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75.届かない言葉と届いた言葉

 気が付けば、ゼツはミランに抱きしめられていた。悪夢から覚めたような感覚に、自分は幻覚魔法にかけられていたのだと気付く。


「俺……、は……」

「ゼツ、気が付いたか!? 良かった……。もう戻って来れないかと……」


 スイが、その場にへたり込んだ。そんなスイを見ながら、ゼツは幻覚魔法にかかる前の事を思い出す。


「そうだ、剣は!?」


 ゼツは、目の前で崩れて消えて行った剣を思い出して探す。幻覚魔法にかかっていたのなら、まだあるはずだった。

 そして、ロウがその剣を持っていることに気付く。ゼツはミランから離れ、それを取ろうと手を伸ばした。


「駄目だ! ゼツ……!」


 と、幻覚魔法にかかる前はいなかったはずのシュウに、ゼツは体を掴まれた。その時初めて、ここにシュウやケアラ、ミランがいる違和感に気が付いた。


「あれ、皆、どうして……」

「ラスさんに連れて来てもらいました。今は休戦中です」


 ケアラはそう言って、ゼツにぎこちなく笑いかける。シュウ達だけじゃなくて魔族の皆もいる状況に、ゼツは俯いた。こんなに人がいたら、きっと邪魔されて死ぬことができない。どうやったら死ねるのか、ゼツにはわからなかった。

 そんなゼツに、シュウは縋るように手を伸ばす。


「ゼツ、ごめん……。本当に今まで、ごめん……。今度はちゃんと話を聞くから……。だから……」

「じゃあ、死なせてくれる? あの剣取って」

「それ、は……」


 ゼツがシュウの言葉に対して投げやりに答えれば、シュウの顔は悲痛に歪んだ。そんなシュウの表情も、ゼツにとってはもうどうでも良かった。


「やっぱり、シュウは話を聞いてくれないじゃん。嘘つき」

「違う……! 俺は、ただゼツに生きて欲しくて……」


 そんなシュウの言葉すら、今のゼツには煩わしくて思わず耳を塞いだ。結局誰も自分の唯一の望みすら叶えてくれないのだ。その程度の存在なのだと嫌になる。


 シュウも、ゼツにそれ以上の言葉が見つからなかった。自分の言葉が、想いが、ゼツに届かない。けれどもその理由が、シュウにはわからなかった。

 と、その様子を見ていたラスが、シュウの肩に優しく触れる。


「勇者さん。勇者さんは、彼のことを心から心配しているのね。でもね、一旦落ち着いて」

「そんな、ゼツが死のうとしてるのに、落ち着いてなんて……!」

「彼の顔を見なさい。あの子は、今どんな顔をしているかしら?」


 シュウはラスに言われるがまま、ゼツの顔を見た。そして、ようやく気付く。ゼツは、シュウの事を拒絶するような、そんな顔をしていた。

 ゼツはいつからそんな顔をしていたのか、シュウにはわからなかった。ラスに言われてようやく、自分がゼツをちゃんと見ていなかったことに気が付いた。

 そんなシュウに、ラスは優しく、けれども諭すように言う。


「きっと、あなたは彼の傷つくことをしてしまったのね。それで、ごめんなさいで終われるほど、人の心は単純じゃないのよ。今、あなたが何を言っても逆効果。あなたの言葉は、あの子に何一つ届いていないわ」

「あ……」


 シュウの心に、後悔が一気に押し寄せる。少し前まで、お互い笑顔で話していたはずだった。毎日のように剣の練習をした。ケアラへの恋心をからかわれながらも、背中を押してくれたこともあったっけ。逆にゼツのミランへの態度をからかった時も、照れながらも笑っていた。

 いつから間違えたのか、何を見落としていたのか、ラスに言われた事が、そしてここに来る前にミランに言われた事が、次々とシュウに突き刺さっていく。

 シュウにとってゼツは、自分を救ってくれた、人生において大切な存在の一人だった。ゼツもそう言ってくれたから、勝手に自分と気持ちは同じなのだと思っていた。だから、自分が“正しい”と思うことを伝えれば伝わるのだと。けれども違った。自分にとっての“正しい”言葉は、ゼツの気持ちを無視して、ただ傷付ける言葉だったのだとようやく気付いた。


「ごめん……、なさい……。ゼツ……。本当に……、ごめんなさい……」


 後悔で、涙が止まらない。けれどもいくら泣いても、謝っても、ゼツにはなにも届かない。今すぐ出会った頃に戻りたかった。そして、今度こそゼツの目を見て、顔を見て、自分の“正しさ”を押し付けずに、ゼツと話をしたかった。けれどもどれだけ願っても、ひっくり返ってしまった水は元には戻らない。もう何もかも遅かった。


 そんなシュウを、ゼツはぼんやりと見ていた。別にシュウに傷つけられてきたつもりはなかった。だって、楽しい思い出ばかりのはずなのだから。

 けれども、心のどこかではシュウの事を拒絶していたのだろう。ゼツが思い出すのは、シュウに言われた言葉と、それで飲み込んだ言葉の数々だった。シュウの謝罪に、じゃあ話を聞こうという気も起こらなかった。ただ、今は純粋に、シュウの声を聞きたくなかった。

 そんなゼツの背中に、優しく撫でるようにラスが触れる。


「ゼツ。どうせ死ぬのなら、その前に私と少し話してみない?」


 そう言って、ラスはゼツの隣に座る。どうせ死ぬのならという言葉に、ゼツはラスの方を見た。


「ラスさんは、俺が死ぬのを止めない?」

「ゼツはそんなにも死にたいのね?」

「うん」


 死ぬなと言われなかったことに、ゼツは少し安心して力を抜く。そんなゼツを見て、ラスは問いかけた。


「でも聞いたわ。どうして死にたいのかも、自分でもわかっていないのですって?」

「……うん」

「そうねえ。どうして死にたいのか、知りたくはないかしら?」


 ラスの言葉に、ゼツは顔を上げてラスの方を見た。どれだけ考えてもわからないことだった。そんな自分でもわからないことを、ラスは知っていると言うのだろうか。


「ゼツ。一つだけ教えてくれないかしら? 今まで生きてきた中で、どんなに些細な辛い事でもいいわ。辛い時に辛いと言える人はいた? そうね。言いにくいだろうから、ここにいる人以外で、ってことにしてあげる」


 ラスの質問に、ゼツは首を横に振る。いるわけなかった。本音を口にすれば、すぐに怒られた。自分の本当の感情は、言ってはいけないものだと思っていた。


「それは、辛かったでしょう? あなたは前、私の過去に比べて、自分の悩みなんて大したことないって言ったわ。でも違う。私と一緒。だからわかるの。私ね、どれだけ辛い目にあうよりも、何を言っても、どれだけ助けを求めても、誰も手を差し伸べてくれないことの方が辛かった。皆自分の存在なんてどうでもいいようで、怖くて怖くて仕方なかった。あなたも、そうではなかった?」

「でも、今の俺は幸せだったはずなんだ。なのに、死にたい気持ちは消えない。きっと、俺がおかしいから……」


 そう言ったゼツの頭を、ラスは優しく撫でた。


「おかしくないわ。だって辛い気持ちは、幸せになっても簡単には消えないものだもの。私だって、そうだったわ。けれども、私にはロウ様やスイ、アビュがいた。そして、沢山気持ちをぶつけた。何度も何度も喧嘩するほどにね。ゼツはどう?」

「おれ、は……」


 ゼツにも、ミランやシュウ、ケアラがいたはずだった。けれども、沢山気持ちをぶつけるなんてできなかった。どうせ否定されるのだから、言っても意味がなかった。


「あなたの場合は、その辛い気持ちを上手く吐き出す方法を知らなかったのね。だから自分を殺そうとするしか、方法が無かった」

「方法が無かった……」


 ゼツはラスに言われた言葉を、ただ繰り返した。


「そう。仕方ないわ。だって、今までずっと言えなかったのだもの。できなくて、当り前よ」


 ラスの言葉に、今までの事を思い出す。頑張って話しても、何も伝わらなかった。ずっと自分の感覚がおかしいのだと思っていた。けれども違った。


「俺が、上手くできないから、皆に迷惑かけてたんだ……」


 やっぱり自分は出来損ないなんだ。そう思うと、やっぱり死ななければいけないとゼツは思った。苦しいのも辛いのも、全部自分のせいだった。自分のせいなのに、こんなにも誰かに迷惑をかける。そんなこと、あってはならなかった。


「あら? 誰かに迷惑をかけてはいけないの? 皆、誰かに、そしてあなたにも、散々迷惑をかけてきたわ」

「皆はいいんだ! でも、俺は駄目だ! 俺は、出来損ないだから……!」


 そうゼツは叫ぶ。


「俺は最初から駄目な子だから……! 産まれてきた時からいらない子だから……! だからこれ以上誰にも迷惑なんてかけちゃいけないんだ……! 本当は皆にもっと返さなくちゃいけなくて、なのに俺はそれすらもできない……! だからこれ以上迷惑かける前に、死ななくちゃならないんだ!」


 少しだけ、死にたい以外の本音が見えたゼツの様子を見て、ラスは立ち上がる。


「ここからは、私じゃ駄目ね。私はロウ様を優先してしまった。だから私の言葉も、きっと届かない」


 そう言って、ラスはずっとゼツの隣で涙を堪えているミランの手を取った。そして、ゼツの前に引っ張り出す。


「きっとあなたの言葉じゃないと無理。だってあなたは、どれだけ彼が死にたくなっても消えなかった、最後の希望なのだから」

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