50.家族とおしゃべり
ミランがイヤリングを希望だと言った理由を、ゼツだけは理解できていなかった。自分がプレゼントしたからだろうかとも思わなくもないが、それだけでもない気がしたし、そうである自信も無かった。
それと同時に、ミランにも身に付けられる希望ができてしまったことに、寂しさを感じてしまっていた。これで、ゼツは本当に不要になってしまった気がした。ゼツも身に付けられるものがあった方がいいかと思いはしたけれども、ミランから何を貰っても、ミランが生きてそばにいてくれる以上の希望になるとは思わなかった。
そんな事を思いながら歩いていると、いつの間にか住宅街へと来ていた。ミランは、その1つのお屋敷の前で立ち止まる。
「ここよ。あたしの家」
それは、お花の溢れる庭のある小さなお屋敷。それでも、ゼツの住んでいる所よりも大きくて、ああ、やっぱりミランはお嬢様なのだとゼツは思った。
ミランがノックをすると、一人の男性が顔を覗かせた。そしてミランの姿を見ると、慌てたように中へと消えた。
「トレーシー様! 奥様! ミランお嬢様が……!」
トレーシーは、ミランの姓だと聞いたことがあった。だから、きっとミランの両親を呼んだのだろう。その後すぐに、2つの足音が家の奥から聞こえてきた。
「ミラン……! 帰って来たのか!」
「無事帰って来たのね……! 本当に良かった……!」
奥から現れたのは、ミランと同じ赤い髪の女性と、ミランと同じ緑色の目をした男性。
「パパ……! ママ……! もう、なんで避難してないのよ……!」
「ミランの元気な顔を見ずに逃げれるわけ無いだろう」
「今日はここで休んで行くのよね? お腹は空いていないかしら?」
「勿論、そのつもりよ! その前に、皆を紹介させて!」
そう言って、ミランは三人を紹介した。三人を代表して、シュウが挨拶をする。ゼツの父親に対して同様、完璧なマナーでシュウは対応した。勇者として認めてもらえるようマナーから何から学んだらしいシュウは、ゼツから見ても違和感がなかった。
それから、ゼツ達も含めてミランの家で食事をご馳走になった。ミランの言う通り、平民である三人に対しても平等に接してくれる温かい夫婦だった。そんな夫婦を前に、ミランはずっとこれまでの冒険の話をしていた。
「ここまで話すミランさん、初めて見ましたね」
「ああ。やはり家族の前だから安心できるのだろうな」
ケアラやシュウの言う通り、ミランはずっと楽しそうに話していた。家族に申し訳なくて逃げたと言っていたミランだけれども、家族のことは大好きなのだろう。ゼツ以外にも拠り所がある事に、ゼツは少し寂しいと思ってしまう。そしてそんな自分が嫌になる。
「それにしても、可愛らしいイヤリングね。そんなの持ってたかしら」
と、ミランの母親が、ミランの耳を見て言った。
「あっ、これは……」
と、ミランは少し恥ずかしそうに俯きながら言った。
「こ、ここに来たときね、欲しいなと思って見てたら、買ってくれたのよ……」
「そう。良かったわね」
誰とはミランは言っていなかったのに、どうしてかミランの母親は微笑ましそうな顔をしてゼツを見た。ミランの父親も、少し不機嫌そうな顔をしてゼツを睨む。どうしてシュウでもなく自分が買ったとわかったのか不思議に思っていると、ミランの父親はバッと顔を上げた。
「こういう日は酒だあ! 酒を飲むぞ!」
「ちょっとあなた。お客様の前よ」
ミランの母親は、少し呆れた顔で言った。
「いいじゃないか! ゼツ君やシュウ君はどうだ? 付き合ってくれるだろう!?」
「ちょっとパパ! 二人を巻き込まないで……」
「す、すいません! シュウさんは駄目です!」
ケアラが慌てたようにそう言った。
「えっ!? せっかくなら一杯ぐらいはと思っていたが……」
「一杯でも一滴でも駄目です! 忘れたのですか! 王都でシュウさん何度暴走したか……」
「そ、そうだったわ! パパ、シュウだけは本当にやめて! 酔っ払うと本当に大変なことになるの!」
そういえば、ゼツと出会った時もシュウはオレンジジュースだった事を思い出す。それは旅に影響が出るからだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。この国は16歳の成人でお酒は飲めるようになるのだが、一滴でも駄目なレベルで酔っ払って暴走するのであれば話は別だ。
ゼツはチラリとミランの父親をチラリと見る。きっと純粋にお酒を飲むことが好きなのだろう。少ししょんぼりとした顔をしていた。そんな様子に、ゼツは口を開く。
「よければ俺がお付き合いしますよ」
「そうか! ゼツ君は飲める口か!」
「あはは。お手柔らかにお願いしますね」
ゼツの言葉に、ミランの父親はニコニコと笑顔になる。
「ゼツ!? わざわざパパに付き合わなくても……」
「大丈夫。こういうのは慣れてるから」
心配そうな顔をするミランに、ゼツはミランにだけ聞こえるようにそう言った。実際、商人の仕事を手伝う過程で、お酒の付き合いは慣れていた。
ゼツは、ミランの父親に向き直る。
「ただ、あまり俺はお酒に詳しくなくて……。よろしければ、オススメを教えて頂けませんか?」
「勿論だとも! 実はワインセラーを持っていてね。よろしければ、ゼツ君も来ないか?」
「良いですね! 是非お願いします!」
お酒好きの人であれば、寧ろ教えて欲しいと問えば勝手に話してくれる。年齢が上の人であれば特に、下の人に教えることが好きなのだ。
ゼツは上機嫌になったミランの父親の後ろを付いていった。