41.お試しと無理解
スイの魔法はゼツにも効くのか、それをゼツが尋ねたとき、全員が頭を抱えた。いや、正確にはゼツの気持ちを知っているロウだけは、驚かなかったけれども。
「おまえ、もしかしてドM?」
若干引き気味にそう言ったアビュに、ゼツは慌てて弁解した。
「いや、ほら! これからの作戦にも重要じゃん! 俺がその魔法効くか効かないかで、俺の動き方も変わってくるし。だから試しにかけてみても……」
「……試すにしても、今じゃない。それに、戻って来れなかったらどうする。永遠に地獄のような世界にいることになるのだぞ」
「……そっか。そうだね。ごめん」
また考えなしに言ってしまったと、ゼツは落ち込んだ。何をしても傷付かない体を、傷付ける何かが欲しかった。けれども、戻れなかったらこれからの作戦に影響が出る。ただの自分の欲望のために迷惑をかけるなんて、あってはならない事だった。
「……とりあえず、大まかな作戦をたてましょう。そこで関係してくるなら、また考えればいいわ」
ラスの言葉で、話はこれからの作戦に移り変わった。本当は、“心配”を理解していないようなゼツの言動に、皆何かを言いたかった。優しいだとか、お人好しだとか、それだけでは片付けられない何かがゼツの中にある気がしていた。けれども、作戦の成功が先決だと誰も何も言わなかった。
その後の話し合いで決まった作戦はこうだった。シュウ達が欠片のある森の中に入る前に、アリストの中心地でスイが戦いを仕掛ける。フォローに入るのはアビュ。どう戦うかは、シュウ達の作戦をゼツが情報として流し、検討する。
そしてゼツは、可能な限りアリストにいる騎士達を巻き込むように誘導する。アリストは下位貴族の住む街であり、恐らく戦いになれば騎士も出てくるだろうと想定した。そして騎士団も巻き込めば、死傷者も少なく互角に戦えるレベルだろうとの事だった。
戦いでその場が混乱すれば、戦いは他に任せてゼツ達は欠片を取りに行きやすくもなる。ゼツがミランを誘って抜け出せは、スイの目をかいくぐったことにして欠片は取れるだろう。欠片が無事取れれば、スイは作戦を練り直すと戦いから撤退する。欠片のある森に入れば幻覚を見るようになるが、それはシュウ達も事前に対策をするだろうというのが全員の見解だった。その後、ゼツは隙を見て剣を盗む。
そして一番問題になったのは、ゼツをシュウ達の所へ帰す方法だった。城に来られても困るため、ゼツを引き渡すことを理由に交渉すれば、簡単にシュウ達も目的を果たして引き返すだろう。ゼツを連れ去った理由は、魔王がゼツの体質を脅威に思って色々実験した事にすれば良い。けれども、それだと今のままでは確かに矛盾が生まれてしまう。これからの舞台であるアリストで、スイの魔法を受けたことがないはずがないのだ。
「やっぱり、スイの魔法を試してみるしかないんじゃない……? ダメ……?」
恐る恐る尋ねたゼツの提案を、誰も断る理由などなかった。寧ろこちら側からお願いするべき事なはずだと、誰もが思っていた。
ロウが、ゼツを心配そうに見ながら口を開く。
「ゼツ。言っておくけど、本当にスイの魔法にかかる可能性はあるよ? 例えば、ゼツと同じ体質を持っている僕も、精神に作用するような薬品とかは効くんだ。だから、精神的に作用する“トリップ”は、効く可能性の方が高い」
「えっと、もしかかったら、大切なものとか希望を思い出すきっかけがあれば抜け出せるんだっけ? なんだろう……」
一瞬、ミランの顔がゼツの頭をよぎった。その瞬間、少し恥ずかしくなって顔を隠すように俯く。けれどもそれを、ラスは見逃さなかった。
「あら、あるのね。良かったわ。あの子かしら……?」
「いや、違っ……!」
「いけない事じゃないわよ? もし本当にあの子があなたにとっての希望なら、かかってもすぐに連れて行って解いてもらうことができる。かかってからの時間が経てば経つほど危険な魔法ですもの。しかも、かかった状態で連れて行けば、向こうにはあなたが酷い目に合わされていたようにも見えるのだから、綺麗なストーリーが出来上がるわ」
「いや、うん、まあ、そっか。いや、そうなんだけど……」
確かに悪いことではなかった。けれども、隠した感情を言い当てられた経験などあまりないゼツにとって、なんだか恥ずかしくて仕方なかった。
「と、とりあえずその話はいいから、試すなら早く試そう! もう他の作戦はだいたい詳細まで詰めたじゃん! シュウ達も結構こっちに来てるんでしょ? 早く合流しないと!」
「まったく、自分がされる事をわかっているのか」
スイは、ゼツの両肩を掴んでまっすぐゼツを見る。
「いいか。魔法がかかる前から『これは夢だ。全部偽物だ』と、心の中で唱えておけ。そうすれば、まだ正気を保っていられる可能性は高まる」
「わかった」
「決して現実だと思うな。思った瞬間、深みにはまる」
「うん。気を付けとく」
ゼツの言葉を聞いたスイは、今度はロウの方を見る。
「そろそろ勇者達も近づいてきているとのことですが、どうしましょう」
「……確かに、試すなら今ぐらいが丁度よいだろうね。もしかからなくても、交渉に行ってもいいくらいだ」
「……かしこまりました」
スイはため息をついて、もう一度ゼツに向き直る。ラスもアビュも、何があっても良いようにとゼツを支えるように寄り添った。
スイがゼツに手を伸ばす。
「トリップ」
その瞬間、ゼツの目の前は真っ暗になった。