74.地獄と解放
スイ達がロウの方だけを見た時、ゼツは少しだけ安心した。これで、ロウはスイ達に助けてもらえるだろう。そして、自分が死ぬことを誰にも邪魔されないだろう。
けれども、流石にここで自分を殺すほど、ゼツは空気が読めないわけではなかった。ここで死ねば、せっかくスイ達がロウを助けようとしている所を台無しにしてしまうだろう。
せっかくなら、誰にも邪魔をされないところに行こう。そう思って、ゼツは城の裏にある森へ繋がる裏口へと向かった。その森の先は、地図には無く何もない。だからこそ、魔族の誰かが来ることも無く、邪魔もされず静かに死ねるだろう。
「この辺、でいいか……」
そう呟いて、ゼツは立ち止まる。北も南も、西も東もわからない場所。何の特徴もない、だからこそ自分を隠してくれる、そんな場所。それでもまっすぐ走って来たはずだから、城からはだいぶ離れられただろう。
ゼツは背中に背負っていた剣を抜く。そして、どう死のうかを考えた。やっぱり、心臓を貫くのが確実だろうか。そんなことを思った時だった。
「ゼツ!!」
聞き慣れた声に、ゼツの体は大きく跳ねた。そして、恐る恐るその声の方を見る。目に入ったのは、焦ったような顔をしてこちらに来るスイ達の姿だった。
こんな事なら、もっと早く死んでしまえばよかった。そんな後悔が、ゼツを襲う。とにかく逃げようと、ゼツは走り出した。
「おい、ゼツ! 待て!」
けれどもすぐに追いつかれて、スイに腕を掴まれる。なんとか剣だけは奪われないようにしようと、剣を強く抱きしめた。
「ゼツ。少しだけお話ししましょう? だから、いったんその剣を下に置いてくれないかしら」
ラスが優しく、ゼツに向かってそう言った。その奥に、不安そうにゼツを見るロウの姿があった。
きっとここがすぐにわかったのも、ロウの能力のせいだろう。散々一緒に死のうと言ってくれたくせに死ぬ邪魔をするロウに、ゼツは苛立った。そしてロウを守れたら良かったくせに、自分に関わってこようとするラス達にも苛立った。
「なんで!? ロウさんを殺すわけじゃないからいいじゃん!! 俺の事は放っておいて!!」
「私はあなたと少しお話がしたいのよ。だからお願い。いったん剣を置いて?」
「俺は別に話なんてしたくない! だからお願いだからあっち行って!」
そうまで言っても、誰もどこにも行ってくれなかった。やっと死ねると思ったのに、解放されると思ったのに、気が狂いそうになる。
「何で、誰も俺の話を聞いてくれないの! 俺の唯一の願いすら叶えてくれないの! お願いだからあっち行って! 一人にさせてってば!」
そう叫ぶゼツの服を、アビュが泣きながら掴む。
「ヤダよ! ゼツ死んじゃうじゃん! お願いだから死なないで! アビュがゼツのこと、嫌いって言ったから!? アビュ、ゼツのこと、ちゃんと好きだもん! だから、死んじゃヤダだって!」
「うるさい!! なんで死んじゃ駄目なの!? 俺のことなんてどうでもいいでしょ!? 離せ、離せって!!」
死にたくても死なせてもらえないこの状況に、ゼツは叫び、暴れる。
「もう誰も俺の邪魔をしないで!!」
そう言って、ゼツは一番力強く掴まれているスイに思い切り体当たりをして、自分の腕をスイから離す。
やっと死ねると思った。やっと解放されると思った。なのに、どうして皆邪魔をするのだろうか。ただ静かに死にたかっただけなのに。
ああ、もう静かに死なせてくれないのならば。
そう思ってゼツは持っていた剣を高く持ち上げ、自分に向けた。今すぐ死んでしまえばいい。そうすれば、終わりだ。
「やめろ!! やめてくれ!! トリップ!!」
瞬間、ゼツの目の前が真っ暗になる。見えたのは、持っていたはずの剣が崩れて消えていく光景。
「なんで、なんで……」
ゼツはその場に崩れ落ちる。
「なんで、誰も死なせてくれないの」
ゼツから思い切り体当たりをされて、その後スイが見た光景は、今まさにゼツが死のうと剣を持ち上げたところだった。その瞬間、天井からぶら下がった自分の父親の姿が頭に蘇った。
間に合わない。そう思った瞬間、気付いたら幻覚魔法をゼツに放っていた。
ゼツの体がバランスを崩し、その場に崩れ落ちる。
「馬鹿!! 今のこの子に幻覚魔法かけたら、どうなるかわかってるの!?」
ラスにそう言われ、スイは慌ててゼツに駆け寄る。ゼツはもう完全に幻覚魔法に深くかかってしまった後だった。ゼツの様子を見て、ロウが叫ぶ。
「ラス! とりあえず勇者君達を急いでここに呼んできて! あの炎の魔法使いの子! あの子がゼツにかかった幻覚魔法を解いてたから!」
「わかったわ!」
そう言って、ラスは飛び立った。けれども、ペンダントを使って、ただの人間を瞬間移動させることはできない。少し、時間がかかるだろう。
「スイ。ゼツ、助かるよね……?」
アビュが不安そうにゼツを見て言った。
「そう、信じるしか、ない。すまない、ゼツ……」
「スイのせいじゃないよ。こうでもしないと、間に合わずにゼツは死んでたかも。それに、もとはといえば僕のせいだから……」
そう言って、ロウはゼツの持つ剣をゼツから取った。ゼツは幻覚魔法にかかってもまだ、剣を強く握りしめていた。
「なんで……」
剣をゼツの手から離した瞬間、ゼツの口が少しだけ動いた。
「なんで……、誰も死なせてくれないの……」
その言葉は、ゼツにとっての一番の絶望が死ねない事なのだということを意味していて、スイの体は恐怖で震えた。
ゼツは気が付けば、真っ暗闇の中にいた。剣が崩れて消えてからは、何も、音さえ聞こえなかった。
これが、自分に対する罰なのだろうか。ふとゼツはそう思った。ここは本当は死後の世界で、死んでもなお苦しみは消えないまま、永遠にここで過ごす。そんな地獄にでも来てしまったのかもしれないとゼツは思った。
と、何もない空間に、一つの音が響いた。一つの音は、やがて足音になって、そして鮮明にその音の主が見えてくる。
「ミ、ラン……?」
そこにいたのは、ミランだった。ミランが自分に背を向け、どこかに向かって歩いていた。
「ミラン、待って……!」
思わずゼツは叫んだ。もう死ぬからと突き放したはずなのに、自分から離れたはずなのに、どうしてかミランに振り向いてほしくて、叫んでしまう。けれどもミランには声が届いていないのか、どんどん奥へと消えていく。
「ミラン……! 待って……! 行かないで……!」
「……大丈夫、大丈夫よ」
と、優しい、温かい声がゼツの元に聞こえた。
「大丈夫。どこにも行かないわ。だから、安心して目を覚まして」
その声に、どうしてかゼツは安心して、ただ何もわからないまま、その声に身をゆだねた。