8.力と剣
「いやいや、ちょっと待って! 俺、戦闘の特別な訓練なんてした事ないし! 実際ウルフルだって、実際倒したのはミランで、俺は何もできなかったし、そんな、国から任命されるようなパーティーの一員なんて……」
「私達だって、国一番の実力者ではないですよ?」
ケアラの言葉に、ゼツは驚いた。勇者とその仲間になるぐらいなのだから、一番実力があるのだと思っていた。
「悔しいが、俺達より優れた者は大勢いる。だが、高位貴族を中心とする生活に困っていない者達は、わざわざ死ぬ可能性が高く、しかも不自由な生活を強いられる旅になど出ない」
「そっ。国家プロジェクトだから大体的に勇者とか盛り上げてるけど、実際の所は実験として送り込まれただけよ。勿論、ある程度実力は見られてるわ。けれども、その程度よ。ウルフルの時にあれだけ動ければ十分よ」
「これから行く場所には三傑と呼ばれる強い魔族もいるです。せめて不死の魔王を殺す剣を完成させるまででいいのです。助けて欲しいのです」
ケアラの言葉に、ゼツは顔を上げる。ケアラはゼツが興味を持ってくれたと思ったのか、更に真剣な顔でゼツを見た。
「勿論事情を伝えれば、謝礼は希望の通り出るのです。ゼツさんなら死ぬ心配もないので、一人だけでも生きて帰って来れるです。情報を持ち帰って来れるってだけでも、貴重な人材なのです」
実際謝礼なんて、ゼツにとってどうでも良かった。理由もなんとなくわかった。それよりも、気になる言葉があった。
「不死の魔王を殺す剣って、何?」
勿論、最低限の事は知っていた。魔王はただ強いだけでなく、不老不死で、どれだけ攻撃しても傷一つ付けられないという強い存在。けれども、剣の話は初耳だった。
「確かに、説明が必要だな。この剣に関しては、あまり表に出ていなかったからな」
そう言ってシュウは、ゼツに説明を始めた。
国には、魔王を倒す力があるという伝説の剣があるということ。そして、その剣の力を発揮するには、柄に神珠をはめ込む必要があること。けれどもその神珠は3つに割れて別々に保管され、魔王を守る三傑がそれぞれ守っているということ。そして保管場所にも、三傑が使う闇魔法の仕掛けが施されていること。
どれもこれも、ゼツの知らない話ばかりだった。
「ちなみにこれが伝説の剣だ」
そう言ってシュウは、後ろに置いていた剣を取り出した。大きな、しかし柄は黒く、神聖というよりは少し恐怖を覚えるような剣。そして確かに、柄の真ん中には丸い何かをはめるものがあった。
「せっかくなら、ちょっと見ていい?」
「ああ、かまわない」
シュウはヒョイとゼツに剣を渡す。剣は中々の重さもあり、先程シュウは自分の実力を謙遜していたが、やはりこの剣を使って戦える実力はあるのだろうとゼツは思った。
そして、ゼツは試してみたい事が一つあった。傷一つ付けられない不死の魔王を殺すという、特殊な性質を持つ伝説の剣。それはもしかしたら、自分にも傷を付けられるようになるのではと期待をする。
ゼツは剣を持ち上げ、自分の腕へと剣を下ろした。数時間前のウルフルとの戦闘の経験から、恐怖は消えていた。
「ちょ、おいっ!」
驚いて焦ったように、シュウ達は立ち上がる。けれども、力が無いというのは本当なのだろう。傷一つ、ゼツの腕に付かなかった。
「確かに、力は無さそうだね」
シュウの腕を見た三人は、力が抜けたように座り込んだ。
「そ、そうか。ゼツはそういう体質だったな。心臓が飛び出るかと思った」
「本当に、なんともないのですね……」
「って、もし傷付いたらどうするつもりだったのよ!」
一番ゼツの体質を見ていたはずのミランが、泣きそうになりながら言う。
「その時はその時! それに、ケアラが治してくれるでしょ?」
「そうかもしれませんが、痛いのは痛いです!」
ケアラも、少し頬を膨らませながら言った。けれども、最悪致命傷でなければ、ケアラの魔法で痛みはすぐ消えるのか、なんてことをゼツはぼんやりと思う。
魔王に関しては、まだ遠い話の出来事だった。けれども、唯一自分を殺せるかもしれないその剣には、魅力を感じてしまった。
「まあ、俺でも力になれるのなら……」
実際、その剣関係なく、役に立てることがあるのであれば嬉しかった。ミランの時みたいに、この体で誰かを守れるならそれも良かった。
もしかしたら、この力はそのために与えられたのかもしれないと、ふとゼツは思った。三人とも、死ぬべき人達ではない。自分なんかよりもずっと生きる価値のある人達。
だから守らなければいけない。そしてそれが達成できた時、その剣を使って死ねるのだろう。ずっと出来損ないで欠陥品だった自分が、最期に人の役に立てるのであれば、きっと素晴らしい話だ。
「本当!? ゼツ、一緒に来るの!」
ゼツの言葉に、ミランは嬉しそうに立ち上がった。
「俺はそのつもり。まあ、両親を説得しないとだけど」
「ご両親には、能力の事を隠している、のですよね?」
ケアラの心配そうな言葉に、ゼツは頷く。
「突然の事だったから、言うタイミング逃しちゃってさ。でも、一緒に行くなら言うつもり」
恐らく、その方が説得力が増すだろう。それに……。
ゼツはチラリとミランを見た。ミランはどうしてか、ふいと目を逸らす。けれども、それがゼツの事を嫌いだからではない事は、表情を見てわかった。そんなミランを見ていると、なんだか安心する。
きっと自分は死ぬべきだ。きっと旅に出ても、皆に迷惑をかけて困らせる。けれどもそんな自分に役割が与えられたと言うのなら。
せめて全てが終わるまで、死にたかった気持ちを一瞬でも消してくれたミランを、そばで見ていたかった。