、ゼツは家の中へ足を踏み入れた。




 ゼツの姿が見えなくなった頃、シュウとケアラはミランの方をニヤリと見た。


「良かったな。ゼツが一緒に付いて来てくれると言ってくれて。あれから必死に探してたものな」

「ゼツさんと私たちが話していた時も、ずっとゼツさんを見てましたものね。普段人とあまり関わらないミランさんがあれだけ自ら関わりに行こうとするの、初めて見たです!」


 二人の言葉に、ミランは顔を真っ赤にする。


「ちょっ、ストップ! ストップ! ここで暴走したらどうするつもり!?」

「大丈夫です! これぐらいは大丈夫だと、防御の加護をかけながら試したですし!」

「ゼツの事はほんと駄目なの!」

「ほう」

「それはまた」


 ミランはキッと二人を睨んだ後、ため息をついてゼツの消えて行った方を見た。


「それに、あたしじゃ釣り合わない事もわかってるわ」

「そんな事はないですよ!」


 ケアラの言葉に、ミランは首を振る。


「ゼツと話しててわかったでしょ。優しくて、さりげない気遣いが凄くて。この街の人の言った通り」


 ミランは少し前、ゼツを探すために街の人に尋ねたことを思い出していた。茶髪で肩上まで伸びた髪のハーフアップという特徴、そしてゼツの名前を言えば、すぐにあの商店の息子だと判明した。理由を聞かれて、助けられたことの御礼をしたいと言えば、尋ねた女性は何度も頷きながら言った。


『ゼツ君はとても良い子だろう? 太陽みたいに明るくて、笑顔が素敵で、気遣いも完ぺきで優しいときた。しかも頭も良いなんて、ほんと今まで見たことがないくらい出来た子だよ』


 そう言って女性は、ニヤリと笑ってミランを見た。


『お嬢さんもゼツ君に惚れちゃったのかい? ライバルは多いから気を付けなよ? まっ、うちの娘もそうなんだけど、恥ずかしがって何年も話しかけすらできてないから、ありゃ駄目だねえ。私としては、息子に欲しいくらいだけど』


 きっとゼツは、もっと綺麗で笑顔が可愛くて素直で気遣いの出来る、そんな女性が似合うのだろう。そうミランは思った。

 それでも、思い出すのは森から街まで歩いたあの時間。そして、自分は死なないと安心させてくれたあの言葉。ずっと魔力の暴走で誰かを傷付けるのではないかと不安になりながら生きてきた。だからこそゼツの存在は、どうしようもなく安心してしまったのだ。

 そして、自分に見せてくれたあの笑顔に、ミランは恋をしてしまった。




「皆、来て!」


 ゼツがシュウ達を呼んだのは、ミラン達がそんなやり取りをしてすぐの事だった。


「あれ? ミラン?」


 と、ゼツはミランの少し落ち込んだような表情に気付いて顔を覗き込んだ。先ほどまでは嬉しそうにニコニコしていたはずだ。


「どうしたの? 何かあった?」

「なっ、何もないわよ!」

「でも、なんだか表情が……」

「いいから! それよりゼツのお父さんを説得しなきゃなんでしょ!!」


 そう言ってミランはゼツの背中を押す。真っ先にゼツがミランの異変に気付いたことに、シュウやケアラはニヤニヤと二人を見ていたが、ミランは勿論の事、ゼツも二人の表情には気づかない。ゼツはそれよりも、両親の説得が上手くいくかが不安だった。

 父親の機嫌は最高に良かった。シュウから父親に相談事があると言えば、更に上機嫌になった。


 そうして迎えた父親への説得は、想像以上にスムーズだった。流石にゼツの体質には信じられないという顔をしていたが、シュウ達が見たと言い、その場で実演して見せれば、信じる以外の選択肢はなかった。更に国からの謝礼の話をすれば、父親は二つ返事で了承した。


「気の利かないやつですが、こんなのでも勇者様達の役に立てるのであれば、是非是非お使いください!」

「いえ、私どもとしても、ゼツ君の存在は心強く……」


 そんな一連のやり取りが終わり、2日後には出発が決まった。突然のことにまだゼツの心も追いついていないが、心のどこかでワクワクする気持ちも大きかった。生まれてから、この街を出た経験はほぼ無かった。


「まったく。そんな化け物じみた能力があるのなら、もっと早く言ってくれれば頼めたこともあるものを」


 父親がそう呟いた言葉に、ゼツは少しヒヤリとする。この体質になってすぐに言わなくて良かったと、ゼツは心の底から思った。

 そして、もう一つ。ゼツは、隣で聞いていた母親の様子を見る。母親は不機嫌そうな顔でずっと俯いていた。そう言う時は、だいたい不満があるけれどもその場で言えない時だ。

 恐らく、父親に逆らえない母親の意見で、状況が覆ることは無いだろう。けれども、きっとまた何か言われるのだろう。そう思うと、ゼツは憂鬱で仕方がなかった。

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