37.不安と安心
ゼツは一先ずアビュの体を抱き上げ、周りを見渡した。せめてベッドへと運ぶために誰かに場所が聞きたかったが、どうしてか誰もが距離を取っていた。
どうしようか。そうゼツが思ったとき、アビュがゼツの服をギュッと掴んだ。
「アビュ? 大丈夫?」
「う……、あ……」
どうしてか、ゼツを見て怯えた顔をした、その瞬間だった。
「倒れてごめんなさいっ! 許して! 閉じ込めないで! 嫌だ! ポイズンッ!」
そう叫んで、アビュは暴れながらゼツに毒魔法をかけた。
「あっ、ごめんなさいごめんなさい、許してください……」
「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて」
アビュがあまりにも暴れるから、ゼツは一旦アビュを地面に下ろそうとした。けれどもアビュはゼツに怯えながらも、どうしてか手は服を離さず、ゼツはアビュを抱きかかえたままとなった。
「どうした!」
と、廊下の奥からスイとラスの声がした。誰かが呼んできてくれたのだろうか。状況を全く理解できていないゼツは、少しホッとする。
「アビュに何を……」
「アビュが凄い熱なんだ! 俺に怯えてるようだし、二人が……」
そう言った瞬間、どういてか二人はアビュやゼツと距離を取るように、ピタリと止まった。ラスが、困ったように笑いながらゼツを見る。
「ごめんなさい。私たちも熱の出たアビュに近付けないの」
「なんで……」
「私たちには、状態異常の耐性が無いからよ」
その言葉を聞いて、ゼツはハッとしてアビュを見た。確かに、アビュはゼツではなく、何かに怯えているようだった。そして、何に怯えているのかゼツは簡単に想像がついた。それに対して混乱したように毒魔法を使うのだから、そりゃ近付けないだろう。
「いつもはどうしてるの?」
「ロウ様を呼んでるわ。ロウ様も、アビュの魔法は効かないから」
「わかった。運ぶだけなら俺でもできると思うから、運んでもいい? 流石に俺に看病されるのは嫌だと思うから……」
ゼツがそう言えば、アビュはゼツの服を引っ張った。
「ロウ様に……、これ以上迷惑、かけたくない……」
そう言ったアビュの気持ちは、ゼツも痛いほどわかった。しんどい。助けて欲しい。けれども大切な人だから、迷惑をかけるようで申し訳ないのだ。
「じゃあ、嫌いな俺なら、迷惑かけていいね」
「あ……、う……」
アビュはゼツの胸に、顔をうずめた。
「嫌なこと……、いっぱいしたのに……、やっぱ変な奴……」
そう言って、アビュはゼツに体を預けた。ゼツは再び、アビュを持ち上げ立ち上がる。そして、スイやラスを見た。
「申し訳ないけど、どこか看病できるところに案内してくれない? もし俺が信用できないなら……」
「大丈夫よ。私が案内するわ」
そう言って、ラスはゼツにくるりと背を向ける。と、ゼツはまだ掃除のできていない床が気になって床を見た。
「そうだ。ここ……」
「問題ない。俺がなんとかしておく。触れないように処理ぐらいはできる」
「そう。ありがと」
そう言って、ゼツはラスに付いていこうと歩き始めた。
「アビュを頼む」
スイがゼツを見ることは無かったが、ぼそりとゼツに向かってそれだけを言った。
「それじゃあ、私はお水でも持ってくるわ。ゼツは、アビュの傍にいてあげてくれないかしら。体調悪い時でも、いつも一人にさせちゃうから」
アビュの部屋に着いてアビュをベッドに寝かせた後、ラスはドア越しにそれだけ言って去って行った。本当は傍にいるのはラスやスイの方が良いのだろうが、流石にそうもいかないのだろう。そんな事を思いながら、ゼツはアビュの元に近づいた。
アビュの部屋は、沢山のぬいぐるみで溢れていた。パステル色のぬいぐるみが多いのは、なんとなくアビュらしいと思ってしまう。そんなアビュは、自分と変わらないぐらいの大きなぬいぐるみに抱き着きながら眠っていた。
「ん……」
と、アビュは暑いのか、布団を払いのけた。汗もかいているが、タオルも含めてラスが持ってきてくれることになっている。ゼツはなんとなく、自分の手をアビュの額に当てた。少し冷えたゼツの手が、水で塗れたタオルの代わりになってくれれば良いとも思った。
「ん、気持ちいい……。ロウ様……?」
と、アビュは薄く目を開けた。
「あはは。ごめんね。ロウさんじゃなくて」
「……おまえの手、冷たくて気持ちいいから許す」
それだけ言って、アビュは目を閉じた。けれども少しもしないうちに、アビュは再び目を開けた。
「このうさちゃん、床に下ろして」
「ん。わかった」
ゼツはベッドの上にあったぬいぐるみを持ち上げ、壁に寄りかからせた。ぬいぐるみがあると暑いのかなと、ゼツが思ったときだった。
「ん」
アビュが布団をめくって、ベッドの空いたスペースを叩く。アビュはいつのまにか、ぬいぐるみのあった所に体を寄せていた。
「えっ!? えっと……」
「こっち来て。ここで寝て」
「でも……」
「なんでもしてくれるって言った……」
流石にそこまでは言ってないかなと思いながらも、ゼツは仕方ないと横になった。アビュのして欲しい事はわかった。ゼツも昔熱を出した時、ただ誰かに傍にいて欲しいと何度も願った。叶うことは無かったけれども。
「おいで」
ゼツがそう言えば、アビュはゼツの体にくるまるようにアビュの体を寄せた。ゼツはアビュの背中を優しく撫でる。アビュの顔は幸せそうに笑っていた。