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53.すれ違いと荒れた心

 シットの言葉は嘘だろうと、ゼツはシットの後ろ姿を見て思った。スイは、幻覚魔法は勇者と相性が悪いと言っていた。けれども裏を返せば、シュウ達のような強い思いが無いような人は、きっとなかなかに解くことはできない。ああ、それで恥をかかないかなと、ゼツの黒い心がぼんやりと現れる。

 そんな黒い感情が湧き上がる程、ゼツの心はかき乱されていた。本当は、ちゃんとわかっていた。シットは、自分達を困らせるために言っていて深い意味は無いのだと。けれどもシットに対する嫌悪感と、言われた事に対する色々な感情が、ゼツの中に溢れ出していた。


「ゼツ……!」


 そんなゼツの心を気付いているのかいないのか、ミランは不安そうにゼツの顔をのぞき込んだ。


「その、ごめんなさい。あの……」

「こちらこそ、色々と好き勝手言っちゃってごめんね。勘違いさせるような事……」

「それは違うの! それは……」


 本当は、ミランの口から今すぐ自分の事をどう思っているのか聞きたかった。昔のシットへの好きよりも、ちゃんとゼツの方が好きなんだって。シットの前では強がったけど、本当はずっと不安だった。勝手に自分が勘違いしてるだけで、ミランは本当は自分と同じ思いじゃないかもしれないって。

 ゼツが、シットの十分の一でも自分に自信があれば、そんな事は思わなかったかもしれない。けれども、自分が出来損ないの欠陥品であると思い込んでいるゼツにとって、シットの煽るための言葉ですら不安でかき乱されるには十分だった。言い淀んで最後まで言わないミランの言葉が、ゼツを余計に不安にさせる。


「……ミラン、好きな人とは手を繋ぐだけで暴走しちゃうんだ」

「それは違っ……! いやっ、昔はそうだったのかもしれないけど、それは子供だからで……。言っとくけど、今はあんなやつ好きでもなんでもないのよ?」

「今は……? 今のミランは、好きな人に対してはどうなるの……?」


 ゼツがそう言った瞬間、ミランの困惑した顔が目に入った。違う。そんな顔をさせたいわけじゃないと、ゼツはミランから一歩離れる。ただ不安にかられて、言ってしまっただけ。

 そんなゼツに、慌ててミランはゼツの服を掴み直した。


「……あのね。ゼツはね。安心するのよ。とても」


 それじゃあわからない。そう言おうとして、ゼツは口を閉じた。ここまで言っておいて、自分がミランとどうなりたいのかすらわからなかった。

 自分はズルい。好きだと自分から言えない癖に、自分の事は好きでいて欲しいと望んでしまう。ミランには幸せでいてほしいのに、そのためには結ばれることなんてあり得ないのに、ミランの心は自分にだけ向いて欲しいと願ってしまう。


「そっか。ありがと。ね、もう、帰ろう」

「……ゼツ?」


 ゼツがニコリと笑えば、ミランは少し寂しそうな顔で目を伏せる。そうして二人は、何も言わず歩き始めた。

 わかってる。これはただの夢。きっと神様が最期に与えてくれた、夢の時間。

 ちゃんと目が覚めたら、元に戻ろう。欲望も何もかも捨てて、ミランの幸せだけを願っていよう。


 そこからは、二人だけの時間だった。誰にも邪魔されない、二人だけの時間。だけれども、二人とも、何も話さなかった。




 次の日、起きてきたシュウ達に、ミランとゼツは昨晩の事を話した。流石にミランに対する事は言わなかったが、シットが騎士団の事をどう思っているかは伝えるべきだろう。


「まあ、想像は付いていた事だな」


 意外にも、シュウは淡々とそう言った。


「子供の頃、ビスカーサから王都に行ってからも、俺達を見下してくるようなやつは沢山いた」

「でも、どうするです? 連携が取れないとなると……」

「かまわないさ。俺達の代わりに三傑を倒してくれるのなら。それで問題無く戦えるとわかれば、魔王討伐にも国として関わってくれるかもしれない」


 シュウは、まるで毒気が抜けたように、気持ちが穏やかだった。そのキッカケはゼツだった。そして、毒気が抜けた途端、色々なものが見えてきた。魔族はただ、大切なものを守ろうとしていただけ。危険とみなしたゼツを返したのも、きっと大切なものを守るため。そう思った途端、悪者は寧ろ自分達ではないかと思うようになっていた。

 そんなシュウの心情の変化に、ゼツだけが気付いていなかった。自分が危険に晒されただけで、そこまで人を変えるなんて思ってもいなかった。

 今なら、シュウに魔族の本当のことを話せば聞いてくれたのかもしれない。そうして、ロウ達と和解の道を探れたのかもしれない。けれども、イエルバでアビュに対しての不安を否定された記憶から、そしてビスカーサの前で怒鳴られた記憶から、話しても怒らせるだけだとゼツの心は閉じていた。


「とりあえず、明日、騎士団のやつらと作戦について話す予定だ。まあ、会話にならないだろう、ということだけは覚悟しておこう」


 シュウの言葉に、ミランはピクリと体を震わす。昨日のミランを見る限り、もしかしたら一番のトラウマが彼なのかもしれない。きっと、シットを好きだったのも本当なのだろう。そしてそんな相手からあんな言葉を浴びせられるのは、辛かったに違いない。本当なら、二度と会いたくない相手だろう。

 ゼツはそう思って、口を開いた。


「ごめん。シュウだけで行ってきてもらっていい? 昨日、俺とミラン、揉めちゃってさ。俺達が行くと余計に拗れると思うんだ」

「ゼツがか? 珍しいな」


 ゼツの言葉に、シュウは驚いてゼツを見る。


「あはは。ちょっとね」

「でも、シュウさんだけですか? ゼツさんとミランさんはわかるとして、私はどうして駄目なんですか?」

「あー、ちょっと下品なこと言う人だったから、女の子はあまり行かせたくないなあ」


 ゼツがそう言えば、ケアラはあからさまに怒った顔をした。


「ミランさん!! 昨日何を言われたんですか!! 私も下品な人は嫌いです!!」

「えっ!? まあ、あはは……」

「許せませんね!! 私の薬で毒にでもさせてやりましょうか!」

「そこまでは駄目よ!」


 ミランは少しホッとしたのか、再び笑顔が戻っていた。やっぱりミランは笑顔がいい。そう思いながら、ゼツはミランを眺めた。

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