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51.酔いと慣れ

 最初は、お酒の話から始まった。それから、そのお酒を飲みながら他愛のない無い話をして、少し時間が経った頃、ミランの父親はワイングラスをカタリと置いた。


「ゼツ君は、ミランの事をどう思っているんだ」


 ミランの父親は、少し酔っ払っているのか顔を真っ赤にしながらゼツをギロリと睨む。


「えっ!? えっと……」

「君と同じ目の色のイヤリングを贈っておいて、何もないとは言わせないぞ!?」

「へっ!? あっ……」


 その時、ようやくゼツは周りの視線の意味に気が付いた。そして、それを希望だと言ったミランの言葉を思い出して、顔が熱くなる。

 イヤリングを贈ったのは、ただキラキラ光るそのイヤリングが、ミランに似合いそうだったから。まさかミランが、自分の目と同じだからなんて理由で欲しがるなんて、そしてそれが希望になると言うなんて、思いもしなかった。


 ミランの父親は、訝しげな目でゼツを見ていた。そんな相手に、深くは考えずに贈りましたなんて言えないだろう。それに、ミランの事をどうかと問われたら、答えは一つだった。


「ミランさんは、少なくとも俺にとっては、大切な存在です。とても」


 ミランにとって、ゼツがどれ程の存在なのか、ゼツ自身はわからなかった。自分の事を希望だと言ってくれたけれども、本当にそうなのかはわからない。けれども、少なくともゼツにとっては一番の希望であることに、間違いはなかった。

 そう言ったゼツを、ミランの父親は驚いたような顔で見た。


「ゼツ君は意外と臆病な人なのか?」

「えっ……?」

「臆病は、時に人を傷付けるぞ」


 ゼツが意味を理解できずにいると、ミランの父親は座っていたソファに深く座り直して、ぼんやりと上を眺めた。


「ミランはなあ。あんな笑う子じゃなかったんだ。ずっとずっと、自分の存在がバレないように、俯いているような子だった」


 ミランの父親は、静かに話し始めた。


「本当は、旅になんか行かせたくなかった。危険な旅である事も、求められている役割も、全部全部知っていたからなあ。けれども、それがミランにとってどんな理由であれ、自ら何かを思って一歩踏み出そうとしている所を、止めるわけにはいかないだろう?」


 ミランは、旅に出た理由は逃げたかっただけと言っていた。そのミランの気持ちを、ミランの父親も察していたのかもしれない。大切に育ててきたミランを、どんな気持ちで送り出したのだろうか。


「それでも、毎日勇者に関するニュースを探したさ。イエルバでの話が聞こえてきた時は、ミランが無事だとわかって安心した。生きているだけで、それで良かった。なのに、なのに」


 ミランの父親の目からは、一筋の涙が流れていた。ミランの父親は、それを隠すように腕で自分の目を覆う。


「まさかこんなに、幸せそうな顔で帰ってくるなんて思わなかったなあ。まだまだ危険な旅になることは知っている。それでも、今は、今だけは、行かせてよかったと思っている」


 ゼツにとっては、いつも通りのミランだった。寧ろ家に帰ってきて、安心して心をさらけだしているようにも見えた。


「シュウやケアラのおかげかもしれませんね。二人はとても優しい人なので、俺が出会ったときは既にあんな感じでしたよ」

「いや、私はね? ゼツ君。君のおかげだと思ってるよ」


 ミランの父親は、ゼツに向かって優しく微笑んだ。


「そんなこと……」

「父親だからわかる。あの子の笑顔の理由は、間違いなく君だ。だから、自信を持ちなさい」


 ミランの父親の言葉に、思わずゼツは目をそらした。本当なら、適当に頷いても良いはずだった。けれどもどうしてか、それはできなかった。

 そんなゼツに、ミランの父親は何も言わず、赤いワインを注ぎ足した。




 それから暫くして、ミランの父親はソファに座ったまま眠ってしまった。ゼツは、人を呼びに行こうと部屋を出る。使用人が大勢いるような屋敷でもなく、廊下はガランとしていた。


「ゼツ!」


 と、奥から聞こえてきたミランの声に、ゼツは顔を上げる。


「ミラン! どうしたの?」

「そろそろ呼びに行った方がいいかなって、ママが……」

「ありがと。俺も丁度、ミランのお父さん寝ちゃったから、誰か呼び行こうとしてたところ」

「もう。パパったら……」


 ミランは、呆れたように笑った。けれどもそれよりも、ゼツはミランの耳から目が離せなかった。イヤリングの理由を知ってしまったから、自分の色がミランを染めていることに、胸の高鳴りが抑えられなかった。


「ゼツは、あまり酔っていないのね」

「いや、流石に酔ってるかな。この体質でも、気持ち悪くはならないけど、酔いはするみたい。ちょっとフワフワしてる」

「そうなの? 全然そうは見えないわ。きっともともと強いのね」


 そんな会話をしながらも、本当は想像以上に酔っていたのだろう。ただ余裕そうに見せていただけ。ミランの耳に釘付けになりながら一歩踏み出せば、足が絡まってゼツはバランスを崩した。


「きゃっ!?」


 そのまま、ミランを押し倒す形でゼツは倒れ込んでしまった。ぼんやりとしたままゼツが顔を上げると、今度は別の所に釘付けになってしまった。

 出会った時と同じ、スカートがめくれた先にある、それ。


「あれ? うさぎに戻ってる……」


 そう呟いた瞬間、ゼツは一瞬で血の気が引いて酔いが醒めた。そして慌ててミランに覆いかぶさる。これでどこまで防げるかはわからないが、ここで暴走したら危険に違いなかった。


「……って、あれ?」


 来るはずの衝撃は、いつまで経っても来なかった。ゼツが恐る恐る顔を上げると、ミランは少しだけ顔を赤くしていた。


「なんで……」

「あはは。ちょっと慣れたのかも、なんて……」

「な、慣れた……?」

「ま、魔力の暴走は、自分の感情の大きさに比例するから……」

「なるほど……?」


 そんな話を聞くと、ゼツの中で少し意地悪な感情が湧き上がる。


「それなら、もっと色々練習する? そうすれば、暴走しなくなるかも」

「な、何を練習するのよ!」

「んー、何が良いかな。例えば……」


 そう言って、ゼツはミランの頬に触れようと手を伸ばす。


「ストップ!! やっぱりゼツも相当酔ってるわ!!」

「えーっ! そうかな? そんな事は無いと思うけど」

「そうよ! 絶対そうよ! だから一旦離れて!」

「わかった、わかった」


 そう言いながら、ゼツは立ち上がる。離れてしまったミランの体温が名残惜しい。けれども、あまりからかい過ぎて本当に暴走しても良くないだろう。


「ちょっと酔い醒ましに外散歩してくるよ。お父さんはミランに任せていい?」

「えっ……」


 ゼツの言葉に、どうしてかミランは、ゼツの服を掴んだ。


「だ、ダメよ! 一人じゃ危ないわ!」

「そんな、別に……」

「あ、あたしも行く!! だから待ってて!!」


 そう言ってすぐにゼツに背を向けて走り出したミランに何も言えないまま、けれどもまだこの夜をミランと過ごせる幸せに、ゼツは浸っていた。

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