60.信用と作り物
それから、ゼツ達はミランの家に戻った。一息付いたところで、シュウが口を開く。
「正直、俺は何が正しいのかはわからなくなっている。けれども、少なくとも欠片だけは取りに行きたいと思っている」
その言葉に、ミランも頷いた。
「少なくとも、スイはニュークロス家だけじゃなく、アリストの人達を恨んでいそうだったわ。復讐のために置かれた欠片をこのままにして、無関係な人を巻き込みたくない」
「復讐に生きている者は、感情に飲み込まれて何をしでかすかわからないからな」
そう言いながら、シュウは自分の手を見つめた。ビスカーサでの出来事は、シュウにとって二度と繰り返したくない過ちとなっていた。
「じゃあ、俺とミランで取ってこようか?」
シュウの言葉の意味を唯一理解していないゼツが、脳天気な顔で言う。ゼツ自身は、絶対にスイ達が襲って来ないことを知っているから、気楽な気持ちで構えていた。
「いや、4人で行こう」
けれどもシュウは、低い声でそう言った。
「スイはああ言っていたが、実際の所は俺達を油断させるつもりかもしれんしな。本当は騎士団にも同行を依頼したいが、そういう状況でもないだろう」
「あたしも賛成。申し訳ないけど、あたし一人でゼツを守りきれる自信は無いわ」
「本当はゼツさんは安全な所にいて欲しいですが、一人で待たせるのも危険かもしれませんし……。実際、あの森にも長くいる事は避けたいとなると、ゼツさんに頼った方がスムーズって事もありますが……」
あまりに深刻になってしまっているこの状況に、絶対に大丈夫だと知っているゼツはなんだか申し訳なくなる。皆を安心させるように、ゼツはへらりと笑った。
「まっ、まあ、俺は何されても死にはしないから……」
「おまえが一番狙われていることを、いい加減自覚してくれ!」
突然大声を上げたシュウに、ゼツの体はピクリと震えた。シュウはゼツの腕を掴み、ゼツに詰め寄った。
「今日だってそうだ! 俺達だって、騎士団の所へ誘導する考えはあった! おまえがやらなくても、俺達だってできた! どうして俺達を頼らない! どうして俺達を信用してくれない……!」
シュウはゼツの腕を掴んだまま、震えながらゼツの肩に頭を乗せた。
「アビュが俺達を置いて消えたとき、ゼツが捕まったのかとどれだけ不安になったか……」
「ごめん……」
ああ、またシュウを怒らせてしまったと、ゼツは思った。もっと上手くやらなくてはいけない。ちゃんと上手く振る舞って、皆を守らなければいけない。きっと優しさに囲まれすぎて、気を抜きすぎてしまったのだ。
「ごめん、ちゃんと、次からは言うこと聞くから」
ゼツの言葉に、シュウは一瞬ゾワリとした。そうじゃない。そうなんだけど、そうじゃない。けれどもこの違和感をわかるための引き出しが、シュウにはなかった。
それはミランも同じように感じたようで、少し震えた声で言った。
「ゼツ。あたし達、ゼツが死ななかったらそれでいいわけじゃないのよ? いつも笑顔で元気をくれるゼツでいて欲しいの」
ミランがそう言えば、またゼツは作ったような笑顔を見せた。
「わかった。ありがとう」
ゼツが笑顔でいる理由は、自分の感情を表に出さないためだった。感情を出せば怒られた。自分の持つ感情はきっと人と違っておかしくて、悪いことなのだろうとゼツは思っていた。
『いつも笑顔で元気なゼツでいて欲しい』
ミランにそう言われた時、ミランからはそう見えているのだとゼツはホッとした。同時に、ミランからはそんなゼツを求められているのだとゼツは認識した。ミランから求められているのならば、そうならなければいけなかった。本当の暗い部分を見られて、ミランに嫌われたくなかった。
「ここね。入口」
その日、ゼツ達は欠片のあるアリストの森に来ていた。森の奥は紫色の靄に覆われていて、一歩踏み入れたら帰ってこれないのではという不安にも襲われた。
「いいか。これから何か良くないものが見えたら偽物だ。聞こえてくるものも、全部疑ってかかれ。いいな」
シュウの言葉に、三人は頷いた。ゼツも、幻覚魔法にかかった時の記憶を思い出しながら小さく息を吐く。今度はちゃんと、のみ込まれないようにしないといけない。ここでは、欠片を絶対に取らなければいけないのだ。そうでないと、剣は完成せず、皆を守ることも死ぬこともできなくなってしまう。
今だけは、弱い心を強くしてください。そしてミランを、皆を守らせてください。そう願いながら、ゼツは一歩踏み出した。
それから暫く歩いくと、シュウが大きく息を吐いてペンダントを握りしめた。
「何が来るか想像はしていたが、やっぱりきついな」
「何が見えたです?」
「一瞬だが、ビスカーサのあの日の光景が見えた」
シュウがそう言うと、ケアラも四葉のクローバーの指輪に触れる。
「私もです。私もイエルバの光景が見えました。動かなくなった、お父さんとお母さん。そして、シュウさんも」
ケアラがそう言えば、シュウもフッと笑う。
「俺もだ。ケアラが出てきた」
「それでも不思議です。シュウさんが出てくると、大丈夫だと思えちゃうんですよね」
「俺もだ。どうしてか動かないのに、安心する」
そんなやり取りを聞きながら、ゼツもなんとか歩いていた。チカチカと瞬くように、幻覚の世界と現実の世界が交互にゼツの目に映る。三人の死んだ光景が見えるたびに、何度も何度も生きが苦しくなる。
ミランに貰った組紐も、触れたところで変わらなかった。隣を歩くミランの足音だけが、ゼツを正気に戻してくれた。
何度も何度もミランが血を流す光景が流れる。大丈夫、これは偽物だと思っても慣れることはなかった。そしてどんどんミランが生きているのか不安になっていく。隣にいるミランも本当に生きているのかわからなくなって、ゼツは手を伸ばした。
「触らないで」
けれどもミランは、ゼツの手を振り払った。