36.変な奴と熱
それから暫くして、ロウはこっそりとゼツにミラン達の無事を教えてくれた。瀕死だったシュウの体はケアラの回復魔法で完全に回復したらしい。ミランも目を覚まし、足の火傷もまたケアラに治してもらうことで、問題なく歩けるようになっているという。
そして三人は、ビスカーサに保管された欠片を取りに向かっている。ミランの魔力が回復すれば、問題なく欠片は取れるだろう。ゼツが取らなくても、インフェルノで茨を全て焼き尽くすまで燃やせば、炎は消えて欠片は取れる。
全員無事。その事実にゼツはホッとする。これから裏切ることになるにしても、全員が問題なく生きていて欲しかった。
「ちなみに、炎の魔法使いの子、ずっと泣いてたよ。他の2人も、ずっと暗い顔をしている」
「そっか。皆優しいね」
「……ゼツは本当に後悔しない? そんな人たちを裏切ることになるけど」
「後悔はしないよ。だって、そうしないと皆死んじゃうわけだし」
ゼツの選択肢は、あるようで無かった。誰にも死んで欲しくない。それならば、これが一番平和な選択肢だとゼツは信じていた。
「そっか。じゃあ、彼らの行先が分かればまた作戦を立てよう」
「そうだね。多分最後の欠片があるアリストだと思うけど」
「そうかな。ゼツを助けに、ここに来ちゃうかも」
「まさか。でもそれはちょっと困るね。ここを争いの場にしたくない」
実際、シュウ達の目的は魔王を倒すことだ。それならば、剣も完成せずにここに来るのは自殺行為だろう。そんな中、わざわざ死ぬわけではない自分のためにここに来ると、ゼツは思っていなかった。
それに、ロウから魔族が魔族になった理由を聞いてから、ここの人たちを巻き込みたくないとも思っていた。三傑以外の魔族は、基本的に空を飛ぶことぐらいしかできないという。
だからこそ、シュウ達が来ればここは血の海になってしまうだろう。特にシュウやケアラは魔族を恨んでいる。力のない魔族に対しても、問答無用で殺してしまう可能性もあった。
そんな事を考えていたゼツに対して、ロウはほほ笑んだ。
「ありがとう。ゼツがいてくれて良かった」
「俺こそ、色々と引っかかってたこともあったから、知れて良かったよ。まっ、とりあえず暇だし、散歩でもしてこようかな」
「好きに過ごして。ここは本来、そういう場だから」
ロウの言葉に、ゼツはありがとうと言って歩き始める。実際の所、城なんて見たことないゼツにとっては、せっかくなら探検してみたかった。
そんな少し楽しそうに歩くゼツの背中を、ロウは静かに見つめた。
「ごめんね。本当はゼツの死にたい気持ち、止めなきゃいけないのに、利用して」
ロウはゼツに聞こえないように、小さく呟いた。
それから暫く、ゼツは王城を探索して過ごした。ゼツの存在を見れば最初は魔族達から怖がられたが、数日もすれば慣れたのか、普通に挨拶をしてくれるようになった。ゼツも、時には城の仕事を手伝ったり、時には子供たちと遊んだり、好きに過ごしていた。
けれども、穏やかな時間ばかりではなかった。
「リーファル ポイズン!!」
その声とともにかかったのは、紫色の毒々しいドロリとした液体。流石に周りに人がいる時はやってこないが、一人になると毎回アビュが現れ、毒魔法を浴びせてきた。
「なんで効かないの! やっぱりおまえ嫌い!」
「あはは。それは困ったな」
そんなやり取りも何度目だろうか。アビュもわかっているはずなのに、効かないはずの毒魔法をゼツに浴びせ続けた。嫌いなら構わなければいいのに、何度も何度も絡んでくるアビュは、ゼツの何かを試しているようで無下にもできなかった。
ただ一つ問題があるとすれば、廊下に猛毒の液体が散らばることだろう。やはり闇魔法以外は魔族にも効くようで、毒魔法もまた他の魔族にも効いてしまうらしい。だから毎回、毒の効かないゼツがアビュの放った毒を掃除していた。
その日もまた、ゼツはアビュの毒を拭くためにバケツを持ってきていた。いつもなら、その時にはアビュはいなくなっているはずだった。けれども、その日はどうしてか、アビュは自分の撒き散らした毒の前で立っていた。
「……どうしたの?」
「……ゼツはどうして、アビュを怒らないの?」
そんなアビュの言葉に、ゼツは持っていたバケツを置いて、アビュと目線を合わせるようにかかんだ。
「怒って欲しいの?」
「ううん。変な奴って思って」
そう言って、アビュはふいとゼツから目を逸らす。そして、隣に置いたバケツにかかった雑巾の1枚を取った。
「アビュもやる」
「そう。ありがと」
「アビュかやった事なのに!! やっぱり変な奴!!」
そう言いながらも、アビュはその雑巾を持って床を拭き始めた。もしかしたら、少しだけ心を開いてくれたのかもしれない。ゼツもそう楽観的に考えていた、その時だった。
バタン、と、何かが倒れる鈍い音がした。ゼツは驚いて、その音の方を見る。すると、荒い息をして倒れているアビュの姿があった。
「アビュ!? ちょっと、大丈夫!? ……っ!?」
今から思えば、この一連の流れは心細さから来ていたのかもしれない。アビュの体は、異常なまでに熱かった。