46.壁と恐れ
「そうだ。アリストに向かうのなら、一度国に諸々報告しないとな」
シュウが、ため息をつきながらそう呟いた。シュウの言葉に、ゼツは首を傾げる。
「あれ、前の街までもそんなことしてたっけ」
ゼツの質問に、シュウは首を振った。
「アリストは、下位貴族の住む街だからな。ただの平民が集まる街よりも、住民の安全に気を遣うらしい。だから、旅立つ前にそう命じられていた。同じ命なはずなのにな」
シュウは悲しそうにそう言った。確かに、何も対策されずに巻き込まれたイエルバや、そもそも助けに来てくれなかったビスカーサの事を考えると、不公平を感じてしまう。
ケアラも、少し困ったような顔で口を開いた。
「ゼツさんもご存知かもしれませんが、アリストはかなり王都の方へ戻るのです。本来であれば、アリストを最初に、そしてビスカーサを最後に行くのが最も効率も良いのですが、何も情報がない中、アリストの民を巻き込むわけにはいかない、と。そして、イエルバが最初の実験台として選ばれたわけです」
自分の街が実験台とされるのはケアラも辛かっただろうとゼツは思う。そもそも、シュウ達が勇者として冒険しているのも、ただの実験として送り込まれたと言っていた。だからこそ、三人とも生きて帰ってこれないと思いながら、せめて情報だけでも持ち帰られるようにとゼツを仲間に誘ったのだ。
ケアラの言葉に、ミランも小さくため息をついて口を開く。
「多分、あたし達がここまでやるなんて、少なくとも上の人達は思っていなかったでしょうね。あたし達が来る事を良く思っていない人たちもいると思うわ。そんな場所よ。アリストって」
そういえば、ミランはアリスト出身だったなとゼツは思う。暴走が原因とはいえ、あまり良い思い出が無く逃げてきたとミランは言っていた。
「あっ、でも、ママやパパは多分そんな事無いと思うわ。せっかくなら、アリストに着いたらあたしの家で一旦休みましょう。きっとママやパパも歓迎してくれるわ」
「本当ですか!? ミランさんのお家、楽しみです!」
「でっ、でも、貴族の方なのだろう? 緊張するな……」
シュウがそう言えば、ミランは大丈夫だと笑った。
「安心して。領地もなにもない、ほんと下の方の貴族よ。パパもただの使用人だし。マナーも何も気にしなくていいわ」
「だけど、そうか。ミランはお嬢様なんだね」
ゼツがポツリと呟いた。例え下位貴族だとしても、商人とは一つの大きな壁がある存在なのだ。そう思うと、途端にミランが遠い存在にも見えた。
「お、お嬢様じゃないわよ! その、今はただの冒険者よ。貴族扱いされるのは、なんだか壁を感じて嫌よ」
「それに、貴族と商人が結ばれる話も、王都の学校では良く聞きましたしね!」
「ケアラ!?」
確かに、ゼツもそういう話は聞いたことがあった。けれども、あくまで優れた商人で、沢山の財を築けるよな実力があっての話。出来損ないの自分ではとうてい無理だし認めてもらえないだろうとゼツは思う。
それに、どうせ死ぬのだから、そんな夢物語を考えても仕方ないだろう。
「もう。そんな事言ってないで、作戦考えるよ!!」
ゼツが少し怒ったようにそう言えば、ケアラとシュウは笑って、ミランは照れながらそっぽを向いて、それから話は作戦へと移り変わった。
ゼツが騎士団へ相談できないか話せば、シュウも恐らく認めて貰えるはずだと言った。三傑全員の情報が明らかになった今、ある程度は話を聞いてくれる可能性があるという。アリストで騎士団が何もしないのは、国への不信感にも繋がるだろう。
シュウ自身、三傑相手に勝つのは4人ではもう不可能だと思っていた。それでも、旅に出るときは命をかけて戦おうと思っていた。けれどもやっぱり、旅をすればするほど、未来への生きる希望は捨てられなかった。
「今回は三人で襲ってくる可能性があるだろうな。前回はゼツがターゲットだったからなんとかなったが、今回は流石に全力で来るだろう」
「いや、三人で来るとは限らないよ」
ゼツは魔王城での作戦を思い出しながら、口を開いた。これは、シュウ達に伝えてもいいとスイ達から許可を貰った事だった。
「ラスとアビュは一緒に行動できないらしい。アビュの魔法が、ラスの操る魔物に効いて良くないみたいで。だから、スイとどっちかで来るんじゃないかと思ってる」
「なるほど! それは有益な情報だな! だから毎回、スイだけが来ていたのか!」
これで、シュウ達もシンプルに作戦を作りやすくなる。今回は、欠片を奪う事を成功させなければいけない。けれども三傑が手を抜いていると思わせてはいけないのだ。
「それに、今回は比較的動きやすい。ラス相手なら、騎士団で数で攻めればなんとかなるだろう。アビュ相手であっても、アリストは舗装されていて地面が少ないから、死の花は使いにくいだろうしな。他は回復魔法でどうにかなる。残りはスイだが、幻覚魔法の対策ができれば、後は数で押せる。もし三人で来ても分散して、騎士団も呼べるなら、かなり有利な戦いをできるかもな」
「勝ちに行くです?」
「いや、それは少なくとも、欠片を取ってからでいいだろう。その後は……」
シュウは、困った顔をして剣を取り出した。欠片は後一つ。それが終われば、次は魔王討伐の予定だった。
「どうしようか。今でもやっぱり、魔王も、ラスも許せない。けれども、仲間を失うのも、怖い」
「そうですね。もう、あんな思いはしたくありません」
「あたしもよ。仲間を失うかもしれないって、こんなに怖いことなんて、知らなかった」
シュウもケアラもミランも、ビスカーサの事を思い出していた。あの日、自分達の命を交渉材料にされ、何もできないままゼツは連れて行かれた。実力不足の自分達がやろうとしていることはそういう事なのだと、ようやく三人は理解した。
そして無敵だと思っていたゼツが動かなくなって帰ってきたとき、いつも笑顔で場を明るくしてくれるゼツに二度と会えないのではと怖くなった。いつ死んでもおかしくない状況で、命だけでなく、何度も心をゼツに救われていた。優しくて前向きなゼツが、皆好きだった。
「俺も、皆死んじゃうのは、絶対嫌だ」
その皆の言う“仲間”がゼツをイメージしながら言ったことを、ゼツだけが理解していなかった。だからこそ、シュウが次に言った言葉に、ゼツは動揺した。
「……今回、ゼツは最前線で戦うのはやめよう」
「えっ……」
シュウの言葉は、まるでゼツはもう不要だと言ったようで、ゼツの心は不安でいっぱいになった。