63.苦しみとさよなら
ミランの家に着いても、3人ともゼツをどうして良いのかわからなかった。一人になりたいのであれば、一人にさせてあげたかった。けれども、今のゼツを一人にさせるのも怖かった。
そんな中、口を開いたのはシュウだった。
「ゼツ。ゼツはもうこのパーティーを抜けてもいいと思う。もう、限界だろう?」
シュウの言葉に、ゼツは目を見開いた。もうおまえはいらないと、シュウから告げられた気がした。
ミランもケアラも、シュウの言葉に頷く。
「あたしも、その方が良いと思う。もう十分、役割は果たしてくれたわ。元々情報だけでもって思ってたのに、ゼツに頼り過ぎちゃった」
「そうですね。今の状況を考えると、私もゼツさんは戦いから抜けて、安全な所にいた方が良いと思います」
「もう、戦うのも辛いはずだ。安心しろ。皆死なない方法を考えていくつもりだ」
3人とも、ゼツの事を思って出た言葉だった。けれどもゼツにとっては、幻覚魔法で見た光景が現実でも再現されたようで、息が出来なかった。
おまえはお荷物だ。足を引っ張るやつなんていらない。幻覚の中で聞いた声が、ゼツの中で3人の言葉に重なった。
「俺、は……」
「ねえ、ゼツ。ゼツがあたし達を守ってくれようとしてるのはわかってるわ。けれどもこれ以上は、ゼツ自身が危険だと思うの。命は無事でも、これ以上はゼツがおかしくなっちゃう。そんなの、あたしは嫌よ」
ミランの言葉に、シュウも頷く。
「俺達がこれからどうするかは決めていないし、国との話し合いにもなる。けれども、少なくともゼツだけは何とか国に掛け合って、ゼツを保護してくれるよう頼みたい。今のままじゃ、ただ家に帰すだけでも危険かもしれない。けれども俺達じゃ守れない。だから……」
嫌だ。まだ皆と一緒にいたい。そう言おうと口を開いて、言えずに閉じた。
もうすぐ剣を盗まなきゃいけないのに、何を言おうとしているのだろう。結局ずっと一緒にいれないのに、おまえは不要だと言われているのに、どうして我儘な事を言おうとしているのだろう。
魔族のみんなからは、焦らず安全なタイミングで剣を盗んでいいと言われていた。可能なら、逃げるための作戦を立てるために、次の行動も探って来て欲しいと。それを口実に、もう少しだけ皆といたかった。けれども皆が自分の事をいらないと言うのなら、これ以上迷惑をかける前に早くどこかに行かないと。
我儘なんて言えるはずもなかった。嫌だと言っても、きっと優しい皆を困らせるだけなのだ。
「ちょっとだけ、考えさせて……」
ゼツはなんとか、それだけを言った。考えている時間、これがきっと皆といれる時間なのだろう。その間に、剣を盗まなきゃいけない。そうでないと、皆を守れない。そして、剣が無いと死ぬことができない。
「わかった。ゼツ。まだ一人になりたいか? それとも、誰か一緒にいた方がいいか?」
シュウの優しい言葉に、また一瞬だけ誰かに縋りたい気持ちが顔を出した。けれども、一緒にいればいるほど、また迷惑をかけてしまうこともわかっていた。今は“いつも笑顔で元気をくれるゼツ”になれなかった。
「一人が、いい」
「そうか。わかった。俺達は向こうの部屋で休んでくる」
そう言って、シュウ達は立ち上がった。そして、奥の部屋へと消えていく。
と、ミランがゼツをチラリと見る。なんとか一瞬だけでもいつもの自分でいようと、ゼツは無理矢理笑顔を作った。けれどもどうしてか、ミランは寂しそうな顔をして、そして部屋から出て行った。
一人になっても、ゼツの中の苦しい感情は消えなかった。寧ろ、誰もいなくなったことでどんどん苦しみは膨らんで、思わず自分の腕を強く掴んだ。けれども痛みすら感じない。傷みを感じれば一瞬でも気は紛れるのに、今はそれすらできなかった。
それでも、涙だけは出なかった。いっそのこと思い切り叫んで泣けたらいいのに、シュウ達に聞こえてしまうと思うと、喉の奥で全てが止まってしまった。
気付けば、外は真っ暗に染まっていた。もう皆寝てしまっただろうか。ぼんやりと庭を見れば、綺麗に手入れされたはずの花は散り、荒れていた。
『おまえはいつまでそうしているの?』
と、突然聞こえた声に、ゼツは思わず振り向いた。
『剣を盗むのがおまえの役割でしょう? なのに、いつまでそうしているの?』
自分はまだ幻覚の中にいるのだろうかとゼツは思った。欠片を取ってから戻るとき、自分を化物だと罵った声に似ている気がした。
『ほら、剣は無事完成したよ。これでおまえはいつでも死ぬことができる。おまえのその苦しみも、死んだら全部消えるよ。そして、迷惑なおまえがいなくなって、皆喜ぶんだ』
ふと、伝説の剣がゼツの視界に入った。いつもはシュウが寝る時にもそばに置いているはずだった。今日は忘れたのだろうかとゼツはぼんやりと思う。
フラフラとゼツはその剣の所に近付き、思わず手に取った。
手に取った感触は、冷たくて重くて、これはちゃんと現実なのだとゼツは思った。紫色の神珠は、欠ける事なく柄にはめられていた。ゼツはその剣から目を離すことができなかった。
これは自分を殺してくれる剣。全てを終わらせてくれる剣。痛いのだろうか。苦しいのだろうか。けれども、その痛みも苦しみも終わりが来る。そうすれば、二度と何も感じない。
心臓が煩く鳴っている。この苦しみを早く終わらせてしまいたい。今すぐ死んでしまいたい。けれども、こんな所で死ねば迷惑がかかる。ミランの大切な場所を、自分の死で穢したくなかった。
ゼツは剣を取って、ミランの屋敷を飛び出した。