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65.望んだ幸せと気付いた絶望

『願いを込めながら付けて、それが自然に切れた時に願いが叶うんだって』


 そんなミランの言葉が、ゼツの頭の中に蘇った。今切れたのは、自然に切れたと言えるのだろうか。ミランはずっと笑顔で、幸せになれるのだろうか。願いは叶うのだろうか。


「あっ、すまない……」


 ゼツにとって大切なものであるはずのそれを切ってしまったシュウは、動揺して一瞬動きが止まる。その隙をゼツは見逃さなかった。


『これが希望となってゼツを助けられますように、ゼツが幸せでありますようにって願いながら編んだわ』


 これがゼツにとっての希望なのだとしたら。その糸が切れた先に自分とミランの幸せが待っているのだとしたら。


 それならもう、頑張る必要は無いじゃないか。


 ゼツは体制を立て直し、シュウに向かって思いきり剣を振り下ろす。そんなゼツに、組紐が切れたことに気を取られていたシュウは、本気の反応をせざるを得なかった。

 シュウの剣が、ゼツの剣を思い切り弾く。ゼツはその力に思わず剣の手を離し、ゼツの剣は遠くに飛ばされた。その瞬間、ゼツは背中に背負っていた伝説の剣を取り出し、シュウに向けた。


「おまえ、何を……」


 シュウは動揺しながらも、自分に剣を向けてくるゼツに対応せざるを得なかった。けれども、ゼツにはその重い剣を扱えるほどの力はない。それは、シュウも、そしてゼツ本人もわかっていた。


「ゼツ……? もうやめよう? な……?」

「なんで? シュウが言ったんじゃん。自分を倒してみろって」

「だって、おまえは……!」

「俺は魔族側に付いた。シュウの家族を殺した魔族側に。シュウこそいいの? 俺をどうにかしないと、シュウの大切な人がまた殺されちゃうよ?」


 そう言ってゼツはチラリとケアラを見る。その瞬間、ゼツはシュウが強く剣を握り直す所を見た。

 そうだ。それでいい。怒り狂えばいい。無事剣を完成させたのだから、魔族の皆なら自分なんかいなくても、剣を奪うぐらいはできるだろう。


 だから、ビスカーサでラスに向けた怒りと同じ怒りを、俺に。


 シュウは思い切りゼツに剣で切りかかった。今までシュウの剣からは受けたことが無いような重量が、ゼツの持つ剣にのしかかり体ごと押される。けれども、これではシュウがいくら優勢でも、ゼツに傷一つ付けられない。

 シュウが一歩引いた瞬間、ゼツは攻撃を仕掛ける。ゼツはシュウと違い、いくら全力の攻撃を受けた後でも、休憩無しで攻撃を仕掛けられる。けれども、重い剣を自由に扱えるかと言われれば別だ。なんとか両手で振り回した剣を、シュウはあっさりと避ける。

 そしてシュウはゼツの持つ剣の柄の部分を、シュウの持つ剣で叩き付けた。思わず、という理由を作って、ゼツはその剣を手放した。


 瞬間、シュウは自分の持っている剣を捨て、ゼツの持っている剣を奪う。そして、シュウはゼツを押し倒すような勢いでゼツの肩を掴み、もう片方の手で、奪った剣をゼツに向かって振り下ろした。

 きっとこの剣なら自分を殺してくれる。そう思うと、ゼツは嬉しくて仕方なかった。やっと救われる。やっと幸せになれる。

 これがゼツにとっての希望だった。ゼツは魅入られたように、シュウが振り下ろす剣の先を見つめた。


 ザクリと、何かを刺す音が夜の闇に響いた。ゼツはシュウに押されるまま、地面に倒れ込む。けれども、ゼツの望んだ痛みは来なかった。


「なん、で」


 目の前に見えるのは、動揺しながらもゼツを見つめるシュウの瞳。隣を見ると、地面に深く突き刺さった剣がそこにあった。


 ポトリ、と何かがゼツの頬に落ちる。それがシュウの涙だと気付くのに時間はかからなかった。


「シュウ……?」


 ゼツは思わずシュウの頬に手を伸ばした。


「なんで、泣いて……」

「ゼツ」


 シュウは、止まることのない涙を拭くこともしなかった。ただずっと、シュウはゼツから目を離さず見つめた。


「頼むから教えてくれ……。おまえが、剣を盗んだ理由を……」

「……っ。裏切った事に、理由なんている……?」

「頼む、頼むから……!」

「……魔族のやり方に惹かれた。ただ、それだけの話で……」


 ゼツの言葉に、シュウは悔しそうに唇を噛み俯いた。そしてゼツを押し倒している肩を、強く掴む。


「ケアラ」

「は、はいです」

「自白剤、持っていただろう。あれを、ゼツに使う」


 シュウの言葉に、ゼツは目を見開いた。シュウ達には、絶対に見せたくない心の中がゼツにはあった。


「つ、使う意味なんてないでしょ? 俺は皆を裏切った、それだけだから……」

「それなら、使おうが使わまいが、おまえにとっては関係ないはずだろう? ケアラ、頼む」

「ま、待ってください。私はまだ、ゼツさんを仲間だと思っていて、仲間に使うのは……」


 ケアラは、助けを求めるようにミランを見た。けれどもミランもまた、涙を堪えたような顔でゼツを見つめた。


「ごめん、ケアラ。あたしは賛成。そうじゃないと、取り返しの付かないような事になる気がするの」


 ミランもまた、ハッキリと見えていた。何かに魅入られたような、今まで見たことのない幸せそうな顔で剣の先を見つめる、ゼツの姿を。そして、シュウがゼツを殺さなかったとき、絶望した顔を見せたゼツの姿を。

 怖かった。ゼツが何を求めていたのか、理解するのが怖かった。けれども理解しないと、もう二度とゼツには会えない気がした。


 ミランの言葉を聞いて、ゼツはなんとか逃れようと暴れた。けれども、ゼツを地面に押さえつけているシュウの力に、ゼツは敵うはずがなかった。

 暴れるゼツを押さえつけながら、シュウは寂しそうな顔で笑う。


「やっぱり、まだ何か隠しているんだな。ゼツは」


 そう言ったシュウを見て、ケアラも震える手で鞄から白い薬を取り出した。


「質問は、5つまでです。それ以降は、私が良いと言うまで誰も一言も話さないでください。後の処理は私がやります」


 そう言って、ケアラは自白剤をシュウに手渡した。

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