52.自惚れと勘違い
それから暫くして、ゼツとミランは二人で屋敷の外に出た。外は静かで、人の気配は全く無い。このあたりはほとんど避難は完了して、後避難していないのはミランの両親ぐらいだろう。ミランの両親も、下手にいることで邪魔になってはいけないと、数日のうちに避難をするらしい。
そんな誰もいない世界で、ゼツとミランは並んで二人歩いていた。
「ねっ、ねえ!」
最初に口を開いたのは、ミランだった。
「ゼツは、好きな色も、特にないの?」
本当は、好きな色すらゼツには何もなかった。けれども、自分の目の色のイヤリングをミランが選んだと知ったとき、ゼツも2つの色が頭に浮かんだ。
ゼツはピタリと足を止める。きっとまだ、酔いは醒めていなかったのだろう。いつもよりも、ゼツは思ったことを口に出す不安は薄れていた。
「赤と緑」
「えっ……?」
「俺の好きな色」
そう言った自分の顔は、きっと赤いのだろうとゼツは思った。けれども、月明かりしかないこの場所なら、そんな顔も隠してくれる気がした。
「あっ……」
ミランも意味を理解したのか、赤いツインテールの髪を揺らしながら、緑色の瞳をゼツから恥ずかしそうに逸らす。
「ふっ、ふーん。そうなんだ。しっ、知らなかったわ」
それだけを言って、ミランは再び歩き始めた。ゼツもそれ以上何も言わずに歩き出す。
ミランに会うまで、こんな気持ちは知らなかった。ただ初めて知ったこの気持ちを、どうしていいのかわからなかった。
けれども、この時間が永遠に続かない事もわかっていた。冷たい風にあたり、酔いが醒めていく程、これがただの夢だと頭が理解し始める。
死ななきゃいけない。死ななきゃミランを守れない。死にたかったはずなのに、幸せな時間があるだけで、やっぱり死にたくないと思ってしまう。また何かあればすぐ死にたくなるくせに、そんな天邪鬼な自分に嫌になる。
けれども、そんな時間すら、一瞬で壊された。
「あれ? ミランじゃん」
聞いたことのない男の声に、ゼツは顔を上げた。目の前からやって来たのは、剣を懐に携えた、けれども戦いを目的としているわりには綺麗な装いをした数名の男だった。特にミランに声をかけた男に関しては、金色の糸で豪華に刺繍されたマントを羽織っていた。
その男を前に、ミランは一歩後ずさった。暗闇でもわかるほど震えているミランを見て、ゼツはミランを守るように一歩前に出る。けれども、目の前にいるのは装いを見る限り、恐らく貴族か、それに準ずる者だろう。下手に声を発してはいけないことも、ゼツは知っていて目を伏せた。
「ふうん。隣にいるやつは立場わかってるじゃん。せっかくなら自己紹介してやるよ。俺の名前は、シット・ニュークロス。この国の騎士をまとめる騎士団長の息子で、今回の魔族との戦いのために結成されたチームの長だ」
まるでゼツ達を見下すように言葉を発するシットを見て、ゼツは心の中でため息をつく。意味もなく肩書を自慢するような人に、ロクな人がいた試しがなかった。勿論、ゼツ一人であれば適当にへりくだっておけば良い。けれども、あまりにも怯えるミランの前で、守りたいという気持ちが大きくなる。
何も言わないゼツを横目に、シットはミランをあざ笑うように見た。
「そいつは? 勇者パーティーの誰か? こんな夜に二人でなんて、また男の尻でも追いかけてんの?」
「ちっ、違っ……! ゼツは……」
「ゼツっつうのか。おまえも嫌なら嫌ってハッキリ言えよ! じゃないとこいつ、すぐ勘違いして……」
「ご安心ください。俺が彼女を口説いている所なので。ご心配、ありがとうございます」
そう言ってゼツはミランの体を自分に引き寄せる。そうすると、少しだけ止まったミランの体の震えに、ゼツはホッとした。
「マジかよ。やめとけ。知ってんだろ? こいつ、爆発女だぞ?」
シットは、面白くなさそうな顔でゼツを見た。けれども、何かを思いついたかのように、ニヤリと笑う。
「ああ、でも残念ながら、脈は無いだろなあ。良い事教えてやるよ! こいつ、昔俺の事好きだったんだぜ? ずっと俺の後ろ付いて回ってさ。仕方ないからちょっと手を繋いでやったら、恥ずかしくて暴走しやがるくらいだ。おかげで死にそうになったわ」
シットの言葉に、後ろにいる男達もクスクスと笑う。そんな声に、ミランは何も言わず、ギュッとゼツの服を掴んだ。それが、シットの言ったことは事実だと言っているようで、ゼツの心はズキリと痛む。
「それだけ触れられても何ともないなんてなあ。おまえこそ、爆発女に勘違いさせられちゃったかあ? ミラン、顔とスタイルだけはいいもんなあ」
同時に、ミランを悪く言われた事にゼツは苛立ちを覚えた。けれども、感情を表に出さない事は得意だった。ゼツはシットに向かって、ニコリと笑う。
「別に、騎士団長の息子様には関係の無い事でしょう。例えそうだとしても、ただの平民でしかない俺がミランを大切に思っている。ただそれだけの話ですから。それとも、俺が少しの夢を見てミランを口説くことに、騎士団長の息子様にとっては、何か問題でもおありで?」
「ちっ。別にねえよ」
シットは、面白くなさそうな顔でそう言った。けれども、それだけでは終われなかったのだろう。再び見下すようにゼツを見る。
「ああそうか。聞いたことがあるぞ。何されても傷一つつかない、化物のような奴が勇者の仲間になったと。化物と爆発女、お似合いじゃねえか」
「ちょっと! 私はともかく、ゼツをそんな風に呼ばないで! ゼツは……」
言い返そうとしたミランを、ゼツは手で止める。無駄に反論しても、相手にネタを与えるだけ。同じ土俵に立ってはいけないのだ。
そんなゼツに興味を無くしたように、シットはくるりと背を向けた。
「わかった、わかった。もう何も言わねえよ。そうだ、ついでに勇者にも伝えておけ。お前らが何もやらなくても、俺達が敵を殲滅すると。だからお前らは、欠片だけ集めてろ。お前らごときで渡り合えるやつ、俺達だけで十分だ」
「じゃあ、なんであんた達は戦いに行かなかったのよ! あんた達がいかないから、あたし達は……」
シットの言葉に、ミランは叫ぶ。
「平民に花を持たせてやったんだよ。聞いたぞ? 村を奪われて、勇者のために涙ぐましい努力をした勇者の話を。こういう物語こそ、下の者たちも喜ぶからな」
シットの言葉に、ゼツの中に少し意地悪な感情が渦巻く。
「あなたの大切なものって、なんてすか」
「ああ。幻覚魔法の対策? 大丈夫、大丈夫。そんなのわかっているし問題ない」
そう言って、シットは手を広げる。
「大切なものは、この騎士団の仲間さ! 当然だろう! 俺はいつか騎士団長になる男なのだから」
シットの言葉に、後ろにいた男達は流石だとシットをはやし立てる。そうして、シットは去って行った。