47.守ることと守られること
「なんで!? なんで俺は最前線で戦っちゃいけないの!?」
シュウの言葉に、ゼツは慌てて尋ねた。
「考えてみて欲しい。魔王がゼツを欠片も剣も後回しに連れて来させたということは、ゼツが魔王にとって一番の脅威と判断したということだ。しかも、“トリップ”が効くということもわかった。ということは、全力でゼツを潰しにかかってくる可能性がある」
そんなことはない、とは言えなかった。本当の事を言えば計画が駄目になってしまう。けれども、だからこそゼツが最前線に立って、皆を少しでも危険な目に合わせたくなかった。ロウ以外の三傑は、あくまで勇者は魔王に害をなそうとする敵なのだ。
「で、でも皆だって危険なのは変わりなくて……。だって、幻覚魔法かかってる時って動けないんだよ!? その点俺はかかっても死ぬことは……」
「大丈夫ですよ。幻覚魔法、かかりたてなら意外と直ぐに解けるんです」
ケアラは、ゼツを安心させるように優しい声で言った。
「その人の精神状態や心の強さにもよりますが、私達のように大切なものや希望があって、ちゃんと魔法にかかる瞬間を理解していれば、そこまで危険な魔法でもないのです。ゼツさんが解くのに時間がかかったのは、どんな魔法かも理解していないまま受けて、何日も絶望の中にいたからだと思います。さっきはからかってしまいましたが、恐らくかかってすぐなら、ハグじゃなくても触れるすぐ程度で解けるのではないでしょうか」
「特にゼツの解除条件はミランだ。すぐゼツの元へ行けない可能性もある。敵に解く条件がバレたら引き離されるかもしれないしな。そうなると、ゼツにとっては一気に危険な魔法になる」
ケアラやシュウの言葉に、ゼツは心を何かに突き刺されたような感覚になった。本当は、どんな魔法かは理解して受けたし、何日も経っていないはずだ。だって作戦の成功のためにはゼツが幻覚でダメになってはいけないから、ラスがすぐにシュウ達の所へ連れて行ってくれたはずだった。
つまりはきっと、自分の心が弱いということなのだろうとゼツは思った。確かに、スイもシュウ達と相性が悪いからあまり使わなかったと言っていた。皆より恵まれている自分が死にたいのは、やっぱり自分が弱くて駄目なやつだからと証明された気分になった。
「で、でもミランは……? ミランだって、俺がそばにいないと……」
ゼツは縋るような気持ちでそう言った。せめてミランにだけは、必要とされる存在でいたかった。
「大丈夫、とは言えないけれども、あたしはまだ戦えるわ。絶対ではないけど、避けられるかもしれない。ゼツはなんだかんだ、戦闘は初心者だもの。あたしとゼツなら、あたしの方がまだ戦える」
けれどもミランが言ったのはそんな言葉だった。ミランはまるで子供をあやすようにゼツの頭を撫でる。
「あたし達、沢山ゼツに守ってもらったわ。ゼツが一番狙われるというのなら、今度はあたし達に守らせて」
皆、ただ純粋にゼツを心配していた。三人にとって、ゼツはこちらの都合で巻き込んでしまった存在だった。それなのに、魔王側の脅威になるレベルまで頼り過ぎていたことに申し訳無さを感じていた。効く魔法があるならば、守らなければいけないと思っていた。
けれども自分への心配が理解できないゼツにとって、守られるというのは自分が役立たずのお荷物だと言われたに等しかった。自分が迷惑をかけるだけの存在になることをゼツは恐れた。
ゼツは小さく深呼吸する。そうして、ロウ達と決めた作戦を思い出した。別に最前線にいる事は今回は重要ではない。いれないなら、戦いを早く終わらせればいい。
「それならさ。騎士団にもし頼れたら、俺とミランでこっそりと欠片を取りに行くのはどう?」
「それは確かに良いな」
「欠片をスムーズに取るのに、ミランさんとゼツさんは必要ですものね!」
シュウとケアラの言葉に、ゼツはホッとする。これで、無事ロウ側も作戦通り動けるだろう。
「そうだ。これは返しておく」
シュウは、ゼツが魔王城に行く直前に捨てた剣をゼツに渡した。
「ずっと、持っててくれたんだ」
「当たり前だ。ただし、三傑との戦いでは無理に戦おうとするなよ。いいな?」
「……わかった」
本当は、誰も傷付かないように守りたかった。けれどもゼツの実力では、この剣で守れない事も知っていた。だから、そう言うしかなかった。それでも、まだこの不要な命を使って皆を守って役に立てる。それだけが、ゼツの心の支えだった。
それから、四人はアリストに向かって歩き始めた。今回はすぐに国から返事が来て、アリストに騎士団が派遣されることとなった。だから後は、アリストに向かうだけだった。そしてその長い道のりを、ゼツは質問攻めにあっていた。
「ゼツさんは何が一番食べ物で好きなんですか?」
「えっ、いやー。何でも食べるからなあ。ケアラは辛いもの意外と好きなんだよね? 辛いソースで肉野菜炒めを真っ赤にしてた時はびっくりしたよ」
「意外といけますよ! だんだん普通の辛さでは物足りなくなりまして……。って、そうじゃなくてですね!」
「じゃ、じゃあ、あたしから! ゼツは旅に出る前は何か趣味とかあったの?」
「うーん。勉強とか家の手伝いで忙しかったからなあ。ミランは小説読むの好きなんだっけ? 今度オススメ教えてよ」
「えっ!? いや、あたしが好きなのは恋愛小説だから、そんな……」
「俺もこう見えて読むこともあるよ。純愛系とかいいよね」
「あ、あたしも純愛系が好きで……、って、そうじゃなくて!」
「えっ、何!? 二人ともどうしたの!?」
絶対に譲らないとでも言いたげな二人の目に、ゼツは何がなんだかわからなかった。