72.会えない人と会いたい人
ゼツがロウに赤いペンダントで状況を伝えれば、暫くして見えてきたのは魔王城に作られた謁見の間だった。ロウはそこにいるのだろうと、ゼツはまっすぐそこに向かう。
ゼツが魔王城に一人で着いても、前みたいに怖がられることはなかった。ここの魔族達を騙しているようで申し訳なくなりながらも、ゼツは謁見の間の扉を開いた。
赤い絨毯の先に、王座がポツリとあった。そこに、ロウは座っていた。
「待ってたよ! ゼツ」
そう言ってロウは立ち上がる。
「死に場所はここにしたんだ! 魔王のラストにはピッタリでしょ?」
「確かに。勇者の出てくる物語の絵って、魔王はだいたいこんな所にいるよね」
「せっかく魔王って呼ばれるならそれっぽくしようって、皆で作ったんだ」
「いいね。でもごめん。その皆にバレちゃったみたい」
そう言って、ゼツはペンダントを取り出して揺らす。さっきから、定期的にスイ達の見ている世界が目に映っていた。きっと何度も、自分達を呼べとゼツやロウに呼びかけているのだろう。
「あはは。そうみたいだね。さっきから、視界が煩い。でも、おかげで焦る必要もない」
「そうだね。皆のいる場所が手に取るようにわかる」
そう言いながら、ゼツは剣を鞘から抜いてロウに近づいた。これが物語ならば、勇者の役割は自分だろうかとゼツは思った。けれども勇者にしては、自分の欲望のために魔王を殺すのだから、似合わなさすぎて滑稽だ。
けれどもロウも、それはわかっているはずだ。だって全部見ているのだから。けれどもロウは否定しない。だって自分の死にたい気持ちを見抜いて、そして受け入れてくれた人だから。
だからこの空間は安心できた。ロウは唯一自分の気持ちをわかってくれた人。そう、思っていた。
「ゼツ」
けれどもロウは、ゼツに言った。
「ここまでバレたんだ。ゼツは生きてもいい。僕一人でだって、死ぬことはできる。きっと皆、ゼツの事を許してくれると思うんだ」
「なんで、そんな事言うの」
ロウの言葉に、ゼツはロウにすら、突き放された気持ちになった。ロウなら、自分の気持ちをわかってくれていると思っていた。だから、こんな苦しい世界にいるぐらいなら死んでもいいよと、言ってくれると思っていた。
けれども違った。ロウもまた、ゼツに生きろと言った。
「ねえ、ゼツ。ゼツは凄いんだよ。この短期間で皆の信頼を得ただけじゃなくて、皆の事を救っちゃうんだもん。特に、アビュとスイは表情が明るくなった」
「だから生きろって?」
ゼツは乾いた笑みで言った。
「そんなに言うなら、ロウさんが生きればいいじゃん。最初に皆を救ったのはロウさん。過去の話をするとき、皆必ずロウさんの話をするんだ。アビュにとってのロウさんは王子様、ラスにとってはヒーロー、だっけ? 生きるのを望まれているのはロウさんの方でしょ?」
「それは……」
ロウを見て、ああ、と、ゼツは思った。近付いて見たロウは、少し震えていた。そして縋るように、赤いペンダントを握っていた。きっと、未だに途切れないスイ達からの呼びかけを手放すことはできないのだろう。
ああ、巻き込むわけにはいかないな。そうゼツは思った。ロウの言った通り、一人でだって死ぬことができる。ここに来たのも、同じ気持ちだと思っていたロウのため。けれども違うなら、これ以上自分の欲望に付き合わせる必要はない。
ゼツは、剣の先を地面につけ、少し力を抜く。
「まだ時間があるわけだし、せっかくなら教えてよ。ロウさんは、どうして死にたいと思ったの?」
その言葉に、ロウの力も少し抜けたのを、ゼツは見逃さなかった。
「そうだね。せっかくなら話そうか。まだ、皆にも言った事のない話」
そう言って、ロウは話し出す。
「僕の目、血のように赤いでしょ? だから、生まれた時から悪魔って言われてた。両親も、僕の事を殴ったり蹴ったり。今から思うと、そうでもしないと悪魔の手先だと言われたからかもしれないけど。だけど、そんな僕を助けてくれた人がいた」
ロウは、懐かしそうな顔で遠くを見た。
「僕はその人に誘われて、気付けば一緒に暮らしてた。同じようにその人が助けた黒い犬と一緒にさ。その人は、ほんと馬鹿みたいにお人好しだった。ちょっとゼツに似てたかな。だけど、僕を助けたその人を、周りは見逃さなかった」
ぎゅっと、ロウは拳を握りしめた。
「僕を匿っていることがバレて、その人は悪魔の手先だって言われちゃった。そして、毎日ボロボロになって帰ってくるようになった。僕のせいで、その人まで酷い目に合うのは許せなかった。だから、僕は死のうとしたんだ。だけど、どうしてかこんな体になって死ねなかった。そして死ねないまま戻ってきたら、その人は殺されてた」
きっとその時のことを思い出していたのだろう。ロウの目からは、ポロポロと涙がこぼれていた。
「その時、声がしたんだ。その人を殺した奴らに復讐しようって。そして、この力を与えられて、そしてその人を殺した人たちを、皆殺した。それが、魔王の始まり」
静かに泣きながら、ロウは上を見上げる。
「本当は、剣の存在を知った時から、今すぐあの人に会いたかった。けれどもわかっちゃった。あの人は絶対に天国に行ったけど、僕は死んでも地獄に行く。だから、皆を助けたのだって、親切心じゃない。あの人のように手を差し伸べたら、僕も天国に行けるかなって。そしてあの人に、天国で会わせてもらえるかなって。なのに」
ロウは、困った顔をして笑った。
「ここがあまりにも居心地が良すぎて、ぬるま湯に浸りすぎちゃった。そしたらバチが当たっちゃったんだね。僕がそうやってずるずる生きて来たから、また僕のせいで皆が死んでしまう。だから、僕は死ななきゃいけない」
ペンダントを強く握りしめ、そして覚悟を決めたようにロウはゼツを見た。
「ゼツ。そろそろお願い。皆が来る。もし、僕を殺したくないなら自分で……」
「ロウさん」
ゼツは、ロウのことを優しく、けれどもどこか冷めた目で見つめた。
「知ってる? さっきから、ずっと震えてる」
ゼツは、自分の持つペンダントを握ってスイ達に呼びかける。きっとスイ達には、自分たちのいる場所がわかったはずだ。
瞬間、大きな音と共に、柱のような大きな氷の槍がゼツとロウの間を突き刺した。