69.口先だけの言葉と家族
ゼツの家に行けば、ゼツの父親は快くシュウ達を迎え入れてくれたようにも見えた。すぐに部屋に案内され、ゼツの母親も同席して欲しいと言えば、すぐに従業員にゼツの母親も呼ばせた。
「どうですか? ちゃんとうちのゼツは役に立っていますか?」
「は、はい! 寧ろ、私たちの方が大変助けられていまして……。寧ろ頼りすぎてしまっているといいますか……」
「そうですか、そうですか! お役に立てているのであれば何よりです! イエルバでの話は、この街でも噂になっておりましてですね……」
そう噂で聞いた話を語りだすゼツの父親の様子に、シュウ達は話を切り出せずにいた。あなたの子供がずっと死にたがっていました、そして死のうとしました、なんて、そんな簡単に口には出せなかった。
「あの……! 一つ、ゼツの事で聞きたい事がありまして……」
話が止まりそうもないゼツの父親に対して、最初に切り出したのはシュウだった。
「どうされました?」
「あの、ゼツは、何かここにいる時から大きな悩みとかはありませんでしたか? 最近、ずっと悩んでいるようなので助けになりたいのですが、私達ではわからなくて……」
何とか思いついたのは、そんな質問だった。そこから徐々にゼツの話に持っていきたい、もしかしたらゼツのご両親なら何かを察してくれるかもしれない、そんな期待を持ちながら、質問を投げかけた。
けれどもゼツの父親から返ってきたのは、想像とは違う言葉だった。
「悩み? ですか? さあ、ゼツは昔から小さなことでうじうじ悩む心の弱いやつでしてね。ご迷惑をおかけしているのであれば、申し訳ない」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
「ゼツ、何をしているのだ! 勇者様は国から与えられた使命のために命をかけておられるのだぞ! そんな時におまえのくだらない悩みなんかで迷惑かけて……」
「違うのです!」
ゼツを叱ろうとした父親に対し、そう叫んだのはケアラだった。
「ゼツさんは、思いつめて自ら死のうとまでしたのです! だから、決してくだらない悩みなんかじゃ……」
「何を考えている!」
ゼツの父親の叫びが、部屋に響き渡った。その叫びは、シュウもケアラも、ゼツの父親がゼツが死のうとしたことに対して、心配して出た言葉なのだと、最初はそう思った。
「まったく、精神的に未熟だとは思っていたが、おまえがここまで心の弱い奴だとは思わなかった。少し勇者様のサポートをしたぐらいでそんなことをするとは……。まったく、出来損ないなおまえでもようやく勇者様が役に立つと言ってくださったのだぞ! 勇者様、そして皆様、本当にこの馬鹿息子が申し訳ない!」
まるでゼツの行動全てを責めるようなゼツは父親の言葉に、シュウ達は一瞬頭が付いていかず、何も言えなくなった。そこに畳みかけるように、ゼツの母親もため息をつきながら言った。
「やっぱりゼツは勇者との旅なんてできなかったでしょう? お母さんは最初から反対だった。お母さんの言う事を聞かなかったからそうなったのよ? こういう間違った選択が皆さんに大きな迷惑をかけるんだから。ゼツはわかっていないかもしれないけれど、情緒不安定なあなたのサポートをするのは、とてもしんどいことなの。あなたのせいでどれだけ皆さんが……」
「もういいです」
話が止まらないゼツの両親に対して、いつもより低い声でそう言ったのはミランだった。
「ゼツさんは、死ねない体になったから、伝説の剣でいつか死ぬために旅に出たと言っていました。ゼツが死にたかったのはあたし達と出会う前からです。あなた達との暮らしが、ゼツが死にたくなるほど苦しめたんじゃないんですか?」
隣でずっと俯いているゼツの手を、ミランはぎゅっと握る。ゼツの手は冷え切っていて、そして強張っていた。
「おい、ちょっと、ミラン……」
シュウは、ミランの言葉を慌てて止めようとした。そんな何もわかっていないシュウを、ミランは睨む。
「シュウは黙ってて」
ミランは冷たい声でそれだけを言って、ゼツの両親を睨みつけた。
こんなことなら、ゼツが行きたくないといった時点で止めれば良かったと、ミランは後悔した。優しいゼツを育ててくれた両親なんだから助けてくれるはずと、少しだけ期待した自分に腹が立った。
「ゼツは言っていました。自分は出来損ないだと。迷惑をかけてまで生きたくないと。あなた達の言葉がゼツをそうさせたんですね」
「な、何を言っているのですか。勿論厳しいことも言いましたが、それはゼツの事を思ってですね……」
そんなゼツの父親の言い訳を聞き流しながら、ミランはゼツの母親の方をチラリと見た。ゼツの母親は、先ほどゼツが旅に出ればこうなることはわかっていたと勘違いをしたまま語っていた。そんなゼツの母親は、ゼツの方を見ようともせずに不機嫌そうな顔で俯いていた。
そんなゼツの両親の姿に、ミランは大きくため息を付く。
「もうこれ以上何もおっしゃらなくて結構です。あなた達に期待したあたしが馬鹿でした」
そう言って、ミランは立ち上がる。そして、ゼツの手を取った。
「ゼツ、もう行こう? こんな所に連れて来たのが間違いだったわ。ごめんね」
「お、お待ちください! 何か勘違いが……」
慌てて、ゼツではなくミランの方を引き留めようとするゼツの父親の姿に、ミランの頭の中で何かがぷつんと切れる音がした。
「勘違いじゃないわ!」
ミランは、そうゼツの両親に向って叫ぶ。
「あなた達、おかしいわよ! さっきから、ゼツの心配を一切しないのね!」
「わ、わかったこと言わないでちょうだい! ちゃんと心配をしているわ!」
ミランの言葉に、ゼツの母親も立ち上がって狂ったように叫んだ。
「私がどんな思いでここまでゼツを育ててきたと思っているの! 私がどれだけ苦労をして……! どれだけ私が大切に育てて来たか、少し前に出会っただけのあなたにわかるはずないじゃない!」
「そうだ! 私達はゼツを何不自由なく育ててきたはずだ! そのためにどれほどの金と時間をかけたか! なのに死にたいなどと、不満のあるゼツがおかしいのだろう!」
「あなた達の苦労なんて、今は聞いてない! 今は! ゼツの話をしているの!」
ゼツの両親の言葉に、ミランは言い返す。
「あなた達が大切に育てて来たはずの子供が! 今! 死にたいほど思い詰めているの! なのにあなた達は、ゼツにどうしたのかすら聞こうとしない! それどころか、あたし達からの評価ばかり気にして! ゼツを責めることしかしなくて!」
もう、言葉は止まらなかった。
「あなた達は心配するフリをして、ゼツを自分の思い通りに動かしたいだけ! ゼツはあなた達の操り人形じゃない! あなた達はゼツを愛してなんかいない!」
それだけを叫んで、ミランはゼツの手を引っ張った。そして振り返ることなく、ゼツを連れて部屋を飛び出した。