33.魔王と見透かされた心
「君がゼツ君だよね」
そう言って、現れた黒髪の少年は、まっすぐゼツに近づいてきた。
「僕はロウ。君たちの世界では魔王と呼ばれてる存在かな? こんなちんちくりんでビックリした?」
「えっ、ええっと……」
ロウの言葉に、ゼツはなんて言えば良いか迷った。確かに、こんなに幼い少年で驚いたのは間違いない。けれども、それでも彼は魔族のトップである魔王であることは、ラスやスイの態度を見ても明らかだった。そんな相手に、はいそうですなんて言えるわけなどなかった。
そんなゼツを見て、ロウはニコリと笑う。
「そんな怖がらないで、僕とも気軽に話してよ。って、無理矢理連れて来させた僕が言うのもなんだけどさ。そうだ、お菓子でも食べない? お茶も用意するよ。それで、ちょっとお話ししよう?」
そんなロウの言葉に思わず頷きたくなる自分はおかしいのだろうかと、ゼツはぼんやりと思う。ゼツは元々、魔王を憎んではいなかった。それでも、シュウやケアラの話を聞いていて、しかも仲間が殺されそうになったのだから、憎むべきなのだろう。けれども、ただ純粋に、目の前の少年の事を知りたいと思ってしまった。
「わ、わかった」
「ほんと!? せっかくなら二人きりで話そう!!」
「お待ちください!!」
スイが慌てたように叫んだ。
「せめて、誰か一人は……」
「大丈夫だって! ゼツは例の剣を持っていない。だから、僕には何一つ傷を付けられない。そもそも僕は戦えるしね」
「しかし……」
「あら、いいじゃない」
そう言ったのは、ラスだった。
「子供たちへの対応、あなたも見たでしょう? 彼は魔族というだけで敵意を見せて暴れるタイプじゃないわ。それに、ロウ様の言うとおり、彼には何もできない。そしてロウ様は強い」
「……まあ、確かにそうか」
スイは大きくため息をついて、同意した。そんなスイを見て、ロウはニコリと笑う。
「と、いうことで、スイも、皆もいったん出て行って」
ロウがそう言えば、スイもラスも、そしてここに連れて来てくれた少女も皆出て行った。そして、バタンと扉は閉まる。
「あっ、しまった。お菓子とお茶だけ用意してもらえば良かった。まっ、いっか。どうせゼツもお腹なんて空かないし、喉なんて乾かないでしょ?」
「えっ!? まっ、まあ……」
「とりあえず座って座って!」
どうして自分の体質の事を知っているのか、そして、どうして“ゼツも”と言ったのか、ゼツには検討もつかなかった。ただゼツは、言われるがままにソファに座った。
それを見て、ロウもゼツの前に座る。そして、ゼツをじっと見つめた。何を言われるのか、ゼツが少し不安に思った時、ロウはにこりと笑って口を開いた。
「ねえ、ゼツ。魔王にならない?」
「へっ?」
それは予想もしなかった提案で、ゼツは思わず声を上げた。
「何を……」
「いやあ、僕、こう見えても百年以上生きてるんだよね。流石に魔王やってるの、疲れちゃてさ。世代交代ってやつ? そろそろして隠居したいなって思ってたんだよね。そんな時、僕と同じ不死身の体を持つゼツが現れたってわけ」
その説明に、ゼツも流石になるほどとはならなかった。だって、ゼツは部外者だ。しかも、死なない体質なだけで強くもない。しかも人間。とても魔王に選ばれる力があるとは思わなかった。
「ラスとかスイとかアビュは? もっと俺より強いし、なんで魔族でもなんでもない俺が……」
「力ならゼツにも与えられるよ? そしたらゼツも今すぐ魔族になれる。だって、魔族ってもとは人間だもの」
ロウの言った衝撃の事実に、ゼツの思考は一瞬止まった。けれども徐々に、色々なパズルがきっちりとハマったような、そんな感覚になった。ずっと愛されなかったアビュが自分にはロウしかいないとロウを守ろうとする理由も、ここに来た時に出会った少女がゼツに対して怯えた理由も。
「ねえ、人間が魔族になった理由って、もしかして……」
「流石ゼツ! そこに気付くなんて、やっぱりゼツは魔王の素質があるよ」
そう言ってロウはゼツを見て嬉しそうに笑った。
「お察しの通り、ここにいる人たちは皆、人間に虐げられ、傷ついて来た人達。勿論君たちが三傑って呼んでる3人もだよ。まっ、あの3人は最初に出会ったから、力を与えすぎちゃったって反省したけどね」
ゼツはぼんやりと、愛されてたからいいと叫んだアビュの言葉を思い出す。なんとなく自分と重ねてしまったアビュの言葉。ずっとずっとゼツの心の中でひっかかってはいたけれども、ぼやけて見えなかったその言葉の意味が、やっとくっきりと見えてきた。
それと同時に、ゼツの心は少しだけズキリと痛む。ロウは自分の事は助けてくれなかった。それはきっと、ゼツの置かれた環境など大したことがないからなのだろう。やはりそんなことで悩んでいる自分がおかしいのだろう。
そんなゼツの思考を読み取ったかのように、ロウは口を開いた。
「言っておくけど、全員助けられたわけじゃないよ。僕は魔法で色んな場所をここから見ることができるけど、神様みたいに全部は把握できない。声を聞くこともできないから、わかりやすいものだけ。もちろん、勇者君みたいに僕たちのせいでってこともあるし、そんな子をここに呼べないしね」
「……知ってたんだ」
「うん。止められなかったことは申し訳ないと思ってるよ。許されるとも思ってないし」
ロウは、困ったように笑った。
「勇者君が勇者になってから、アビュがしたことも知ってる。ちょっとあの3人、僕の事に関しては過剰なんだ。だから、僕が魔王をやめたらきっと平和になるよ。そして、君ならきっと勇者君達も僕より話を聞いてくれるから、もしかしたら話し合えるかもしれない。そしたら、彼らとも戦わずに済む。どう? 悪い話じゃないでしょ?」
少しずつ、ロウがゼツに頼んだ理由がわかった気がした。きっと、部外者だからいいのだ。そして、ロウは人間側も魔族側も守ろうとしてくれるのだと。
勿論、気になる点もいくつかあった。けれども、それでもこの世界を平和にできるのであれば、詳しく聞いてみるべきなのかもしれない。
けれども、ゼツはすぐに頷けなかった。ずっとずっと、自分が旅をしてきた理由が頭の中でチラついた。
「ゼツ、まだ迷ってる?」
「えっと……」
「その理由を、当ててあげよっか」
そう言って、ロウはふわっと浮き上がって、ゼツに顔を近づけた。
「死にたいから」
その言葉に、ゼツは顔を上げた。どうしてわかったのか、見当も付かなかった。
そんなゼツの反応を見て、ロウは満足そうに笑う。
「それを踏まえて、提案」
ロウは、目を細めてゼツを見た。
「ねえ、ゼツ。一緒に死なない?」
ロウの提案に、ゼツはまるで魅了されたようにロウから目を離せなかった。