56.嘘つきと残された人
騎士に両親を殺された。そう言ったスイの言葉に、ゼツは驚いてスイを見た。
「それは、どういう……」
「もう百年以上前の話だ。騎士団長の息子の魔力が暴走して、俺の母が死んだ。けれども騎士団長や上のやつらはそれを揉み消し、無かったことにした。絶望した父が、母の後を追って死んだ。それだけだ」
そう言って、スイはどこかに向かって歩き始めた。そして立ち止まったのは、古く苔で覆われた、けれども定期的に掃除がされているような墓石の前だった。スイは、その墓石に手を伸ばし、優しく撫でる。
「俺も、実はアリスト出身だ。そしてこれは、俺の父と母の墓だ。ロウ様に駄目だと言われたのに俺がここに欠片を置いたのは、おまえも知っているだろう? 俺は、復讐のために置いた」
「……復讐はうまくいったの?」
「いや、まったく」
スイは静かに首を振った。そして自分の手を見る。
「一部のやつらはロウ様に力を貰った時に殺したさ。何度訴えても聞いてくれなかった奴らに牢屋に入れられそうになったとき、ロウ様がいらしてくれて力をくれた。けれども肝心の騎士団長やその息子は、安全なところに逃げてのうのうと生きて、幸せな家庭を築いていた。俺には何も無くなったのに。ぐちゃぐちゃにしてやりたかったが、これ以上は魔族が危険に晒されるとロウ様に止められた」
「今でも、復讐したい?」
「そうだな。間違いなく復讐したい気持ちは残っている。勿論、魔族の暮らしの平和が一番なのはわかっている。けれども、気持ちは消えない。そして、父の事もまだ、許していない」
スイはそう言って、困ったような顔でゼツを見た。
「嘘つきな父だった。散々俺の事を大切だと言っていた癖に、大丈夫だと言ったくせに、あっさり俺の事を置いて死んでいった。残された人の事を考えない、最低な父だった」
スイの言葉に、まるで自分に言われたようでゼツの心はざわめいた。自分が死んだら、こんな風に思われるのだろうかと怖くなった。
けれども同時に、別の自分がゼツを叱る。スイの父親とゼツは違うと。自分の命は、元々必要とされなかった命だから、生きるだけで迷惑をかけてきた命だから、いいのだと。
何が正解なのか、何が間違っているのか、わからなくなっていく。そして、そんな自分をまた、嫌いになっていく。
「すまない。ここまで話す予定なんてなかったはずなのだが。……おまえは俺の話を否定しないでいてくれるから、受け入れられている気がして、安心して話してしまうのだろうな」
何も言えないでいると、スイがぽつりとそう言った。
違う、そうじゃない。ただなんて言えば良いかわからないだけ。何もわからない自分が、余計な事を言って困らせたくないだけ。けれども、そんな本音を話す勇気すら、ゼツには無かった。
「俺はただ聞いてただけ。でも、安心してくれたなら、良かった」
「おまえの話もいつでも聞くぞ。ラスも、アビュもおまえの事を気にしていた」
「そっか。大丈夫だよってお礼言っておいて。それより、残りの作戦を再確認しよう」
スイもまた、ラスが以前言っていた通り、ゼツから線を引かれたことに気付きはした。けれども、スイ自身、まだゼツにどこまで踏み込んで良いのかわからなかった。ただゼツの姿が自分の父親と重なって、スイは少しだけ怖くなった。
「なあ、おまえ……。本当に大丈夫か?」
「何が?」
「何がって。まるで何かを一人で抱え込んでいるような……」
ゼツの目が一瞬泳いだのを、スイは見逃さなかった。
「やっぱりおまえ、何か……」
「大丈夫。本当に、大丈夫。大丈夫だから」
「だがしかし……」
「今の優先順位は作戦の成功でしょ? 魔族の皆を守らなきゃ」
そうゼツに言われてしまえば、スイはそれ以上何も言えなかった。スイとゼツは、まだ出会って日が浅い。しかも敵同士だったのだ。そんな相手に心を開けと言うのも無理な話だろう。
「わかった。だが、全てが終わったら何が何でも口を割らせる。覚悟しておけ」
「えー、なんか怖いな」
ゼツは少しだけ緊張感が解けたような笑顔で言った。そんなゼツに、スイはホッとする。きっとこの作戦が終われば話してくれるのだろうとスイは思った。ゼツの緊張が解けた理由が、死ぬつもりだから言わなくても済むからなのだと、スイにはわからなかった。
それから始まった作戦の確認で、一つの事が判明した。騎士団長の息子であるシットが、スイの母親の死を隠蔽した当時の騎士団長の子孫だという事。どうやらこの国は、実力に関係なくニュークロス家が騎士団長の職に付いているという。だから皆シットに媚びをうっていたのかと、ゼツは一人納得した。
それと同時に、ゼツの中で黒い考えが浮かぶ。
「ねえ、せっかくならスイのできなかった“復讐”、やらない?」
そうして説明したゼツの作戦に、スイは最初驚いた顔をした。
「おまえでも、そのような作戦を思いつくのだな。てっきり、全員傷つけないでなど無理難題を言うと思ったぞ」
「あはは。まあ、そいつとは色々あってね。俺も大切な人をそいつに傷つけられちゃったから。それのお返し」
ゼツがそう言えば、スイも笑った。
「そうか。そういうことなら、おまえの作戦に乗ってやろう。おまえのお人好しが発動したのかと思ったが、考えてみれば確かに確実な方法だしな」
「でしょ? あっ、シュウ達は必要以上に傷つけちゃ駄目だよ。アビュにも言っておいてね」
「わかった、わかった。流石にこの作戦なら問題ないと思うが。ただし、こちらも死ぬわけにはいかないから、ある程度本気は出すぞ」
「ほどほどにお願いします」
それからまた少し作戦の確認をして、ゼツは立ち上がる。奥に見える空が、少しだけ明るくなっていた。もうそろそろ帰らなければ皆起きてしまうだろう。上手くいきますようにと、ゼツは静かに祈った。