49.プレゼントと特別
それからは、ゼツの事を深く聞かれることもなく、他愛のない話をしながら四人はアリストへと辿り着いた。
「人、少ないわね」
ミランがポツリと呟く。街に入ってすぐは、店が立ち並び本来であれば賑わう場所だった。けれども、人はほとんどおらず、店も閉まっている所が多かった。
「少し前、住民を避難させると連絡が来た。作戦を実行するのも、避難が済んでからにしろと」
「そう。その方が戦いやすくていいわね」
ミランはホッとして息を吐いた。ミランにとって、ここは息苦しい場所だった。だからこそ、自分を知っている人が少ない方が安心した。
ミランは、チラリとゼツを見る。ゼツも、以前自分の事を話したから、ここの人たちに自分が良く思われていない事は知っているはずだ。けれども、それでもやっぱり自分がそんな目で見られている所を、特にゼツには見られたくなかった。ゼツは、ゼツの街では人気者だった。そんな世界の人に、自分の嫌な所を見られるのは恥ずかしかった。
と、ミランは一つの店の前で立ち止まった。癖で、思わずフードを被る。自分が何者かバレると店の人にも嫌がられてしまうから、いつも誰かわからないようにフードを被って店のショーウインドウに並ぶ商品を見ていた。
「ミラン、どうしたの?」
そんなミランの動きに、真っ先に気付いたのはゼツだった。ずっと誰にも優しいと思っていたゼツだから、こうしてすぐに気付くのも、誰に対しても同じだとミランは思っていた。けれども、幻覚魔法を自分が解いてからは、ゼツの行動一つ一つが嬉しくなってしまう。
「何か見てたの?」
「ううん。ちょっと……」
見ていたのは、オレンジ色の、少し黄色のラメのようなものが入ったキラキラと光る石で作られたイヤリング。今回の戦いに備えて、何かそれらしいものを探そうと思っていた。そして、それが目に止まったのだ。
けれども買いに行くのにはミランにとって勇気が必要だった。子供の頃はずっと、欲しいものは親を経由して買ってきてもらっていた。今は流石に商品を見ているだけで暴走する事はないけれども、それでも一人の買い物は慣れなかった。
「おや、旅の人かい?」
と、店の中から一人の女性が出てきた。
「それなら、あまり長居しない方がいいよ。もうすぐ勇者様達が来るらしくて、ここも戦いに巻き込まれるらしくてね。うちも今日には店を畳んで避難しようと片付けてるところさ」
その言葉に、ミランの気持ちは少しだけ焦った。決めるなら、今決めなければいけないのだろう。けれども、上手く言葉がすぐには紡げなかった。自分が勇者パーティーの一員だとバレたら、そして“魔力の暴走で人々を困らせてきたミラン”だとバレたらと思うと、少し怖くなった。
「そうだったんですね。お忙しい所をすいません。まだ買い物はできますか?」
そんなミランの隣で、ゼツは女性に尋ねる。
「勿論! といっても、ここの以外片付けちまったけどね」
「大丈夫です。……ねえ、これ、好きなの?」
ゼツは、ミランが先程見ていたイヤリングを指差す。ゼツの意図が理解できないまま、ミランは頷いた。
「わかった。これ、ください」
「ま、待って! 買うなら自分で……」
「いいから、いいから」
そう言って、ゼツは懐からお金を取り出し、女性へ渡す。
「まいどあり。って、あら、そういうことね」
女性は、ニヤニヤと笑いながらショーウインドウの鍵を開け、イヤリングを取り出した。ミランはゼツをチラリと見る。ゼツだけはわかっていないのか、女性の態度に首を傾げていた。
女性は、軽くリボンでラッピングをして、イヤリングをゼツに渡す。
「あなたが買ったんだから、あなたがお嬢さんに渡してあげなさい。お嬢さんも、良かったわね」
「はっ、はい……」
ミランは恥ずかしくなって、フードを深く被る。
そうして、シュウやケアラ達の所に戻ると、二人も何を買ったのかとゼツの手を覗き込んできた。
「あらあ、これは……」
「ゼツが選んだのか?」
「いや、ミランが欲しそうにしてたから、せっかくだしと思って」
まだ意味を理解していないゼツの前で、ミランはフードを脱ぐ。まさかこれがゼツからの初めてのプレゼントになるとは思わなかったけれども、だからこそ絶対に自分の希望になるはずだと、ミランはゼツを見た。もう皆にも、そしてゼツにもバレているのだから、いいだろう。
「ミラン、これ……」
「付けて」
「えっ……?」
「ゼツが付けて」
そうミランが言えば、ゼツは動揺したように目を泳がせた。そんなゼツの様子に、ミランは嬉しくなる。
きっとゼツに付けてもらうことも、恥ずかしさで暴走したりなんかしないとミランは思っていた。それよりも、嬉しさと、幸せでいっぱいになるはずだ。
「ゼツさん!! ほら、せっかくのプレゼントなのですから、ミランさんに付けてあげないと!!」
「そうだぞ!! 俺も頑張ったのだからな!!」
「えっ!? えっ!? どういうこと……?」
「さあさあ……!」
ゼツの方が、動揺しながらミランの耳に恐る恐る触れる。その緊張がゼツの指先からミランに伝わってきて、またミランは幸せになる。きっとケアラに同じ事をしても、ゼツはこんな風に緊張しない。それが、自分がゼツにとって特別な存在なようで嬉しいのだ。
パチン、と、ミランの2つの耳にイヤリングが付く。ミランは、それがゼツにもよく見えるように、そのイヤリングに触れた。
「ゼツ。本当にありがとう。これもきっと、あたしの希望になるわ」
「えっ、希望!? なんで……」
「それは……」
ゼツの色だから。なんてことは、まだ流石に恥ずかしくて言えなかった。このイヤリングに付いている石は、ゼツの目の色と同じ色をしていた。まるで太陽を彷彿とさせるような、ゼツをイメージしたような石。
「あ、当ててみなさいよ!」
「えっ、なんで!? ちょっと、なんで皆はわかったような顔してるの!?」
欲しいものはすぐに気付くくせに、なんで欲しいかはわからない少し鈍いゼツに、ミランも思わず笑った。