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66.無理矢理と答え

 あっという間に、ゼツは自白剤を飲まされた。絶対に飲むまいと必死に抵抗したが、シュウに鼻をつままれれば咄嗟に息をしようと口を開けてしまった。その隙に口の中に自白剤を流し込まれる。吐き出そうとするも、そのまま手で口を塞がれてしまえば、液体が喉を流れて、むせた少しの咳が出ただけだった。

 そんなゼツを見て、シュウは口を開く。


「ゼツ、教えてくれ。どうして、俺達に隠れて剣を盗んだ」


 そう問われた瞬間、ゼツの頭の中が焼けるように熱くなった。そして、口が勝手に開き話し始める。


「ロウさん、と、約束した、から」


 自分が何を言おうとしているのかだけは、ゼツにも理解できた。絶対に言いたくなかった。けれども、自分の口なのに、止まらなかった。


「一緒に、死のうって。俺が、魔王を、殺せば、魔族の皆は、俺を、憎む。そしたら、皆を、守れるし、俺も、死ねる」


 そう言った瞬間、シュウとミランは悔しそうに目を伏せ、ケアラは驚いた顔をみせた。ゼツの言葉は、自分達を守ろうとしていただけではないということを意味していた。先程、自分が死ぬかもしれないのに、剣の先を魅入るように見つめていたゼツの行動の理由が、少しずつ見えてくる。


「なあ、ゼツ。ゼツは……」


 シュウは一瞬、一つの言葉を口に出せなかった。その質問の答えを聞くのが怖かった。けれども、聞かなければならなかった。


「ゼツは……、死にたいのか……?」


 シュウの質問に、ゼツは手で口を塞ごうとする。そんなゼツの手を、シュウは無理矢理どかせて押さえつけた。

 ゼツの口が、震えながらもゆっくりと開いた。


「死にたい」


 なんで。どうして。そんな感情が、三人の心を掻き乱す。魔王と約束したのは、アリストの森に入るよりも前の話のはずだった。イエルバでも、ビスカーサでも、魔王の元から帰ってきてからも、ゼツは変わらない笑顔だった。確かに、少し様子がおかしい時もあった。けれども、死にたいなんて思っているなんて、そして本当に死のうとするなんて、誰が想像していただろうか。


「ゼツ」


 ミランは出来る限り優しい声で、ゼツに問いかける。


「どうしてゼツは、死にたいの?」


 知りたかった。いつも笑顔で太陽という言葉が似合うゼツが、どうしてこんなにも思いつめていたのか。そして助けたかった。今までゼツが皆にしてくれたように。


「わから、ない」


 けれども、ゼツの口から出たのは、そんな言葉だった。


「ずっと、死にたかった。こんな、気持ち抱えて、生きたく、ない。俺は、出来損ない、だから。だから、これ以上、誰かに迷惑かける前に、死にたい。俺は、死ななきゃ、いけない」

「ゼツ……? なにを……」

「ミランさん。それ以上しゃべらないでください。回数がわからなくなります」


 ミランが言おうとした言葉を、ケアラは厳しい声で止める。色々聞きたいことはあったが、下手に言葉を発して、質問回数がうやむやになってはいけなかった。

 そんなミランの様子を確認して、ケアラが口を開く。


「これで、4つ目の質問になりますね。ゼツさんは、いつから死にたいと思っていたのですか?」


 それは、死にたい理由がわからないと言ったゼツに対して、原因を特定するための質問だった。いつからなのかわかれば、その時期に起こったことが原因だろうと予測できた。

 ゼツは、もう諦めたように、力無く口を開いた。


「覚えて、ない」

「えっ……?」


 ゼツの答えに、三人とも血の気がさっと引くのがわかった。魔族に連れて行かれた時に何かあったのならば、或いは幻覚魔法にかかったことが影響しているのであれば、魔族に連れて行かれた時と答えただろう。そうでなくても、旅の途中で何かあったのならば、いつからそう思うようになったのかは覚えているはずだった。


 出会った時から、笑顔が印象的なゼツだった。太陽みたいに明るくて、気遣いも完ぺきで優しくて。だからゼツが仲間になっただけで、その場が明るくなった。

 そのくせどうしてか自分への好意には疎かった。少し楽観的なのか、伝説の剣を自分の腕に突き刺そうとして剣の力を試そうとしたり、何が大丈夫なのかわからない時から猛毒を受けて試したり……。


 パチン、パチンと欠けていたパズルがハマっていく。自分たちが少し楽観的だと思っていたゼツの行動が、優しいと思っていたゼツの行動が、全て歪な形で繋がっていく。


「ねえ、ゼツ。どうして、あたし達の旅に付いて来たの?」

「いつか……、その剣で、死ねたらいいな、って……」


 最初から、ゼツはおかしかったのだ。そのことに、これだけずっと一緒にいて、誰一人気付かなかった。こんなにも沢山ゼツに貰ったのに、こんなにもゼツが思いつめて苦しんでいたことに気付けなかった。そんな事実が苦しくて、三人とも息が出来なかった。


「シュウさん。ミランさん。これから、私が大丈夫だと言うまで、絶対に何も話さないでください」


 ケアラが、声を震わせながら言った。そして、ケアラは鞄の中から解除薬を取り出す。


「ゼツさん。今からこれを飲ませます」


 シュウに押さえつけられたまま体を動かせないゼツは、飲むことを拒否するように顔を背けた。


『それ以上質問すると、廃人のようになってしまう可能性がありまして……』


 ケアラが昔言った、そんな言葉をゼツは思い出していた。そんなゼツを、ケアラは涙を堪えながらも厳しい目でゼツを睨む。


「これを飲まなくても死ぬことはありません! 寧ろ解除薬を飲まずに廃人のようになれば、誰かに迷惑をかけながらでしか生きられなくなるんです!」


 ケアラの言葉に、ゼツは怯えるような顔でケアラを見た。そして、諦めたかのように口を開く。そんなゼツに、ケアラも言いたい事は沢山あった。けれども、ケアラはただ黙って、ゼツに薬を飲ませた。


「ゼツさん。今の自分の状況を言えますか?」

「自分の、状況……? えっと……」


 ゼツの頭は、靄がかかったようにぼんやりとしていた。すぐに、言葉が出てこない。そんなゼツの様子に、ケアラはホッと息を吐く。


「無条件に答えない事を確認。シュウさん、ミランさん、もう自由に話しても大丈夫です」


 ケアラの言葉に、けれども、誰も何も、暫く話すことはできなかった。

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