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71.知ったことと知らなかったこと

『あなた達はゼツを愛していない!』


 そんなミランの言葉を聞いたとき、ゼツの心の中で、何かがぷつんと切れる音がした。

 自分は親に愛されていない。ずっとそう思ってきたけれども、本当は心のどこかで期待していたのかもしれない。もしかしたら、本当はちゃんと愛されているのではないだろうかと。死にたがっていることを知れば、心配して手を差し伸べてくれるのではないかと。

 けれども、そんな事はなかった。やっぱり自分は、愛されていなかった。そう心の底から理解した時、もうどうでもよくなってしまった。


 街を出てからゼツは、ミランとシュウが言い合っている姿をぼんやりと眺めていた。伝えたとか、伝えてないとか、覚えてたとか、覚えてないとか、けれども結局聞いて欲しい時に誰も何も聞いてくれなかったことが、自分の価値なのだろう。自分は愛される存在ではないという証明なのだろう。

 それでも、旅をしてからは幸せだった。きっと皆が、こんな自分にでも愛を分けてくれたからなのだろう。だから、感謝してもしきれない。けれども幸せなのに、やっぱり苦しくて何度も死にたくなる。そんな世界を頑張って生きたところで未来に皆はいないのに、無理してまで生きる意味なんてなかった。


 ゼツは、ロウからもらったペンダントを取り出す。バレて失敗したときは、これでスイ達を呼んでと言われていた。きっとこうすれば、誰にも邪魔されず死ねるだろう。


「エナジードレイン」


 アビュの声と共に、赤い花が咲き乱れる。ミランの手が、それでも離すまいとゼツの手を掴んでいた。そんな手を、ゼツは優しく離す。


「ごめんね」


 皆の望む“ゼツ”になれなくてごめんなさい。ずっと死にたくてごめんなさい。

 でもね、もう、疲れちゃったんだ。もう、誰かに何かを望むのも、誰かに何かを期待するのも。

 お願いだから、もう楽にさせてください。こんな苦しい世界から、解放してください。

 お願いだから、もう、誰も、邪魔しないで。


 ゼツは、空に浮かぶスイ達を見る。


「もー、失敗しちゃったんだあ! やっぱアビュがいないとだめだねえ!」

「まったく。ちゃんと警戒しろと、あれほど言っただろう」

「どうする? あなたの望むようにするわよ」


 何もこちらの状況は知らなさそうな3人の言葉に、ゼツは少しだけ安心する。そして、ゼツはニコリと3人に笑いかけ、そしてシュウの前に立った。そして、シュウの背中にあった剣を取る。


「だめ、だ……。ゼツ……。いくな……」


 もう話すことも辛いはずなのに、シュウはゼツをなんとか掴もうとする。そんなシュウを安心させるよう、シュウにだけ聞こえる声でゼツは言った。


「シュウ。大丈夫だよ。シュウが望んでいた通り、魔王は死ぬ。だから、安心して」

「違っ、俺は……!」


 魔王を倒せなくてもいいから、ゼツにだけは死んで欲しくない。そんなシュウの思いは届くことなく、ゼツはシュウの元から立ち去る。そして、降りてきたラス達の所へと向かった。


「ごめんね。失敗しちゃって。イグちゃん、どこにいる?」

「あそこで待たせてあるわ」

「わかった」


 ゼツは最後にシュウ達を見る。これで会えるのは最後だと思うと、少しだけ名残惜しかった。


「作戦通り、皆は足止めしておいて。でも、殺しちゃダメだよ。赤い花だけは、最後にちゃんと散らしてね」

「……いいのか?」


 スイの言葉に、ゼツはシュウ達から目を逸らした。


「うん。もう全部、バレちゃったから」


 そう言ってゼツは、剣を持って走り出した。




「お人好しめ」


 スイは、それだけを呟いてシュウ達の方を見た。スイは勇者のことも、人間のこともずっと大嫌いだった。ようやく築けた幸せな場所を、こちらの事情は何も知らずに壊そうとする人間たちが、そして壊すために自分たちに都合の良い物語を作り上げる勇者という存在が、殺したいほど憎かった。

 最初はゼツの事も認めていなかった。きっとこいつも自分の都合のために動いているのだろうと思っていた。けれどもゼツは違った。自分の都合なんて後回しで、誰かのために動くような人間だった。


『せっかくならスイのできなかった“復讐”、やらない?』


 その復讐はゼツ自身の都合でもあると言われたとき、いつも自分のことは後回しのゼツのために動きたいと思った。そして、ずっとくすぶっていた自分の中の感情にも、ケリを付けたい、そう思っていた。


 そして復讐は完了した。けれどもスッキリはしなかった。きっとニュークロス家の行ったことが、そして国が隠した事実が明らかになったことだろう。けれども、死んだ母親は戻ってこない。そして、大丈夫だと言った癖に何も言わず死んでいった父親とも、もう話すことはできない。

 本当は、とうの昔に気持ちにケリは付いていたのだとスイ知った。それほどまでに、二人の死は過去となっていた。それに気付いた瞬間、スイの中にあった人間や勇者への殺したいほどの憎しみは消えていた。


 気がかりなのは、ゼツのこと。お人好しで優しすぎるあいつは、動かなくなったシット・ニュークロスの事をどんな風に見ていたのだろうか。そして、こちらの都合で巻き込んでしまったことに、何を思っているのだろうか。


 スイは、今も苦しみながらも足掻こうとしている勇者の前に立ち、見下ろした。できるなら、ゼツはこの勇者たちの元へ戻って欲しいとスイは思っていた。ゼツが裏切ってまでも守ろうとした、勇者たちの元へ……。


「あいつの事を恨まないでやって欲しい。あいつは、おまえ達を守ろうとしていただけだ。もしあいつがお前たちの所へ戻りたいと言ったならば……」

「違う……」


 けれども、勇者はそう言った。


「ゼツが……、死んで、しまう……。魔王と、一緒に……」

「おまえ、何を……」

「お願い……、します……。ゼツを……、助けて……、ください……」

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