86.我儘と生きる
空高く飛んでいたイグリーからの落下は、ゼツは無事でもミランは無事では済まされない。ゼツは慌ててミランを抱きしめようと手を伸ばす。
と、ゼツの腕が何かに掴まれたと同時に、落下による浮遊感が止まる。顔を上げると、少し焦った顔をしたスイが、ゼツとミランを掴んでいた。スイはホッとした顔をしながら、ゼツとミランを地面に降ろす。
「ミラン、だいじょう……」
「幸せになれないって、言ってるでしょ!!」
ミランの様子を確認しようとしたゼツに、ミランは再び掴みかかった。
「散々自分の話を聞けって言ってたくせに、どうしてあたしの話は聞いてくれないの!? あたしは幸せになれないって言った!! そう言ったの!!」
「でも、神様が……」
ミランがどれだけそう言っても、流石に神様が幸せにすると言ったのなら、幸せになってくれるはずなのだ。そう思ってゼツはミランから目を逸らす。
けれども、ミランは逃さないと言わんばかりに、ゼツの顔を無理やりミランに向ける。
「人任せであたしを幸せにしようとするな!!」
ミランはゼツに、そう叫ぶ。
「もっと我儘になれって言った!! あたしは言ったの!! そしてあなたは生きたいとも言った!! 生きたいんでしょ!?」
「でも……」
「生きるのとあたしを幸せにするの、両方選べ!! それぐらい我儘になれ!!」
ミランの言葉に、ゼツは心を直接殴られた気になった。ああ、敵わないなあ。ミランには敵わない。ゼツはそう思う。
今まで、両方選ぶなんて考えたこともなかった。片方のために、片方は捨てなければいけないのだと思っていた。けれども、ちゃんと全部を望んでもいいのだ。それが、我儘になるということなのだろう。
ゼツは大きく息を吸う。ミランを幸せにしたかった。でも生きたかった。その両方を、願ってもいいと言うならば、
「わかった。俺、神様と話してくる。生きたいって、我儘言ってくる」
突然そう言ったゼツに、ミランは驚いてゼツを見た。仕方ない。皆みたいに強くもない自分はこれしかやり方が無い。それでもこれは、皆が凄いと言ってくれた、自分のやり方なのだ。
「俺、凄いんでしょ? 大丈夫! 俺、ミランがいれば無敵だから!」
そう言って、ゼツミランを安心させるために笑う。そんなゼツを見て、ミランも少し安心したように、力を抜いた。
「馬鹿。そんな笑顔見せられたら、もう、何も言えないじゃない」
泣きながらそう言うミランを、ゼツはぎゅっと抱きしめる。
そうしてミランから体を離した後、ゼツはスイやラス、アビュの所に行く。
「3つの欠片、俺に貸して。大丈夫。俺、生きるから」
ゼツの言葉に、3人は顔を見合わせる。最初に口を開いたのはスイだった。
「信じている」
スイの言葉で、3人はゼツに欠片を渡してくれた。
そしてゼツは、神様の前に立つ。
『何故、拒む』
そうゼツに言った神様に、ゼツも口を開く。
「やっぱり、俺が望まない限り、神様は俺を食べれないんだ」
『……この世界の者たちを幸せにしたいとは思わないのか』
神様の言葉に、ゼツは笑う。
「俺が幸せにしたいのは、ここにいる皆だけ。それぐらい、神様に幸せにしてもらわなくても、俺が幸せにする」
『……黒い沼の魔物はどうする。私でなければ……』
「神様じゃなくてもできるよ」
そう言ってゼツは、3つの欠片を神様に見せた。
「この子、神様に特別に愛されたかったんだって」
『私は神だ。だから、誰かを特別に愛することなんてできない』
「今は神様じゃないでしょ?」
ゼツの言葉に、黒い犬は小さくため息をついた。
『無理だ。誰かを特別に愛する気持ちなど、わからぬ』
「わかるよ。ううん、既にわかってる」
ゼツは、黒い犬の頭を優しく撫でた。
「なんで、ロウと一緒にいた人、食べなかったの?」
ゼツの言葉に、黒い犬はゼツから目を逸らすように地面を見た。
『……多くの人に、愛されなくなったからだ』
「嘘つき」
ゼツは、黒い犬の頭を撫でながらも、言った。
「その人、俺と似てるんだって。一時的に愛されなくても、不老不死に変えて、そして生かしたら、いつかその人は愛された。だって神様が選んだ魂でしょ?」
ゼツの言葉に、黒い犬は何も言わなかった。そんな黒い犬に対して、ゼツは続ける。
「そもそも、その人はもう大人だった。幼い時に出会った俺と違って、すぐにでも不老不死にして食べる準備をしてもいいはずだった」
『……本当に食べても問題無いか、様子を見ていただけだ』
「……食べれなかったんだよね」
そんなゼツの言葉に、黒い犬も諦めたのか、大きくため息をつく。
『……最初に、助けてくれた人間だった。喰われた魂は、天国にもいけない』
「その人とは一緒に暮らしたのに、俺と出会ってからは俺のそばにはいなかったのは、躊躇したくなかったからなんだね」
『特別な愛とは、面倒なものだ』
「そうかな?」
ゼツは、バラバラだった3つの欠片をくっつける。
「なかなか良いものだよ。愛することも、愛されることも」
黒い犬の前に、少女が現れた。少女はただ、愛おしそうに、そして切なそうに黒い犬を見ていた。
『天使よ』
黒い犬は、少女に呼びかける。
『私に、特別な愛というものを教えておくれ』
『わたしが? 教える?』
少女は、不思議そうに黒い犬を見た。
『ああ、そうだ。おまえは知っているのだろう? 私ももっと知ってみたくなった。特別な愛というものを』
そう黒い犬が言えば、少女の表情はパッと明るくなる。
『わたし、教えるよ! たくさんたくさん教えるよ! 不思議だな。まだ神様から愛されていないのに、幸せだ』
そう言って、少女は手を組んで目を閉じる。そうすれば、黒い沼はすっかり消えた。
『ありがとう』
少女はそう言って、ゼツに笑いかけた。そして、少女の体は光り、そして神珠に戻る。
黒い犬はそれを咥えた。そして、ゼツから去って行こうと背を向けた。
「待って!」
そんな黒い犬を、ゼツは引き留める。
ゼツは2つのものを手に入れた。そうすれば、もっともっと欲しくなった。
「お願いしたいことがあるんだ」