61.混乱と落ちる
「ミラ……、ン?」
突然の冷たいミランの言葉に、ゼツは動揺を隠せなかった。
「俺、何かした……?」
ゼツの言葉に、ミランは苛立ったような顔でゼツを睨む。
「今はあたしも余裕ないの! こういう時ぐらい、あたしに頼らないで何とかして!」
「あっ、ごめ……」
きっと自分が思うより、ミランに甘え過ぎていたのだろうとゼツは思う。出来損ないの自分の事だから、無自覚に迷惑をかけてきたのを、ミランはフォローしてくれていたのだろう。
ずっと、少しはミランの役に立てているのではと思っていた。けれども、本当はそんなことなかった。それを理解したとたん、ゼツは申し訳なさと恥ずかしさで頭がぐちゃぐちゃになる。
そんなゼツを見て、ミランは大きくため息をついた。
「ゼツを連れて行くのは、もういいんじゃない? とりあえずの役割は果たしてくれたわけだし」
ミランの言葉に振り向いたシュウとケアラも、冷たい目でゼツを見ていた。
「確かにそうですね。もう今の状況を考えるとお荷物でしかないですから、置いて行ってもいいのではないですか?」
「そうだな。戦えないだけでなく、足を引っ張るやつなんていらないだろう」
3人はそう言って、ゼツの前から去っていく。そんな3人の背中に、ゼツは足が動かなくなる。
「皆、ごめん……、ごめんなさ……」
「ゼツ!!」
ミランの叫び声と共に、ゼツは目を覚ました。目の前に見えるのは、自分を抱きしめるミランと、心配そうにゼツを覗き込むシュウとケアラ。ようやく、ゼツは自分が幻覚に飲み込まれたと理解する。
「あっ、俺……」
「良かった。気が付いて……」
ミランの心配そうな顔に、少しだけ安心してしまうゼツがいた。けれども、まだ息は苦しくて、そしてこれは本当に現実なのかと怖くなる。
そんなゼツの様子を、シュウは不安そうに見ながらケアラに尋ねた。
「しかし、こんな短時間で深くかかるものなのか?」
「私でもわかりません。森全体にかけるような空間にかける魔法は、実際よりも効果は弱まりますし……。仮説としては、ゼツさんは一度深くかかって、かかりやすくなっているから。或いは、もともとかかりやすい状態だったから……」
「俺は大丈夫だから!」
ケアラの言葉に、ゼツは思わず叫んだ。先ほど、幻覚を見ている時ではあるが、お荷物だと言ったケアラの言葉が頭の中でぐるぐると回った。
「もう大丈夫だから! 俺は大丈夫! だから、欠片取りに行こう!」
「ゼツ! 落ち着け! わかった! わかったから!」
誰もが、ゼツがおかしいことに気付いていた。けれども、いるだけでも危険なこの森の真ん中で、最善の方法はわからなかった。
「難しい所だな。ミランがいないとゼツが危険だが、欠片を取るのもミランの魔法が必須。この道を戻る事を考えると、いっその事欠片を早く取ってしまう方がいいのか……」
「本当は、ゼツさんを早く森から出したいですけど……」
「俺は本当に大丈夫なんだって!」
そうゼツは叫んで、一人で進み始めようとする。怖かった。本当に自分がお荷物だと言われることが。足手まといだと言われることが。自分のせいで迷惑かけて、おまえはもう不要だと言われることが、怖かった。
「待って!」
そんなゼツを、ミランは慌てて呼び止める。
「ミラン、俺は大丈夫……」
「そうね。わかってるわ。あなたは大丈夫。でも、良かったらあたしと手を繋いで?」
そう言って、ミランは手を差し出す。その瞬間、思い出すのは触らないでと言った幻覚の中のミラン。ゼツは恐る恐る、ミランに手を伸ばす。温かいミランの手が、ゼツを少し安心させた。
ミランはそっと、もう片方の手でミランの作った組紐に触れる。
「ごめんね? 勝手にこれが希望だって渡して」
「あっ、違っ……」
少し申し訳なさそうにするミランに、ゼツは慌てて言った。
「これ、だと、ミランが生きてるかわからない、から……」
「そう。じゃあ今はわかるかしら。あたしは無事。あたしは死なない」
そんなミランの言葉と温もりに、ゼツは少し冷静を取り戻す。そして目に入ったのは、三人の困惑した顔。
「皆、ごめん。俺、どうかしてた……」
そう言ったゼツに、三人ともホッとした顔を見せた。そんな三人を見て、幻覚魔法にかかっていない時すら自分の言動が困らせていたのだとゼツは察する。
「多分、こうしていれば落ち着いたから、進むで大丈夫だと思う」
「わかった。でも、無理そうなら言ってくれ」
「わかった」
今度は冷静に伝えると、シュウ達も優しい顔で頷いてくれた。ミランが歩きやすいように、ゼツの手を握り直す。
「ミラン、ごめんね?」
ゼツはミランにそう言った。
「あたしもこっちの方が安心するわ。だからお互い様ね」
「ありがと。ほんと、ごめん」
気を遣ってミランがそう言ってくれたことも、ゼツはわかっていた。それがまた、申し訳なくなる。
そして歩き始めれば、またチカチカと幻覚がゼツを襲い始めた。迷惑かけてばかりだと、おまえはもう不要だと、誰かの声でゼツを罵倒する。それでも手を引くミランの温もりを頼りに、ゼツは足を動かした。
なんとしても、欠片を取らなければいけなかった。皆を守るために、欠片を取らなければならなかった。
『ほんと、どうしてこんな化物みたいな体質なのかしら』
幻覚の中のミランがゼツに言う。
『いっそ早く死んでくれたら、あたしもこんな面倒見なくていいのに』
ああ本当に、早く死んでしまえれたらいいのに。