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76.愛してる

 ゼツと再会してからも、ミランはゼツにどんな言葉を伝えればいいかわからなかった。心から死を望んでいるゼツに、かける言葉が見つからなかった。拒絶されるシュウを見て、自分も拒絶されているのではと怖くなった。

 けれども、ラスとゼツの会話を聞いて、やっぱり伝えなきゃとミランは思った。拒絶されてもいい。酷いことを言われてもいい。だってゼツには、何一つ伝わっていないのだから。


「ゼツ」


 ミランはゼツの名前を呼ぶ。そうすれば、ゼツもまたミランを見た。何かに怯えるような目で、けれども確かにゼツの目はミランを見ていた。

 大丈夫。まだ、間に合う。ミランは、ゼツの手を優しく取る。


「あたし、あなたが死ぬ前に、あなたに伝えなきゃいけないことがあるの」


 ミランの言葉に、ゼツはピクリと体を震わせる。きっと、叱られると思っているのだろう。そんなわけないのに。

 ミランはゼツの頬に優しく触れる。


「愛してる」


 ミランはそれだけを言って、ゼツにキスをした。ゼツに自分の想いが伝わるように、強く、強く抱きしめてキスをした。そうして唇を離せば、ゼツは驚いた顔をしてミランを見ていた。

 ああ、ほら。やっぱりわかっていなかった。そう思いながら、ミランはゼツを見つめて、もう一度優しくキスをした。それでも理解できていない顔をするゼツを、ミランはまっすぐ見つめる。


「好きよ。好きなの。あなたの事が、好きで好きで仕方ないの」


 そう言って、ミランはもう一度ゼツを抱きしめる。自分が愛されていることを理解していないゼツに、こんなにもあなたは愛されているのだと伝えたかった。


「駄目な子でいい。あなたの思う、駄目な子でいいの。あなたの思う駄目な子が、あたしは好きよ。だから……」


 ああ、泣かないと決めたのに、やっぱり涙は止まらない。


「迷惑かけていいから、生きてください……! 死にたくていいから、生きてください……!」


 ミランは、何とかそれだけを言って縋るようにゼツの背中を強く抱きしめた。本当は愛で包んであげたかったのに、やっぱり生きて欲しくて、ゼツに縋ってしまう。

 伝えたかった。あなたの思う迷惑ですら愛おしいのだと。死にたいと思うあなたそのものを、自分は愛しているのだと。


 ゼツの瞳が少し揺れる。けれとも、自分を愛していると言った、そして駄目なままでも生きて欲しいと言ったミランを、ゼツは押し返す事ができなかった。

 ずっと変わらなくてはいけないのだと思っていた。けれども変われない自分に死にたくなった。もう変わろうとすることすら疲れてしまった。

 けれども、ミランは駄目なままでもいいと言った。もうこれ以上、頑張らなくていいと言われた気がした。けれどもまだ、頑張らないまま生きる事が怖かった。

 ゼツは、ミランの背中を恐る恐る掴む。


「お……、れ……、うまく……、言えなくて……」

「うん」

「なのに、勝手に辛くなって、死にたくなって……」

「うん」

「もうどうしたらいいのか、わからなくなって……」

「それでも、いいのよ」


 ミランは、ゼツの背中を優しく撫でる。


「いいの。それでも。上手く言えなくていいの。だって、今あなたは言ってくれた」


 そう言って、ミランは少しゼツから体を離して、ゼツの胸に触れる。


「ただ、辛いって、死にたいって、あなたの思いをそのまま言葉にしてくれた。それでいいのよ。わからなくていい。上手く言葉になんてしなくていい。あなたのそのままを、あたしが全部受け止めてあげる。あたし、あなたの全てが知りたいの。だってあたしは、あなたのことを愛しているから」

「あ……」


 その瞬間、ゼツはようやく自分が愛されていることを理解した。自分のそのままを、駄目な所も全部、ミランは愛してくれているのだと理解した。

 ずっと、自分の醜い所を、汚い所を隠すことに必死だった。高い高い壁を築いて、自分を隠し続けた。脆い壁は、時折少し壊れて感情が流れそうになる。それを必死に塞いで、分厚くして、高くしていくうちに、いつの間にか誰の存在も感じなくなった。


 壁が、壊れる音がした。一度壊れ始めると止まらなかった。けれどもどうしてか、壊れるのを止めようとも思わなかった。

 壁の先にはミランがいた。ずっとずっと、待っていてくれたのだろう。醜い所も汚い所も全部見えてしまったのに、それでもミランは変わらず、ゼツに向かって手を差し出した。ゼツもまた、感情に流されるまま、ミランの手を取った。


 ゼツの目から、一筋の涙が流れた。それは、旅をしてきて初めて出た涙だった。


「あれ、俺、なんで、泣いて……」


 一度流れ始めた涙は、次から次へと流れ始め、止まることはなかった。涙と一緒に、ずっと奥底に溜め込んでいた感情も溢れ出す。


「俺……、ずっとずっと、辛かった……! ずっとずっと、死にたかった……! なんで……? なんで……? なんで苦しいの……? 苦しい……! 心が、ずっと苦しい……!」

「うん……。そうだね……。辛かったね……。苦しかったね……」

「死にたいんだ……! ずっとずっと、死にたいんだ……! なんで……!? なんで死にたいの……!? わからない……! わからないんだ……! もう嫌だ……! 助けて……! 助けてよ……!」

「そうだね。死にたいね。苦しいね。それでも、生きていてくれて、ありがとう。あなたが生きてそばにいてくれるだけで、あたしはとても、幸せよ」


 ミランの言葉に、ゼツは言葉にならない声を上げて泣いた。ずっとずっと、泣いていた。


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