78.これからと不穏
ミランに手を引かれるまま部屋を出ると、最初に目に飛び込んできたのはシュウの姿だった。シュウは今まさにゼツ達のいた部屋に入ろうとしていたのか、突然開いた扉に驚いて固まっていた。
「あっ……、ゼツ……? 目が、覚めたのか……?」
そう言いながらシュウはゼツの腕を掴もうと手を伸ばす。けれどもシュウは何を思ったのか、空を掴んでそのまま手を下におろした。そして、真面目な顔をしてゼツを見る。
「……色々、今までのゼツの気持ちを無視した行動と発言、本当に申し訳なかった」
「いや、そんな、気にしないで。俺も何も言わなかったのが悪いんだし」
「だが……!」
反論しようとしたシュウの言葉に、思わず構えてしまうゼツがいた。けれども、シュウは何も言わなかった。シュウはゼツをまっすぐ見て、そして小さく深呼吸をした。
「そう言ってもらえるのなら、嬉しい。……俺は、いつかゼツに、心の底から友達だと言ってもらえるような関係になりたい。今まで好き勝手言ってた癖にと思うかもしれない。それでも、お願いします。もう一度チャンスをください」
そう言って、シュウはゼツに頭を下げた。今でもゼツにとって、シュウは大切な存在だった。けれども心の底からの友達かと言われれば、きっと違うのだろう。それほどまでに、ゼツはシュウに遠慮して何も言わなかった。そしてシュウも、ゼツの気持ちを無視して自分の正しさを押し付けていた。
「ありがとう。俺も、シュウとなんでも言い合える関係になりたい」
「……そうか。ありがとう。本当にありがとう」
それ以上、二人は何も話さなかった。そのままゼツはシュウと別れた。
ゼツにとって、不思議な感覚だった。こんなに長い事一緒にいて、どうしてか初めてシュウと会話できた気がした。
それから、ミランに連れられて色々な人の所に行った。ケアラにも、シュウと同じように謝られ、ゼツさえ良ければまた仲良くしたいと言われた。ロウや三傑の皆には、よく眠れたかとかそんな言葉で、笑顔で迎えられた。城に暮らす魔族の人達からも、ゼツが目を覚ましたことを皆喜んでくれた。
自分をちゃんと愛してくれる人がいるのだと理解した瞬間、皆のそれは自分が迷惑をかけているのではなく、自分に愛情をくれているのだと、ようやくゼツは理解できた。
ただ一つだけ、不安な事と言えば、自分だけ置いていかれる事だろう。ロウは、スイ達と一緒に時を決めて死ぬ事を決めたという。100年以上も共に生きたロウ達の仲間に入れてもらって一緒に死ぬのも、何だか違う気がした。
「ミランも不死身の体だったらいいのにな」
ポツリとゼツが言った言葉に、ミランはバッとゼツを見る。何かおかしな事を言っただろうかと、ゼツが少し不安になった瞬間だった。
「そうよ、あたしもロウさんに魔族にしてもらえばいいのよ! そしたらゼツと同じだけ生きれるわ!」
急に目を輝かせ言ったミランの言葉に、ゼツの頭は追いつけずにいた。そんなゼツの隣で、ミランは生き生きとした顔で続ける。
「あたしも不安だったのよね! あたしがおばあさんになっても、年を取らないゼツはあたしの事見てくれるのかしらって。でも、これならゼツと同じ時間を歩めるわ! そして、ロウさん達と同じように、二人で決めた時に死ぬの! 素敵じゃない!?」
「ちょ、ちょっとまって! 俺は嬉しいけど、ミランはいいの!? その、後戻りは……」
「あら、だってあたし、アリストでは友達なんていなかったもの! それに、パパやママはどうせ先に死んじゃうわ! それなら、ずっとゼツと一緒にいた方がいいに決まってるじゃない! そしてゼツも嬉しいなら、何一つ問題はないわ!」
そう言ってミランは嬉しそうに笑う。そんな顔で言われてしまえば、ゼツも何も言えなかった。そしてゼツ自身、ゼツと一緒にいるためにミランがこんな大きな選択を迷いなく進めようとしてくれたことが、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
いつのまにか、死にたいという気持ちはまた消えていた。もしかしたらまた出てくるかもしれない。けれども、ただ死にたいだけで、なんとなく自分はもう死のうとはしない気がした。
それに、死にたい気持ちがでてきても、ミランは死にたいという気持ちも含めて受け止めてくれるのだろう。ミランと過ごすであろう無限の未来は明るかった。
今のゼツは、心の底から幸せだった。そんな日々が、いつまでも続けばいいと思っていた。一度心かの底からの幸せを知ってしまえば、もう自分は頑張ったのだから幸せになっていいじゃないかとも、思うようになっていた。
それほどまでに、ここは平和だった。あれ程までにお互いを憎んでいた勇者と魔族も、同じテーブルを囲って、これからの事を話していた。
「最近、ようやく国から、俺達の動きを尋ねるメッセージが魔道具に来た。恐らくアリストの一件で対応に追われていたのだと思う。俺からは、魔王城に視察に向かっていると適当に返事をしたが、どんな指示が来るのかは俺にもわからない」
シュウの言葉を隣で聞いていたロウが頷く。
「こっちでも情報を集めたけど、国がどういう判断をするのかはまだ読めない。一部の人間は僕達を恨んでいて打ち倒すべきだと言っているけど、一部の人はそこまでするべきじゃないって声が出ているね。アリストでの一件は、順調に民にまで広がっているみたい。まっ、渦中の人であるニュークロス家の人たちは、打ち倒すべきと言いながら自分達では行く気がないみたいだけど」
シット・ニュークロスは、そのまま正気に戻ることができず、衰弱死したらしい。大切なものや希望などなかったのか、それとも見つからなかったのかはわからない。
ゼツも、正式にシットの死を聞いたときに、ああ、自分は本当にやらかしてしまったのだと思った。落ち込むゼツを見て、自業自得だとか、魔族への意識を良い方向に変えられたのだから気にすることは無いと言われたが、それでも他にやり方はあったのではないかと思うと、罪の意識は消えなかった。
「でも、そうねえ。少なくとも私達を恨んでいる人達が一定数いるのであれば、早々にここを離れた方が良いのでしょうね。ここに暮らす子達に、新しい人間のトラウマを増やしたくないもの。お城も少し壊れてしまったことだし」
ラスがスイの方を見ると、スイはふいと目を逸らした。今謁見の間に空いた穴は、応急処置で雨風だけ入らないように塞いでいる。
ラスがスイをじっと見つめていると、スイが大きくため息をついた。
「わかった。俺が新しく引っ越すに適した場所を見つけてこよう。それで文句はないだろう?」
「アビュも! アビュも一緒に行く!」
そんなスイとアビュの会話を聞いて、ケアラがポンと手を合わせる。
「それなら、勇者側のストーリーはこういうことにするのはいかがでしょう。私たちがここに着いたときには、魔王城は空っぽでした。ただ、待っていた三傑の皆さんに、伝説の剣だけは奪われてしまいました。これでは、魔王を倒すことは誰にもできません。けれども私たちはここに暮らしていた皆さんの跡を目にします。魔族の皆さんも、噂通り大切な生活を守っていただけなのでした。これなら、魔族の皆さんが逃げたということで、国のメンツも保ちつつ、魔王討伐反対派の人達も納得すると思うのです」
「それはいいね! となると、僕達も急いで逃げ出さないと!」
ロウの言葉に、ゼツとミランはお互いをチラリと見た。もしミランが魔族になるのであれば、ロウに頼むのはこのタイミングだろう。移動してしまった後だと、ロウ達には会いづらくなってしまう。
そう思って、ミランが口を開こうとした、その時だった。
「ところで、その伝説の剣、誰か持っていった? 僕の部屋に持って帰ったつもりだったんだけど、さっき見たら無くなってたんだよね」
そんなロウの言葉に、その場にいたロウ以外の全員が、一斉にゼツの方を見た。