79.声と信用
剣がない。そんなロウの言葉に、不安そうな視線がゼツに集まる。そんな視線に、自分が盗んだと疑われているのだとゼツは察した。
「ちが……、俺は……」
「ゼツは違うと思う」
そう言ったのは、ロウだった。
「僕も一瞬焦って、慌ててゼツの所に行ったんだ。けれどもゼツはただ驚いて僕を見ただけで、逃げることも焦ることもしてなかったんだよね。寧ろ楽しそうにミランと話してて、少し拍子抜けしたぐらい」
「あたしもロウさんが来たのは覚えてるわ。それによく考えたら、ここ最近はほとんどあたし、ゼツと一緒にいたもの。取りに行く余裕なんて、なかったはずよ」
ミランとロウの言葉に、ゼツに対する疑いの目は消えた。けれども、ゼツの心臓は煩く鳴って止まらなかった。
今までの自分の行動を考えれば、疑われるのは仕方がないのだろう。わかっているのだけれども、皆に疑われるのは、心が痛んだ。
「まあ、ゼツじゃなくても、ここにいる誰かなら知ってるかなーって思ったけど、その様子だと、知らないみたいだね」
「少し気味が悪いわ。この城で悪意があって持ち出されるなんてことはないはずだけれども……」
ラスの言葉に、皆頷く。
「とりあえず、皆さんで一度探してみませんか? ロウさん達の今後にも関わる事ですし、無いと困りますものね! 誰かが間違えて持って行ってしまっただけなのかもしれませんし!」
ケアラの一言で、今後の話し合いは一度中断し、伝説の剣を探し始めた。けれども、誰に聞いても、知らないという言葉が返ってくるだけだった。
ゼツもまた、剣を探して城の中を歩いていた。ロウと同じように、ゼツもまた、剣がないと死ぬことができない。今すぐに死ぬつもりはもう無いが、流石に無限の時間を生きたいとも思えなかった。
『ほら、剣はここだよ』
と、突然聞こえた声に、ゼツは顔を上げる。声が聞こえたのは、ここに来てからゼツが過ごしている自分の部屋の前だった。
ゼツはまさかと思って、扉を開ける。
「なん、で、ここに……」
扉を開けてまず目に入ったのは、無くなったはずの伝説の剣だった。伝説の剣は、ゼツの部屋の壁に立てかけてあった。ゼツは恐る恐る、剣に近付く。
『おめでとう。見つけたね。ほら、皆に見つけたよと言わないと』
その言葉に、ゼツの体は一瞬強張った。思い出したのは、先程の皆からの疑いの視線だった。
もし今あったよと言えば、どこにあったのか聞かれるだろう。そして自分の部屋にあったと言えば、きっとまたあの目を向けられるのだ。そう思うと、震えが止まらなかった。せっかく皆から愛されていることを知ったのに、それを失ってしまいそうで怖かった。
『なんで皆の所に行かないの? ああそうだね。お前は信用されていないから』
まるでゼツの心の不安を読んだような声に、ゼツは思わず耳を塞ぐ。けれども声は、変わらずゼツの頭に聞こえてきた。
『おまえは本当は信用されていないんだよ。だから、ねえ、生きてる価値、ある?』
「ゼツ……?」
と、その声をかき消したのはスイの声だった。スイは様子のおかしいゼツを見つけて、何かあったのかとゼツの腕を取りスイの方を向かせた。
「どうかしたのか……? って、おい。その剣は……」
スイの言葉に、ゼツはスイも剣の存在に気付いたのだと察する。そして、先程と同じ、疑いのこもった目をスイはゼツに向けた。
「おまえ、まさか……!」
「違う! 俺じゃない……!」
咄嗟にゼツは叫ぶ。違うのに、疑われたくなかった。
「本当に知らないんだ! 本当に……」
「わかった、わかった。疑って悪かった」
スイの言葉に、自分の声はちゃんと届いたのだとゼツはホッとした。けれども、先程聞こえた声が、ぐるぐると頭を回る。そしてまた不安で頭がぐちゃぐちゃになる。今は幻覚魔法にかかっていないし、死にたい気持ちも消えたはずだった。なのに、どうしてまだ、声が聞こえるのだろうか。
そんなゼツの異変に、スイも気付く。
「何かあったのか?」
「えっ、いや、何も……」
咄嗟に隠そうとして、ゼツはこれじゃあまた繰り返すだけだと首を振った。スイは自分のことを純粋に心配してくれていて、それは自分のことを大切に思ってくれているからで、だからこそ知りたいと思って聞いてくれているのだ。
「いや、あの、えっと……」
けれども、ゼツはすぐに言葉が出なかった。一度蓋をしてしまったゼツの心の声を、上手く出すには色々なものが喉につっかえていた。
そんなゼツの気持ちを察したのか、スイはゼツを安心させるようにゼツの頭を撫でる。
「おまえのペースで、ゆっくりでいい。いくらでも待とう。なにせ俺には無限の時間があるからな」
その言葉に、少しだけ喉につっかえていたものが取れた気がした。ゼツは小さく深呼吸をする。
「あの、さ。幻覚魔法って、一度かかったら、かかってない時でも、声、聞こえたり、する?」
「声、か……?」
なんとかゼツが言った言葉に、スイは首を傾げた。ゼツは幻覚魔法を人にかけることはあっても、かかった後のことは詳しくなかった。
「どんな声が聞こえる?」
「あっ、えっと……」
スイに聞かれた瞬間、先程聞こえた声が頭の中に蘇り、ゼツは思わず耳を塞ぐ。
「あっ、すまない! 思い出したくないのであればいい! ただ、俺もあまりかかった後のことは詳しくなくてな。そういうことなら、あの回復師の女に聞きに行くのはどうだ? そいつなら詳しいだろう。俺も付き添おう」
スイの言う回復師の女とは、恐らくケアラのことだろう。ゼツは、何かヒントになればと、こくりと頷く。
スイは見つけた伝説の剣を手に取った。ゼツは、チラリと伝説の剣を見る。そして不安になる。もしかしたら、無意識に持ってきてしまったのではないだろうか。まだどこかに死にたい自分がいて、それがまた顔を出すのではないかと。
「大丈夫だ」
と、不安そうに剣を見るゼツを見て、スイは言った。
「ここ最近は、ずっとあの炎の魔法使いの女と一緒にいたのだろう? 俺もそれは知っている。なら、無意識にでも盗む暇なんて無かったはずだ。安心しろ」
スイの言葉に、少しだけ呼吸が楽にできるようになる。
やっと、心から生きたいと思えた。少し前の自分は、死に取りつかれたように死にたいばかりを考えていた。やっと、そんな感情から解き放たれたはずだった。だから、再びその感情に自分が飲み込まれてしまうのが、ゼツは怖くて怖くて仕方なかった。