57.想定外と想定内
作戦の日は、すぐにやって来た。待機をするゼツやミランの隣で、シュウとケアラが行く支度を進めていた。
「ねえ、ケアラ」
支度をしているケアラに、ゼツは声をかける。
「逃げるのに便利な薬品って無い? 爆発系とか、煙幕系とか……」
「どっちもあるですよ! 良かったらいりますか?」
「お願いしていい? 俺、魔法使えないから、見つかった時に逃げ切れないかなって思って」
「勿論です!」
ゼツがそう言えば、ケアラは快く薬剤をくれた。これは、スイとの計画通り。ゼツ自信、ケアラの持つ薬剤にどんなものがあるかは、以前見せて貰ったときに把握していた。
「それでは行ってくる。俺達は事前に下見した所から森入る予定だが、騎士団側の動きは読めないからな。もし戦いが見えたら迂回してくれ」
「りょーかい」
「わかったわ」
実際、シュウ達が森に行くことは無いだろう。だって、扉を開ければ、
「エナジードレイン」
アビュとスイが待っているのだから。
「あははっ! 勇者見っけ!」
綺麗に整えられていたはずの庭が、一瞬で死の花で埋まり、真っ赤に染まる。ミランの両親には申し訳ないが、ミランを守るためだから、きっと許してくれるだろう。
開いたドアの先で、シュウとケアラがしゃがみ込んでいるのが見える。勿論、耐瘴気の加護はつけていた。だから、舗装されている道の上ならば動けただろう。けれども、花が咲くためにあるミランの庭であれば別だ。
「あの不死の奴はどこだ。生き延びた事は知っている」
そうスイはシュウとケアラに向かって言う。これで、“ゼツは魔族にとって一番の脅威”というシュウ達の仮説が当たったことを意識付けられるだろう。
「ゼツ。絶対出て行っちゃだめよ。狙いはゼツなんだから」
ミランは、辛そうな顔をしながらも、隣にいるゼツにそう言った。まだ死の花に囲まれていないミランは、動くことができる。
「わ、わかった」
「約束よ。あたしが守るから」
ミランはそう言って、飛び出して行った。
「ブラスト!」
ミランの魔法の爆風で、死の花は散る。その瞬間、シュウもケアラも動けるようになり、舗装された道へと出た。そして、戦闘が始まる。
けれども、シュウ達の実力では、スイとアビュ二人に勝つことができない。特に100年以上生きていたスイの魔法は威力が高い。アビュも、最上級の魔法を連発しなければ、魔力は無限に出る。三人は、攻撃を避けるか受けて流すかで精一杯だった。
「奴を出せ。そうすれば、命だけは助けてやろう」
それは、スイからの合図だった。
「ふざけないで! ゼツは絶対に渡さないんだから!」
聞こえてくるミランの言葉に、ゼツの心はまた暖かくなる。だからこそ、なんとしてでも守りたかった。
ゼツは屋敷を飛び出した。
「俺はここだ!! 皆には手を出すな!!」
そうゼツは叫んで、シュウのいる所とは反対側に駆け出した。
「くそっ、あの馬鹿!」
シュウがゼツを守ろうと、ゼツに向かって走り出す。
「アイスウォール」
スイはそんなシュウをゼツと分断するように、氷の壁を作った。後ろからはアビュからの攻撃があり、きっとすぐには壊せないだろう。
「アビュ。俺は奴を追う。そちらは任せた」
「仕方ないなあ」
壁を作る行為も、アビュとのやり取りも、ゼツが目的の場所へと近付きやすくするため。
空を自由に移動できるスイは、一瞬でゼツに追いつく。氷の壁に視界が阻まれ、シュウ達からは見えていないはずだから、スイはゆっくり向かっても良かった。けれども、誰に見られているかもわからない。これは誰にも気付かれてはいけない作戦なのだ。
スイが来た瞬間、ゼツは先程貰った煙幕の出る薬を撒き散らす。そうして、その隙に身を隠す。そうすればスイはゼツを空から探しながらまっすぐ進み、とある所へ辿り着く。
そこは、シットを含む騎士団が待つ所。
「おい」
スイは集まっている騎士達に問いかける。
「茶髪の、後ろで髪をまとめたゼツという男を知らないか」
茶髪で肩上まで伸びた髪のハーフアップ。それがゼツの特徴だった。ここまで言えば、少なくともシットは、あの夜会ったゼツの事だと気付くだろう。
スイの存在に気付き、警戒体制に入る中、シットがスイを睨む。
「そいつがどうした」
「隠しているなら出せ。そいつを始末する必要があってな」
勿論、ゼツは騎士団のいる所へは行かずに身を潜めている。シットの性格を考えると、何かあればゼツを差し出す可能性があった。もし差し出されれば、スイもゼツを攻撃する必要があり、ゼツが危険になる。それだけは避けたかった。
「知らねえな」
「こちらに来たことは知っている。お前たちは勇者の手下なのだろう? 奴を匿うというなら容赦はしない」
その言葉に、シットは眉をぴくりと動かした。
「ハッ、この俺がが勇者の手下? 笑わせんな」
シットがそう起こる事も想定済。寧ろ、手下だと言えば怒ることも容易に想像がついた。
「俺の名前は、シット・ニュークロス。この国の騎士をまとめる騎士団長の息子だ! 勇者やあの化物より、何倍も何百倍も強くて偉い男だ!」
そして勿論、怒れば肩書を含めて名乗る事も想定済。これで、スイは正式に、シットがニュークロス家だと知ることになる。
「ニュークロス……? そうか」
スイはフッと笑う。
「気が変わった。お前から始末する」