48.顔色といつも通り
「なるほど。そんな感じでいつもゼツ以外の話に流れてたのか。意識しないと気付けないな」
隣で聞いていたシュウが、感心しながらゼツを見た。ミランもケアラも、じとっとした目でゼツを見る。
「えっ、何。ほんと皆、どうしたの」
「あたし達は!! ゼツのことを知りたくて聞いてるの!!」
「そうですよ!! ゼツさんが幻覚魔法にかかってる時、ゼツさんの事何も知らなくて焦ったのですから!!」
まるで責められるように二人から詰め寄られ、ゼツは一歩後ずさる。
「いや、でも、ほら! 俺、ほんと好きなものとか、こだわりとかなくて……。みんなの話の方が面白いし、興味あるし……」
「あたし達だって!! ゼツに興味あるの!!」
ミランの言葉に、本当に好きなものなど特にないゼツはただただ困ってしまった。昔はあったのかもしれない。けれども自分が何を好きなのか、ゼツはわからなかった。
昔は、それなりに色んなことに興味は持っていた。けれども何かをすると、両親が見定めるようにゼツを見た。
『そんなつまらなさそうなものを読んでいるのか。時間の無駄だろう』
大衆小説を読んでいれば、父親が表紙を見てはそうゼツに言った。
『あんな服が流行ってるの? 何か変ね。すぐ終わりそうな流行』
ちょっといいなと思った服を着た人を眺めていると、母親がゼツに向かってそう言った。
気が付けば、何かを好きと言うことが、ゼツは怖くなっていた。好きだといえば、変だと否定されてしまう気がした。そうして次第に、自分が何を好きなのかわからなくなっていった。話す相手が好きだというものについて話す方が、否定されることなく安心して話していられた。
「……好きなものが特にないって、やっぱおかしいかな」
ゼツが困ったようにそう言えば、三人は顔を見合わせた。
「……まあ、人生損してると思ってしまわなくもないが」
「本当に無いなら仕方ないですしね」
シュウとケアラの言葉に、やっぱり自分は変なのだろうなとゼツは思った。今までは相手に話を流せば何とかなったが、まさか自分に興味があって聞いてくれるなんて思ってもおらず、上手く答えられない事に申し訳なくなる。
「なんだか、せっかく聞いてくれたのに、ごめんね」
「別に、こっちも無理に聞こうとして悪かったわ。あれ? でも、そういえば……」
ミランは、不思議そうな顔でゼツを見る。
「あたしと出会った時、ゼツは何してたの? 街から随分離れたとこにいたけど」
その質問に、ゼツはドキリとする。死のうとして崖から落ちた所です、なんて言えるはずもなかった。言えば優しいミランに、変に心配かけてしまう気がした。
「いやあ、まあ。この体になったとこだったからさ。色々試してたとこ。人に見られると面倒くさそうだし」
「そういうことね。今の話聞いてると、わざわざそんなとこに行かなさそうなイメージだったけど、納得したわ」
それっぽく説明した内容にミランは素直に納得してくれて、ゼツは安心する。ミランにだけは、この真っ黒で重い感情を知られたくなかった。
死のうとした理由も、特別何があったというわけではなかった。勇者が来ると父親が張り切っている中、どうしてか色んなミスをしてしまい、父親に怒られ従業員にも迷惑かけた。父親の暴走に対して文句を言う母親からの愚痴も、どうしてか上手い言葉が出てこなくて母親を怒らせてしまった。
ただちょっと、何もかもが上手くいかなかっただけ。全部自分が悪いのに、夜は眠れなくてずっと息が苦しかった。こんな苦しみが、一生続くのかと思うと怖くなった。“普通”のことが“普通”にできなくて、頑張って“普通”を装うのに必死で、自分が欠陥品だからこんなに苦しいのだろうと思ったとき、気付いてしまったのだ。自分が生きている方が迷惑をかけるのだと。こんなに頑張らなければ“普通”になれないのならば、生きていない方がいいのだと。
死んだら死んだで、誰かに迷惑をかけることはゼツも理解していた。けれども、その一瞬の迷惑など、これから自分が生きることでかける迷惑に比べたら僅かなものであることは間違いなかった。だから死のうと思ったのだ。
「……ゼツ?」
あの日の感情が心の中でうごめいていると、ミランは心配そうにゼツの顔を覗き込んできた。
「ん? 何? ごめん。考え事してた」
「……何、考えてたの?」
「え? あはは。皆無事のまま、欠片取れるといいなーって」
本当は嘘。勝手に死にたいときの気持ちを思い出して、勝手に苦しくなっていただけ。どうして、何もないのに思い出しては苦しくなるのだろう。今は幸せなはずなのに、定期的に思い出してはゼツの首を絞めていた。
こんな気持を知られたら、弱い自分に呆れられてしまう。死にたいことが悪いことだって、わかってる。だからきっと、バレたら怒られてしまう。
ミランにだけは嫌われたくなかった。勝手に何もないのに何かを思い出しては苦しくなる、この弱い心のせいで迷惑なんてかけたくなかった。
「……ねえ。何か悩み事があるなら、聞くわよ」
「えっ、何? 俺、そんな変な顔してた?」
「いや、そんなわけじゃないけど……」
ゼツは慌てて、重い感情を飲み込んで笑顔を見せた。やっと、不要な自分の命の使い道を見つけたのだ。それまでは、なんとか取り繕ってでも“普通”でいなきゃいけないのだ。
「なんかありがとね。また悩みとか出てきたら相談するよ」
「……そう。いつでも、いくらでも話を聞くわ」
ミランは、少しだけ寂しそうな顔で笑った。ミランも、そしてシュウもケアラも、一瞬ゼツが見せた、笑顔が消えた表情に違和感を覚えた。けれども、その後のゼツがあまりにもいつも通りの笑顔だから、誰も何も言えなかった。