81.真実とエサ
「ね、ねえ、ちょっと待って。エサってどういうこと……? 喰われる……? 殺す……? なに、それ……」
ゼツは、目の前の少女に言われた言葉がまだ頭で理解できず、混乱したまま言った。
やっと心から生きたいと思えたところだった。なのに、得体のしれない存在に喰われるだの殺されるだの意味がわからなかった。
『そうだね。せっかくなら説明してあげるよ。その方が、納得して殺されてくれるかな?』
少女はゼツを見てニコリと笑う。人を殺す事を何とも思っていない少女の様子に、ゼツは震えた。
『おまえは覚えてる? 黒くて醜い犬を助けようとしたことがあっただろう? あれ、神様。わたしが、あの姿に変えたんだ。だって、神様はわたしを特別な天使として選んでくれたのに、神様はわたしを見てくれない。神様は皆平等に愛さなきゃいけないんだって。でも、神様じゃなくなれば特別に見てもらえるでしょう?』
黒い犬の事を、ゼツは忘れられるはずもなかった。だってあの日の事がきっかけで、自分は出来損ないだと、そして上手くいかないのは全部自分が悪いと思うようになったのだ。
けれども助けた犬が神様だったなんて、誰が思っただろうか。
『神様が神様に戻るためには、皆から愛されている、そして誰に対しても手を差し伸べられる穢れのない魂が必要なんだって。そして神様が選んだのはおまえ。おまえに助けられたときに見た魂があまりにも綺麗だったんだろうね。けれどもその時のおまえは幼くて魂もまだ不安定だったから、成長するまで待ってたみたい。死なない体にしたのも、おまえを神と近い存在にして食べやすくするため。その体質もだいぶ体に馴染んだから、そろそろ食べごろじゃないかな? でもわたしは神様に戻って欲しくないから、おまえを殺したい』
「待って、僕は!? エサだのなんだの、僕だって死なない体じゃん!」
ロウが、ゼツを守るようにゼツの前に立つ。そんなロウを、少女は満足そうに見る。
『本当はおまえじゃなくて、おまえと一緒にいた男がエサになるはずだった。でも、おまえのおかげで愛されなくなったのかな? エサになれなかったみたい。どうしてかわからないけど、そいつが神様におまえが死なないようにお願いして、神様も叶えて、不死身の体はおまえのものになった。おまえは沢山人を殺して、簡単に穢れてくれたから、もちろんエサにはなれなかったけどね』
そんなロウと少女の言葉を聞きながらも、ゼツはまだ実感がわかなかった。実感がわかないはずなのに、どうしてか立っていられなくなってその場にへたり込んだ。もしかしたら、理解することすら頭が勝手に拒否していたのかもしれない。
そんな真っ白な頭の隣で、別の自分が必死に否定の理由を探す。気が付けばミランが、皆がゼツを守るようにそばにいて、冷静でいないとと、自分もしっかりしないとと、必死に自分を作る。
「俺、皆から愛される魂なんかじゃ、ないはずで」
何とか言葉にできた、少し前の自分が使っていた言い訳。そんな言い訳を、少女は馬鹿にしたように笑ってあっさり切り捨てた。
『おまえを愛していないのはおまえの親だけ。いや、ある意味歪んだ愛情で、おまえに依存しているかな? おまえが知らないだけで、おまえは憎らしいほど沢山の人から愛されている。神様が選んだのだから、間違えるはずないだろう?』
そう言われた瞬間、止めていた思考が一気にゼツの中に流れ込んだ。
ずっと、愛されていないと思って生きてきた。けれどもちゃんと愛してくれている人がいるのだと知った。それだけでも幸せだったのに、沢山の人にちゃんと愛されていたのだと神様に証明されてしまった。
ゼツの目から涙が溢れ出す。少し前にあれだけ泣いたのに、まだ涙が止まらない。
「あはは。皆の気持ちをちゃんと受け取ってなかったから、バチがあたったのかなあ。やっと死にたくないと、思えたのになあ」
ああ、神様は残酷だ。死にたかった時には死なせてくれなかったくせに、生きたいと思った瞬間死ねと言う。
「アイス スピア」
と、鋭い氷の槍が、少女を、そして後ろにあった剣の神珠を貫く。瞬間、ユラユラと少女の姿は消え、割れた神珠が下に落ちる。
怒りで震えたスイが、ゼツの目に映った。
「神だか天使だかなんだか知らないが、こいつの命は誰のものでもない! こいつの魂を喰わせることも、殺すこともさせない!」
『壊しても無駄だよ』
けれどもまだ、あの声はした。
『わたしは、おまえを直接殺せない。だから、道を作ってあげたよ。おまえが死にたくなるように』
「なに、を……」
『おまえが死なないと……』
瞬間、声が消えた。スイが3つに割れた欠片の一つを取り、少し剣から距離を取っていた。
「やはりな。今まで欠片がバラバラになっている間は何もできなかった。近くに欠片が集まっても、ゼツの話を聞く限りせいぜい会話ができるくらいだろう。もうこいつには力は無い」
ラスも、残り2つの欠片を取り、1つをアビュに渡す。
「この欠片は私達でそれぞれ持っておきましょうか。今すぐどこかに捨てたい所だけど、何かの拍子に集まっても良くないわ」
「アビュ、絶対にこいつからゼツを守る」
少女の声も姿も消えていなくなったことに、ゼツは少しホッとする。けれども、まだ体に力は入らなかった。
「ゼツ」
と、ミランがゼツの頬を両手で挟んで、ゼツの顔をミランの方に向かせた。
「死にたくないって、言ったわよね?」
力強いミランの声に、思わずゼツは頷く。
「絶対に、ゼツを死なせない。あたし達皆でゼツを守るから」
「うん。俺、生きたい……」
そんなミランの声に、どうしてかゼツは安心してしまう。神様になんか勝てるわけないのに、どうしてか生きれる気がしてしまう。
「は……?」
けれども、そんな感情も、シュウが通信の魔導具を見て思わず上げた驚きの声に、一瞬で崩れた。