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38.邪魔者と我儘

 それから、アビュは安心したように静かに眠った。途中ラスが水を持って来てくれた時は、アビュが寝ぼけながらもゼツを離してくれなくて困ったが、一瞬だけとラスも中に入って置いていってくれた。

 ラス曰く、こんな穏やかに熱を出したアビュが眠っているのは珍しいらしい。いつもはもっと暴れるのだそうだ。


 そしてアビュが少しだけ元気になってからは、喉が渇いただの水タオルが欲しいだの、アビュはゼツに思いのまま勝手要求をした。そんな要求を、ゼツは可能な限りの優しい表情をして答えた。きっと嫌な顔をした瞬間、アビュはゼツに心を閉ざしてしまう。ゼツ自身、体調の悪い時に両親に面倒な顔をされたときの記憶は、今も頭にこびりついて離れない。それがましてや他人なのだなら、突き放されたと思った時点で終わりなのだ。


 そうしてゼツは1日中アビュの部屋にいたら、どうしてかアビュは一人で布団にくるまっていた。布団の隙間から視線は感じるが、流石にもう一緒にいるのは嫌になってきただろうかとゼツは思う。


「もうだいぶ体調戻ってきたし、他の人呼ぶ? 俺以外の人の方がいいでしょ?」


 けれどもアビュは布団から顔を出し、首を振った。


「いい。皆困った顔するから。なんでおまえは困らないの?」

「俺は毒効かないしなあ。時間にも余裕あったし。だから困る要素なんてない。それとも、困って早く出て行って欲しかった?」


 そう言えば、慌ててアビュは布団から飛び出し、ゼツの服を掴んだ。


「行っちゃ駄目!」

「……アビュが俺にどっか行けって言わない限り、行かないよ」

「……やっぱりおまえ、変な奴。だって、みんなみんな、いつかは困った顔してどっか行くんだ」

「ロウさんも?」

「……ロウ様は違うけど、でも忙しいから。だから、アビュのために時間使ったらダメなの」


 何となく、ゼツもアビュの気持ちがわかった。自分は駄目なやつだから、皆離れていく。だけれども、いざ優しくしてくれる人が現れたら、自分なんかのために時間を使ってもらうのが申し訳なくなるのだ。


「じゃあ、俺は今暇だから気にしなくていいね」

「……アビュね。こんなふうに看病されたことない。だから、どうしたらいいのかわかんない」

「さっきみたいに、して欲しいこと沢山言えばいいんじゃないかな。俺も無理な時は無理って言うし」

「そっか。……ねえ、ゼツはこんな風に、しんどい時は看病してもらってたの?」


 きっとそれは、アビュも興味本位で聞いたものだったのだろう。けれども、ゼツは一瞬返答に困った。これだけ偉そうに言ってて、ゼツも経験などない。嘘を付いて適当に言ったとしても、それはただの想像でゼツの理想でしかたなかった。ゼツ自身、自分のやって欲しかったことをアビュの看病で再現しているに過ぎなかった。だから嘘を言えば、逆にアビュを傷つけてしまう気がした。


「ごめんね。偉そうに色々言ったけど、俺もないんだ」

「えっ……?」

「あっ、でも、熱出たらお粥とか食べれるものは作ってもらえたよ! 後は一人で寝てたかな」

「そんなものなのかな。寂しいって思うアビュが我儘なのかな」


 そう言って、アビュは俯いた。実際、ゼツみたいに時間を持て余していない限り、誰かが看病につきっきりなんて無理だろう。けれどもゼツは知っていた。寂しいのは、傍にいないからじゃない。邪魔もの扱いされるあの目だった。


「ラスもスイも、心配はしてたよ。看病できない事、申し訳なさそうにしてた。水とか持ってきてくれたのはラスだし、毒を片付けてくれたのはスイ。本当は二人の方が、アビュの傍にいてあげたいって気持ちは強いんだと思う」

「そっかあ。そうなのかなあ」


 そう言いながらも、アビュは少しだけ嬉しそうに笑った。


「アビュね、子供の頃、風邪ひくと閉じ込められたんだあ。アビュの魔法、怖いから。そして風邪とかひくと、その魔法使っちゃうから。寒くて暑くて、死んじゃうかと思った」


 アビュは、そうゼツの背中に向かって話し始めた。


「誰もね、助けてくれなかったよ。ご飯だけはくれたよ。だけどね、アビュね、化け物の子なんだって。パパもママも、アビュの使う魔法なんて使えないの。パパは、いつもママに、誰との子だって怒鳴ってた」


 確かに、魔力の有無や使える魔法の種類は、基本的に遺伝で決まる。もちろん稀に突然変異することも、或いは何代も前の人が持っていた魔力が突然現れることも今では知られるようになっていた。けれども、昔は親が持っていない魔力の子が生まれると、不義の子などと言われたりしたらしい。


「ずっとずっと、ひとりぼっちだったよ。パパとママ以外もね、皆アビュのこと化け物だって言うの。そして逃げていくの。たまにね、石とか投げられるの。痛かったけど、誰も助けてくれないの」


 アビュの使う魔法は珍しい。勿論ゼロではないけれども、街に一人いるかいないかのレベル。それが毒や麻痺を使うタイプの魔法なのだから、アビュのおかれた環境は容易に想像がついた。


「それでね。その日もいっぱい痛いことされてね。血もいっぱい出てね。しかも寒くて暑くてしんどくてね。でもね、パパはアビュを閉じ込めたの。それでね、聞こえちゃったんだ。もうこのまま殺しちゃおうかってね。だからね。アビュ、怖くていっぱい殺さないでってお願いいてね。でもね、助けてくれなくてね」


 ゼツは振り向いて、アビュをあやすように抱き寄せた。アビュはまだ、震えていた。


「怖かった。怖かったんだよ」

「……熱出たから、色々思い出しちゃったかな。ここに、そんなことをする人はいないよ」


 きっと、ヒトクイソウに飲み込まれた時も、このことを思い出していたのだろうとゼツは思う。だからこそあそこまで叫んでいたのだ。


「あのね。でもね」


 アビュはポロポロと泣きながら、けれども笑った。


「もう死んじゃうって思ったとき、ロウ様が助けてくれたんだあ。それで、怖い人皆やっつけてくれた。ロウ様はアビュの王子様なんだよ。だから」


 アビュはまっすぐ、ゼツを見た。


「ロウ様を殺さないで」


 アビュの訴えに、ゼツは何も言えなかった。アビュが何かを察していたのか、それともただゼツが少し前まで敵だったからかわからない。けれども、アビュが必死にロウを守ろうとする理由は、痛いほどわかった。

 けれども同時に、ロウの死にたい気持ちもゼツは知っていた。そんな気持ちを無視して、無理に生きろとは言えなかった。死にたいロウを説得できる方法を、ゼツは知らなかった。


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