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59.巻き込まれた者と大切なもの

 誰もが、突然の事実に茫然としていた。魔族が元は人間だったというだけでも、衝撃な話だった。けれども更にアリストが危険な状態となったのは、アリストでの権力者であるニュークロス家だとは誰も思わなかった。


「……とりあえず、シットを氷から出しましょう」


 最初にそう声に出したのはミランだった。ミランはシットを閉じ込めていた氷を、炎で溶かす。それでも動くことのないシットを、ミランはゆっくりと寝かせた。


「シットは、大切なものは騎士団の皆だって自分で言ってたわ。だから……」


 その言葉に、一人の騎士がおずおずと近づく。けれども触れて呼びかけた所で、反応するはずもなかった。ミランが言ったシットの発言を知っている者もいて、皆微妙な顔をしていた。

 そんなシットを見て、ミランは複雑な感情が溢れていた。シットの事は大嫌いだった。けれども、こうなって欲しいとは思わなかった。寧ろスイの話を聞いて、すぐに魔力の暴走をしてしまう自分と、シットの先祖を重ねた。一つ間違えたら、シットの先祖のような事をして恨まれていたのかと思うと、ミランは怖くなった。

 そんなミランの気持ちを察してか、ケアラがミランの背中にポンと触れた。


「少なくともミランさんは、誰も殺していないです。殺さないように生きてきた。私は、その違いが今に繋がっていると思いますよ」

「……そう、だといいわ」

「とりあえず、あいつの事は騎士団に任せよう。俺達は、やれることはやった」


 そう言ったシュウも、どこかぼんやりと、スイが去った空を見つめていた。


「俺達は、魔族を恨んで、魔族を悪として、そして二度とあの惨状を生まないため、旅をしてきたつもりだった。けれども、魔族もまた、人間を恨んでいるのだとしたら。そもそもそれがきっかけで、魔族になったとしたら。そうしたら、俺達は何のために戦っているのだろうな」

「一度、ちゃんと話し合えれば良かったのですけれども……」


 ケアラの言葉に、シュウは首を振る。


「話し合うには、魔族は人間を殺しすぎた。人間もまた、きっと魔族の大切なものを殺したのだろう。そして……」


 シュウは、動くことのないシットを見つめる。


「国もまた、もう魔族を野放しにはできないだろうな。噂がどう広がるかわからないが」


 シュウは、大きくため息をつく。


「とりあえず、ゼツを探さないとな。スイの発言を考えると、きっと無事だろう。……まあ、言いたい事山ほどはあるが」

「奇遇ね。あたしも、ゼツに言いたい事は沢山あるわ」

「私もです。今度からは、どこかに縛り付けても良いかもしれませんね」


 これらの会話は、ゼツには聞こえていなかった。けれどもどうしてか背中が一瞬ぞわりと震えた。




 ゼツ自身も、全てがシナリオ通りに進んだことに安心しつつも、複雑な感情が渦巻いていた。チラリと広場の方を見ると、ちょうどミランがシットを助ける所だった。ミランもまた、少し落ち込んだ顔をしているようにも見えた。

 それを見た瞬間、これで良かったのかという感情がゼツの中に流れ込んできた。この作戦は、シットに対する自分の黒い感情から思いついたものだった。きっとこれで、ニュークロス家はアリストで威張れなくなるだろう。寧ろアリストを危険に晒した家として、後ろ指を指されるかもしれない。しかもシットは、永遠に絶望の中だ。

 最初は、ざまあみろと思った。けれどもミランの顔を見た瞬間、ミランはここまでを望んでいなかったのだと知った。その瞬間、感情に任せて自分は人を殺したのだと知った。この醜い感情を誰にも知られたくなかった。


 けれども、いつまでも建物の陰に隠れてはいられない事もわかっていた。ミラン達がゼツを探し始めた事にもすぐに気付いた。いつまでも隠れていて、迷惑をかけるわけにもいかないだろう。


「皆……!」


 ゼツは皆の姿を見つけたというように、建物の陰から飛び出した。


「良かった! 無事で……」


 そう言った瞬間、3人はギロリとゼツを睨む。


「あれ……? 皆、どうし……」

「ゼツ。あたし、絶対出て行っちゃダメって、言ったわよね」

「最前線で戦おうとするなって言ったよな」

「実際、スイさんがゼツさんを狙っていたことも、聞こえていましたよね……?」


 じりじりとゼツに近づく3人に、ゼツは一歩後ずさる。


「でっ、でも、スイとアビュを引き離せたでしょ? それに、俺も最前線で戦うつもりじゃなくて、騎士団の方に連れて行こうと……」

「おまえはもう、完全に無敵ではないのだぞ!」

「でっ、でも、皆と違って死ぬわけじゃ……。そっ、それに、ほら! 今はもう、ちゃんと幻覚対策もあるし!」


 そう言ってゼツはミランから貰った組紐を見せる。実際これで大丈夫なのかはわからない。今回は、スイとの作戦があったから上手くいっただけ。けれども、そうでも言わないと、どうしてか物凄く皆に怒られる気がした。

 そんなゼツの言葉に、シュウは不安げにゼツを見る。


「俺達は、ゼツを巻き込み過ぎてしまったみたいで、申し訳ないんだ。俺達は自らこの旅に出る事を決めた。でも、ゼツは……」

「そんなこと言わないでよ。今更でしょ? それに、誘われて、旅をするかどうか決めたのは俺。そもそも俺にとっての一番の絶望は何か、知ってるじゃん。皆だって命かけてるんだから、俺だって命ぐらいかけるよ。皆生きて欲しいから、そのためにはなんだってする」


 実際ゼツの言葉はその通りで、生きて帰れる可能性が低いから、生きて帰れる可能性の高いゼツに同行を頼んだはずだった。確かに三人も、命をかけて戦ってきたはずだった。

 でも三人とも、少しずつゼツに違和感を覚え始めていた。三人のために自分が死ねと言われたら、躊躇なく死のうとするのではないかという恐怖。

 三人とも、命をかけていたとはいえ、自分が死ぬことも怖かった。けれどもゼツには、それを感じなかった。


「もう、無茶はしないで。あたし達だって、ゼツに元気なまま生きて欲しいのよ」


 ミランがそう言えば、一瞬ゼツは驚いた顔を見せる。どうしてそんな顔をするのか、ミランにはわからなかった。けれどもその理由を問う前に、ゼツはまた張り付けたような笑顔を見せるのだ。


「ありがとう。ミランは優しいね」


 さっきゼツが言った言葉をそのまま返しただけなのに、そんな事を言うゼツに、ミランは少し怖くなった。

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