42.気付いた事と知らない事
その頃のシュウ達は、ロウが能力で見た通り、魔王城へと続くと言われる道なき道を歩いていた。物好きしかいかないこのエリアは、人も殆どおらず魔物だらけ。もう少し進めば森があるという情報だけはあった。そこに入れば帰って来た者はいないという、死の森とも呼ばれる場所だった。
誰も、何も会話がなかった。ミランに限っては、泣き腫らしたように目が腫れていた。ゼツが連れ去られて、もう既に何日も経っていた。けれども、重くなってしまった空気が戻ることはなかった。
「あっ、森」
と、ミランがぽつりと呟いた。その言葉に、シュウもケアラも顔を上げる。
「ゼツは、無事、よね」
ミランの言葉に、隣にいたケアラは無理矢理笑顔を作って見せる。
「大丈夫ですよ、ミランさん。ゼツさんの体質は知っているじゃないですか!」
「そう。そうよね……。無事。ゼツは無事なの……」
ミランは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。その隣で、シュウも拳をぎゅっと握りしめる。
「もう、間違えない。復讐に囚われて、目先のことに囚われて、仲間を失うことなんてしない」
ずっと、シュウはラスに言われたことが頭の中でぐるぐると回っていた。ゼツが連れ去られたビスカーサでのあの日、ゼツは一旦引こうと言おうとしてくれていた。その前も、目的はラスを殺すことじゃないと諭そうとしてくれていた。けれども、目の前に両親を殺した相手がいると思うと、今すぐ剣を抜いて敵を討ちたかった。
本当は、ゼツの言う通り相手の魔法を知ったならば引くべきだった。イエルバでの事を考えれば、別の魔族が突然現れることも十分に想定できたはずだった。そしてその上で、欠片を取るための方法に特化して考えるべきだった。
シュウの本来の目的は、ラスを倒すことではなかったはずだった。けれどもシュウは、ラスを倒すことしか頭の中になかった。そしてそんな一人で突っ走った馬鹿な自分を守るために、ゼツは自ら敵の元に行った。
「ゼツは、俺の事を理解しようとしてくれて、しかも感情のまま酷いことを言った俺に、優しい言葉をかけてくれて……。なのに、俺は……」
「シュウさん! とりあえず今は進みましょう! 以前決めた通り、今回は無理に戦わず、ゼツさんを助けることに集中を……」
「あら? 行かせないわよ?」
と、聞いたことのある声にシュウ達は咄嗟に警戒体制に入った。そこにはラスと、その隣には鷲型の魔物のイグリーがいた。ラスとイグリーは、ゆっくりと地面に降りる。
と、イグリーの背中から大きな何かが落ちた。その落ちたものを見て、皆目を見開く。
「ゼツ!!」
ミランが一歩前に出る。
「ゼツ!! 返事をして!! ゼツ!!」
ミランがいくら呼びかけても、ゼツはピクリとも動かなかった。そんなゼツの様子に、全員の血の気が引く。
「ゼツに何をした!!」
「あら? ちなみに彼は生きているわよ? まあ、使い物になるかはわからないけれど」
そう言ってラスは、愉快そうに笑う。
「許せない……! インフェ……」
「待て! ミラン」
と、シュウはミランの手を引っ張って止めた。
「なんで!! ゼツを助けないと!!」
「まだ待て!! いきなりそんな最上級魔法を撃つのは自殺行為だ!! ……まずはこいつがわざわざここにきた理由を聞こう」
シュウの言葉に、ラスは面白そうにシュウを見た。
「あら? ちゃんとあの時から成長したのね。成長できる子は好きよ?」
「無駄口叩いていないで用件を言え! そうでなければ俺も待たない!」
「せっかちだと嫌われるわよ? まあ、仕方ないから話してあげるわ」
そう言ってラスは、見定めるように3人を見た。
「私たちは今、どうしても森の中に入ってきてほしくないの。だから引き返して欲しいのよ」
「……それは何故だ」
「あら? 理由は重要かしら? もちろん、タダでとは言わないわ。引き返してくれるなら、この子を帰してあげる。悪い話ではないでしょう?」
ラスの提案に、迷う理由などなかった。もともと、ここに来た理由もゼツを助けるためだった。
「わかった。引き返そう」
即答したシュウに、ラスは優しく微笑んだ。
「そう。良い子ね。でもいいの? もうこの子、ただのお人形さんみたいで、戦えるかなんてわからないわ」
そう言ってラスは、ゼツの体を起こして見せた。ゼツの目は虚ろで、本当にただの人形のように動かなかった。
「いいからゼツを帰して! 戦えるかなんてどうでもいいわよ! ゼツが生きてるならそれでいいの! だから……!」
「そう」
泣きそうな顔で言うミランの顔を見て、ラスはふっと笑った。そして、イグリーと一緒にゼツだけを残してふわりと空に浮き上がる。
「帰したのだから、約束、破ったら許さないわよ」
そんな言葉を聞いているのか聞いていないのか、三人はラスなど見ずにゼツの元へと駆け寄った。
「ゼツ! しっかりして! ゼツ!」
ミランが、ゼツの体を揺する。確かに生きていることは、体温からも息からもわかった。けれども、目が虚ろなまま、返事一つしなかった。
「ちょっとゼツさんを見せてください!」
ケアラが、回復魔法を使いながらゼツの体を見ていく。そして、何か思い出したかのように、ゼツの瞳を覗き込んだ。
「幻覚を見せるという魔法、“トリップ”。その魔法を受けたときの症状に似ています」
「アリストの森に入るとかかると言われている魔法か?」
「はいです。今までの傾向を考えると、闇魔法をまだ見せていなかったスイさんという方がゼツさんに使った可能性がありますね」
「でもゼツは攻撃が効かないはずでしょ!? なんで!?」
ミランの質問に、ケアラは頭を抱えながら言った。
「ミランさんもアリスト出身だから聞いたことはあると思うのですが、この魔法は精神に作用する、対策の加護が無い特殊な魔法なのです。もしかしたらゼツさんが効かないのは身体に作用するものだけで、精神魔法は効くのかもしれません。それと、この魔法の解除方法は……」
「ゼツさんの大切なものや、希望を思い出すきっかけになるもの、だったか」
シュウの言葉に、3人は必死に何かゼツの魔法を解くヒントになりそうなものを思い出そうとした。
「あれ、なんで……」
と、ミランは一つの事に気が付き、そして顔を青くする。それはシュウもケアラも同じようで、頭を抱えていた。
「あたし、ゼツの事、なんにも知らない……。好きなものすら、わかんない……」