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39.開く心と閉じた心

 と、ノックの音がアビュの部屋に鳴り響いた。ゼツもアビュも、顔を上げる。


「だれえ?」


 アビュがそう言えば、扉が開き、ロウが入ってきた。


「ロウ様!」


 アビュは、ゼツには見せなかった安心も混じったような笑顔で、ロウに駆け寄っていった。


「熱出したって聞いたけど、大丈夫?」

「うん! アビュ、だいぶ元気になったよ! えへへ、ロウ様が来てくれたあ」


 そう言って喜ぶアビュを横目に、ゼツは立ち上がった。ロウが来たのならば、もうお役目ごめんだろう。そう思って、ゼツは部屋から出ていこうとする。


「待って!」


 と、アビュがゼツを呼び止めた。


「おまえのおかげで元気になった! その……。ありがと」


 少しだけ小さな声で、けれども確かにハッキリと聞こえたアビュの言葉に、ゼツも少しだけ嬉しくなる。


「俺もアビュが元気になって良かったよ。また何かあったら呼んで」

「……! うん!」


 アビュのその言葉を聞いて、ゼツは扉を閉める。と、扉の横には、ラスが立っていた。


「あら、なんだか妬けちゃうわ。もうアビュと仲良くなったのね」

「あはは。そうだと嬉しいけど。でも俺はただ看病してただけで……」

「それでも、私はあの子と出会って何年も心を開いてくれなかったわ。まあ、あの時は私もあの子も、もっと心が荒れていたからだけれども」


 そういえば、ロウは人間に虐げられ、傷つけられた人が魔族になったと言っていた。確かに、アビュの話は想像以上に壮絶だった。そして三傑は、最初にロウが助けようと思った三人。つまりは、ラスにも何かあったのだろうかとゼツは思う。


「あの……」

「何?」

「ラスさんも、ロウさんと出会う前に何かあったの?」


 そうゼツが問えば、ラスはふっと笑った。


「あら、アビュから何か聞いたのかしら?」

「いや、えっと、アビュの昔の話を聞いて、それで……」


 何も言われていないのに、踏み込みすぎだっただろうか。そう少しだけ不安に思ってゼツはラスを見た。そんなゼツを見て、ラスはふふっと笑う。


「私、見た目は綺麗でしょう?」

「えっ!? いや、えっと……。美人だな、って、思ってはいました……」


 確かに、ラスは妖艶という言葉が良く似合う、歩けば誰もが振り向くような美人だった。突然の質問に動揺はしたが、ゼツはとりあえず正直に答えた。


「ふふっ。ありがと。でもね、だからこそ私に人間のお友達はいなかった。男が私に求めるのは性的なこと。私には父親がいなくて貧しかったから、金をやるからヤらせてくれなんて言われたわ。そして女には、売女と言われた。……母さんにも」


 ラスの言葉に、ゼツは顔を上げた。どうして実の母親にも、そんなことを言われなければいけないのだろうか。


「ある日ね、母さんに恋人ができたの。私も、母さんが幸せそうで嬉しかった。でも、母さんの恋人は、私目当てだった。母さんの恋人に襲われそうになった時、母さんに助けを求めたら、狂ったように罵られたわ。おまえが誘惑したんだろう、この売女め、って」


 少し悲しそうな顔をして、ラスは笑った。恐らく、ラスは心から母親の幸せを願っていたはずだ。だからこそ、母親にだけはそんなことを言われたくなかっただろう。


「ふふっ。そんな顔しないで。私にも、ちゃんとお友達はいたのよ? ウサギのラビちゃん。野生なのに、何故か私に懐いてくれたの。だから、辛いときはいつも村から抜け出して、森に入ってラビちゃんと会ってた。唯一、私にとって幸せな時間だった。まあ、ラビちゃんは私のせいで殺されたのだけれども」

「なんで!?」

「母さんの恋人がね、殺したの。バカな話よね。そうすれば、私の目が自分に向いてくれると勘違いしたみたい。話なんて、全く通じなかった。そうしてそいつは、泣いている私に襲いかかってきた。まあ、ロウ様が助けてくれたのだけれどね」


 少しだけ、ゼツの心は安堵した。そのまま襲われてしまったのであれば、何とも不快な結末だった。


「それからね、ロウ様は皆を懲らしめてくれて、素敵な能力まで授けてくれた。まるでヒーローだったわ」


 ラスは懐かしむように、アビュの部屋の扉を見た。きっとラスは、ロウのことを思っているのだろう。


「でもね、守られるだけじゃ嫌だったから、剣の練習もしたわ。自分で大切なお友達を守れるように。多分自信も付いたのね。私はある程度過去のトラウマは吹っ切れた。勿論大切なお友達やロウ様に酷い事されたら許せないけど、それと過去とは別」


 そう言いながら、ラスは今度はゼツの方をまっすぐ見つめた。


「ねえ。あなたはどうなの? ロウ様は、あなたも私たちと同じだと言ったわ。あなたにも、何かあるのでしょう?」


 そう言って優しく見つめるラスの目を、ゼツは思わず逸らした。同じだと言ったのは、きっとその方が皆信頼してくれると判断したからだろう。けれども、実際は皆の方が壮絶で、自分のことを話すことがゼツは恥ずかしかった。ラスに正直に言えば、そんなことでときっと呆れられてしまうだろう。

 自分は恵まれている。けれども皆、生きたいと思っている。その事実が、おまえは弱いと言われているようで、ゼツは恥ずかしかった。


「俺のは別に、大したことないから。誰にでもある悩みレベルだし」

「あら。辛いって気持ちは、人と比べるものではないわよ」

「ありがと。また機会があれば話すよ。それより、いつかラスさんの友達にもちゃんと挨拶させてよ。前は敵対しちゃったからさ」

「……そうね。あなたなら喜んで紹介するわ」

「ありがと。楽しみにしてる。って、アビュの部屋の前で話し過ぎちゃった。ちょっと行きたいとこあるから」


 そう言って、ゼツは逃げるようにその場を去った。ラスと話していると、また勘違いして自分の事を話してしまいそうで怖かった。




 去っていくゼツを、ラスは何も言わず見つめていた。ゼツがわざと話を逸らしたのも、自分とこれ以上話したくなくて逃げたのも、ラスはわかっていた。


「随分あいつに心を開いて話をするのだな。ラスは」


 と、スイがラスの前に現れた。


「あら? 聞いてたの?」

「……聞こえただけだ」

「そう。そういうことにしておくわ。それに、心を開いたのはアビュよ。私は敢えて、見せただけ」


 そう言いながら、ラスは改めてゼツの消えた廊下を見つめた。


「でも、間違えちゃったみたい。心を見せれば、彼も心を開いてくれると思ったのだけれど」


 けれども逆に、ゼツは心を閉じた。きっと自分との何かを比べてしまったのだろう。


「ロウ様は、俺達とあいつは同じと言ったか」

「ええ。でも、確かに同じかもしれないわ。ロウ様と出会ったばかりの私たちと」


 物語のように過去を話せば、結末はロウに助けられてハッピーエンドに見えた。けれども助かったはずなのに、トラウマはなかなか消えることがなかった。実際は蛇足のように、辛い気持ちが何年も続いて、誰にも心を開けなかった。


「私たち、何度も喧嘩したわね。あなたなんて、ロウ様すら信用せず、ずっと警戒していたわ」

「……まさか何の利益も無しに助けてくれる人がいるなんて、当時は知らなかったから仕方ないだろう」


 そんなスイの言葉に、ラスは笑った。ずっと皆、誰も信じられなかった。それが今では、ある程度は理解しあえる関係になった。

 ラスは、ゼツのまるで仮面でも被ったような笑顔を思い出す。


「もし全てが終わって、彼がこれからもずっと私たちのところにいてくれるなら、彼の心も溶かしてあげたいわね。時間はかかるだろうけれど」


 一つだけ、ラスは大きな勘違いをしていた。全てが終わった後にゼツの心を開いても間に合うのだと、勘違いをしていた。


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