83.バレバレな心と我儘な気持ち
それから、軽く作戦を立てて全員で王都へと向かった。ゼツもまた、イグリーに乗って、皆と一緒にいた。
最初、ゼツは一緒には絶対来るなと言われるだろうと思っていた。神珠が壊れているとはいえ、王都の状況はゼツを死に導くために悪魔が作った罠なのだから。けれどもロウは、当り前のようにゼツを作戦に組み込んだ。
『ゼツとミランはイグリーに乗ったまま上空から、定期的に僕達に状況を伝えて! 地上からだと、全体の状況がわからないから、どこに行けばいいかわからないし!』
そんなロウの言葉に、ゼツは驚いて言った。
『えっ、俺も行っていいの……?』
『勿論! だってゼツも、こっちの状況がわからない方が不安でしょ? そんな状態のゼツを何らかの方法で悪魔がそそのかしに来たら、そっちの方が危険だし、神様が食べに来ても嫌だしね!』
確かにその通りで、ゼツの性格上、状況がわからないままずっとここで待っていれば、嫌な考えが沢山浮かんで不安になっていただろう。その状態で何かを言われたら、悪い方向に心が傾く事は、容易に想像ができた。
『ただし! ミランからは絶対に離れちゃダメだよ! ミランも、何があっても戦闘は最低限で逃げて僕を呼んでね! すぐに行くから! ミランが危険な目にあうと、ゼツは簡単に、それはもう一切の戸惑いもなく命を捧げかねないから!』
そんな真面目なロウな言葉に、確かにその通りなのだけれども、少し恥ずかしくなってゼツは少し咳をするフリをしてごまかした。隣にいたミランも、きっとそんなゼツを想像してしまったのだろう。頷きながらも少し赤面していた。
だって仕方がない。思い描く幸せな未来は、ミランがいてこそなのだから。ミランのいない未来を歩む自分なんて想像できないし、それは他の誰かがいても代用できない。もしなんとか生き残ってもミランがいないのであれば、間違いなく死を選ぶだろう。
けれどもそんな事を言えばミランは困るだろうから、ゼツは言わずにいたはずだった。まさかそんな本心まで言い当てられ、皆の前で言われるとは思わなかった。
ゼツはそんなやり取りをイグリーの上で思い出しながら、少しため息をつく。
「……なんで皆、急に俺の心読んだように会話するんだろう。まさかだけど、俺が寝てる間にロウさんから心を読む力とか与えられてないよね……?」
ミランに対してゼツが尋ねると、ミランはふふっと笑う。
「それだけ皆ゼツの事が好きで、ゼツの事を見てるって事よ。今まではゼツがあまりにも隠すから、皆わからなかっただけ」
そう言われてしまえば、ゼツは恥ずかしくなってイグリーに顔をうずめた。今まで何も気付いていなかった分、初めて受け取る量にしては多すぎてどうすればいいのかわからなかった。
そんな少し素直になったゼツを見て、ミランは笑う。少し前の自分を守ってくれていたゼツもカッコよくて好きだったけど、本音が見えるゼツも可愛くて好きだ。寧ろ今の方が好きかもしれないとさえ、ミランは思う。
どれだけ良い事を言ってくれても、本音の部分は汚い人を、ミランは沢山知っていた。それなのに、本音が見えても優しいままなのだから、ゼツはズルい。だからこそ、どれだけ本音を隠していても、沢山の人から愛されていたのだろう。
「だからって、神様に選ばれるまで愛されなくてもよかったのに。もっとゼツが我儘だったら、神様に選ばれなかったのかしら」
「我儘……?」
「そっ。ゼツは優しすぎるのよ。もっと我儘な人間になれば、神様も食べれないって言うかもよ?」
「我儘か……」
ゼツはそう言って、真面目に悩み始めた。恐らく、どんな我儘がいいのか考えているのだろう。
ゼツは基本的に、誰かのために意見を言う事はあっても、自分のためだけの要望を言わない。言ったとしても、相手が少しでも困った顔をすればすぐに引っ込めてしまう。だから、ミラン自身ゼツの言う我儘には興味があった。
「……例えば、ミランの手料理を食べてみたい、とか?」
けれども、ゼツの口から出たのはそんな言葉で、ミランは思わず笑った。もしかしたら、今までそんな些細な事すら言えなかったのかもしれない。けれども、必死に考えたゼツにとっての我儘があまりにも可愛すぎて、愛おしかった。
「そんな我儘なら、いくらでも叶えるわ。……でもまあ、あまり料理の経験は無いから、ケアラやラスさんに色々教えてもらってからね」
「えっ、いや、そこまでしてもらわなくても……」
「我儘になったら神様に選ばれないかもよ?」
「まあ、そうかもしれないけど……」
そんな小さなお願いですらゼツは気にするのだから、きっと神様はゼツを見逃してくれないのだろう。いっそのこと、ゼツをぐずぐずに甘やかして本当に駄目な子にしてしまおうかとさえミランは思う。皆が呆れるほど駄目な子になれば、神様も諦めてくれるのかもしれない。ゼツは今まで良い子で頑張ってきたのだから、もういいだろう。
わかってる。駄目な子になって欲しいなんて、ゼツではなくミランの我儘だ。ゼツは駄目な子になる事を決して望まない。そうなるぐらいなら、神に食べられてもいいと言うのだろう。
けれども、同時に思い出すのは、自分が何もできずにゼツを失いそうになったこと。もう二度と、あんな思いはしたくなかった。あんな思いをするぐらいなら、ゼツが望まなくても、本当の駄目な子にしてしまいたいと思うのだ。
「ミラン、どうしたの……?」
そんなことを考えながらゼツを見ていると、ゼツが不安そうな顔をしてミランを見ていた。きっと、何かしてしまったのかと不安になっているのだろう。そして、今考えていたことを伝えても、ゼツは引かずに困ったように笑うのだろう。
「ゼツ。絶対生きなさいよ。じゃないとあたし、ゼツに何をするかわからないわ」
「ちょっと待って。なんか怖いんだけど……」
そう言って困惑するゼツを横目に、ミランは下に現れた王都を見た。きっと、既に多くの人が死んでいるのだろう。
けれども、自分が守るのはゼツだけ。ゼツが自分になにかあれば命を捧げるのと同じように、自分もゼツさえ生きていればいいと思う、我儘な人間だ。
シュウとケアラの乗った別のイグリーが、旋回を始め下りるところを探す。魔族の4人も、戦いのために散らばり始める。
戦いが始まった。