55.幸せの理由と誰のため
両親との会話の後、改めて別れの挨拶をして、ミランはゼツ達の所に戻った。
「もういいの?」
両親との会話を何も知らないゼツは、優しい目をしてミランにそう尋ねた。そんな目に、何度救われてきただろうか。何をしても、何を見せても全て受け止めてくれる。そんな安心感が、ゼツにはあった。
けれども、いざ踏み込もうとすれば、その目は一瞬のうちに何かを拒むような目に変わる。ずっとミランがゼツを見てきたからわかること。それは、ただ自分が頼りないからかと思ったけれども、本当はただ甘え過ぎていたからだけなのかもしれないとミランは思った。純粋に、踏み込み過ぎてゼツから嫌われるのが怖かった。だから、踏み込むのに、ずっと躊躇していた。
「十分よ。ねえ、ゼツ、手を出して」
ミランの言葉に、ゼツは言われるがままに手を出してくれた。そんなゼツの手に、優しく触れる。自分よりも少し硬くて大きなザラついた手は、やっぱり触れるだけでミランを安心させてくれた。
きっと踏み込むのは、今じゃない。それだけはミランでも理解できた。けれども、せめて母親に言われた通り、あなたの事が大切だと今すぐ伝えたくなった。
ミランはポケットに入れていたものを取り出す。それは、赤と緑の糸で編みこまれた組紐だった。
「これ……」
「さっき作ったの。……ゼツの好きな色で」
そうミランが言った瞬間、ゼツの手は少し動揺したように強張った。そんなゼツの手を見ながら、ゼツの腕の袖を少しだけまくる。
「どこか遠い国のおまじないでね、願いを込めながら付けて、それが自然に切れた時に願いが叶うんだって。あたし、これが希望となってゼツを助けられますように、ゼツが幸せでありますようにって願いながら編んだわ。そして、そう思いながら付けようと思うの。ゼツも、折角なら何か願いことする?」
「俺は……」
ゼツの声は、少し震えていた。それがどんな感情なのか、ミランにはわからなかった。けれどもゼツは、自分にだけ向けてくれる優しい目で、ミランを見てくれた。
「ミランがずっと、幸せで笑顔でいてくれますように、って、願おうかな」
「……馬鹿。どうしてあたしの事を願うのよ」
ゼツはズルい。ゼツに幸せをあげたいのに、それ以上の幸せを自分にくれようとする。
きっとゼツはわかっていない。自分が幸せでいられる理由は、ゼツが隣にいてくれるからだと。笑顔でいられるのは、ゼツが沢山の幸せをくれるからだと。
今はまだ、それを伝える勇気はない。けれども、もしこの戦いが一区切りついたらその時は、ゼツの事を愛していると、そしてこれからの未来も一緒にいたいと伝えようと、ミランは思った。そして、それが自分にとっての幸せで、笑顔でいられる理由なのだと伝えたい。そんな未来を思い描きながら、ミランはゼツの腕に結び付けた。
その後のシット達とのやり取りは、結局まともな話し合いはできなかったらしい。ただ、シュウはミランとゼツが抜け出して欠片を取りに行くという事だけはなんとか伝えられたという。自分達では戦闘は荷が重いと助けを乞うようにシュウが言えば、気分良く聞いてくれたらしい。
そして、その話し合いがあった日の真夜中、ゼツはこっそりとミランの屋敷を出た。スイに状況を報告するためだ。見張りの必要がないミランの屋敷では、ゼツ以外は全員熟睡していた。それでも念のため後を付けられていないか確認したが、静かな夜に聞こえたのは風の音だけだった。
ゼツは、ミランに付けてもらった組紐に触れる。組紐を貰った後、散々ケアラやシュウにからかわれたが、ミランが自分のために編んでくれたそれは、宝物に違いなかった。
それでも、これがゼツの希望になるのかはまだ不安だった。これを付けていても、ミランが生きている保証はない。それでも、いや、だからこそ自分がやらなければいけないと、ゼツは思っていた。
ミランの幸せな未来を守りたかった。ずっと隣にはいれないけれど、それでもミランが笑顔で過ごせるなら、それで十分だった。
ゼツはスイに指定された場所でペンダントを取り出しスイを呼んだ。指定された場所は墓地。沢山のお墓が、静かに広がっていた。
「久しぶりだな」
と、スイの声にゼツは顔を上げた。
「無事、幻覚魔法が解けて良かった。想像以上に深くかかっていそうだったからな」
「……そうだね。俺、やっぱ心、弱いみたい」
そんなゼツの言葉に、スイはため息をつく。
「あの魔法は、心が弱っていても深くかかる。俺は、おまえが弱いとは思えない」
「……ありがと」
なんだかんだ、スイは優しいとゼツは思う。幻覚魔法をかける時も、ゼツを認めたわけではないと言いながらも気にしてくれていた。今は幸せなはずなのに、心が弱っているなんてあり得ないだろう。だから今も、なんだかんだ励ましてくれているのだろう。
「とりあえず、現状を話すよ」
ゼツは、スイに凡その状況を報告した。無事、ミランと二人で欠片を取りに行く形になったこと。シュウ達は、ゼツが魔族にとって脅威だと勘違いしてくれていること。騎士団の協力は得られることになったけれども、連携は取れないから騎士団側の作戦はわからないこと。
騎士団の話をしたとき、スイは大きくため息をついた。
「相変わらずだな。騎士というやつは」
「相変わらず……?」
ゼツの言葉に、スイは悔しそうに自分の腕をぎゅっと握りしめ、言った。
「俺の両親は、昔騎士に殺された」